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 僕は捕らえた魚人たちを広場へ集める。当然、そこにはカーもやって来る。同じ顔が二つ並んでいる光景に、思わずなのだろう、その場の誰もがため息をついた。

「ご苦労」

 カーは面白くもなさそうな顔で僕とニコを労った。それでもニコは嬉しそうに頬を緩めた。

 僕はと言えば、最後の対決、もしかすると魚人より手強い相手を前に緊張して、喉が詰まるような思いがした。

「カー、魚人に水を持たせましょう」

 カーが頤を上げた。蛇のようにねっとりと、隙なく、僕を睨みつける。その威圧感。しかし、今日は負けるわけにはいかない。

「それで、もう村を襲わないよう約束させるんです。魚人たちは、トラウマに怯えているだけだ。水さえ手に入ってトラウマが治れば、村を襲う理由もなくなるんです」

 集まってきているアニミストたちは、剣呑な雰囲気にひやひやしながら聞いているのが分かった。だってみんな、肩を小さくしているんだもの。

「水は渡さない。水源は守る」

 カーは先と同じようなことを言った。僕はちょっと演技がかったため息をついた。

「そうですか。でもいいんです。僕が、僕の意思で、僕の汲んだ水を渡すんです。それを止めるだけの威力を、あなたは持っているのですか?」

 カーは真一文字に口を引き結んだ。それから下を向き、憎々しげな声で呻いた。

「どうしてもと、いうなら」

「私、お水、渡すわ。私も汲んできたもの」

 突如降って湧いた声に、僕らは一瞬唖然とする。グレーテが、僕とカーの間に割って入る形で姿を現したのだ。危ない時には、ちゃんと姿を消して隠れていたものらしい。

「さっきたらいに入れちゃったけど、あれは私が汲んだ水よ。どう使おうと私の勝手だわ。トラウマを洗うためなら、魚人たちに使ってほしいわ」

 カーが憮然とした。信じられないといった風情だ。その横から、にゅっと一本の水筒が突き出された。

「カー、トラウマが恐ろしいのは、誰だって一緒ですぜ。まー、急に襲ってきたのは腹立つけど」

 ニコがそう言ったのが決め手となった。自分も、私もと、いくつかの水筒が差し出された。

 カーは上を向いて息を吐き、好きにしろ、と一言呟いた。やった、という歓声が、ヨブとルカとグレーテから上がった。

 僕らは魚人たちのロープをほどき、たらいや水筒の残り水を、数本の水筒にまとめた。

 魚人は今後戦闘をしないと議会にかけることを約束して村を去って行った。魚人には議会があるのだ。僕は納得できたが、アニミストたちは議会を理解しないんじゃないのかな、とこっそり思った。

 ヨブとルカは木のヘルメットを外して、大人たちの後をしんみりとついて歩き、門を出て少ししたところでそっとこちらを振り返って、密やかに手を振った。もちろん、僕とグレーテにだ。

 アニミストたちは喜び合う気配も、僕やニコを労う気配も見せず、淡々と後片付けを始めた。そこがアニミストらしい、と僕は思う。

 ふと気付くとニコの姿がなかった。僕は二枚の扉を、それぞれ元の家に戻した。とはいえ、蝶番を飛ばしてしまっている。あとで釘と金槌を借りてこよう。

 僕は蔓草の所へ戻ってみた。僕の蔓草も、カーの蔓草も、もう枯れてしまっていた。

「あまり長持ちはしないな」

 カーが蔓草に近付いて、その上でひらと手を振った。その手の動きに合わせて、蔓草たちは黒い煙になり、宙に溶けて消えた。

 その煙は、トラウマのそれと同じに見えた。

「カー、今のは」

 カーは横目で僕を睨める。まださっきの悶着を根に持っているらしい。

「見たとおりだ。血の蔓草はすぐに枯れてしまう。戦力というほどでもないのだ」

「そうじゃなくて、今の、黒い煙は」

 僕らの血からなったものが変じたのが、あの黒煙にそっくりだ、なんて。

 カーは僕を睨めたまま、片眉を吊り上げた。そして、勿体ぶって何か言おうと唇を開いたとき、悲鳴に近い声でカーの名が呼ばれた。見れば、ドーニャが悲愴な顔をして走って来る。

「カー、ああ、ツァラも。今すぐユーディの家へ来て」

「どうしたの」

「彼女、怪我をしたの」

 え、と僕は鋭く叫んだ。カーも目を瞠る。

 広場からユーディの家はすぐそこにある。入り口ではグレーテが僕らを待っていた。

 家中には寝台がひとつあり、そこにユーディが寝かされていた。頭に布きれを巻いていて、こめかみの辺りに血が滲んでいる。寝台の周囲には女性たちが、心配そうに彼女を見守っている。いや、というより、どうしていいか途方に暮れているという感じだ。

 ニコが寝台の側に跪いて、ああ、と嘆く声を上げながら、ユーディの手を取って祈るかのように握っていた。

「傷はどうなんだ」

「よくないんです。全然目が覚めないし、血も止まらないの」

 寝台の側には、血に濡れた布きれが他にも積み重ねられていた。かなりの出血だ。

 カーは寝台の側に歩み寄り、ユーディの包帯を剥がして傷を見た。側頭部のそれは、深くえぐれてしまっている。おまけに、彼女の肌には黒の斑がもう湧き出ていた。。

「この体は、もう、だめだな。トラウマも回ってしまっている」

 カーはそう言った。

「再生の儀式を行う」

 カーはニコの肩に手をかけた。ニコがはっとなってカーを振り仰ぐ。

「じゃあ、城へ連れていくんですね」

 ニコは立ち上がり、カーがユーディの体の下に手を差し入れようとしたのを止めた。

「俺が連れていきます。俺に、運ばせて下さい」

 カーは一瞬嫌な顔をする。しかし、ニコの真摯な眼差しに負けたようだ。水筒を持ち、帰りに水を運ぶよう言いつけて、カーはニコの同行を許す。

 だが、非力なアニミストだけに任せていいものだろうか。

「ニコはさっき、腕に怪我をしたじゃないか。僕も一緒に行くよ」

 僕が言うと、カーは露骨に嫌な顔をした。

「けど、彼女を安全に、一刻も早く運ばなきゃ」

「私も行くわ」

 表から入ってきたグレーテが、澄ました顔で言った。

「女手があったほうがいいでしょ。それに、魚人にもうちょっと水を持って行ってあげたいし」

 カーは反駁したかったらしいが、諦めたように首を一つ振った。

「儀式は繊細なものだ。邪魔をするなよ」

 僕らは頷く。グレーテは水筒を持ち、女性たちから布を託された。ニコがユーディの頬に手を当ててから、その体を担ぐ。


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