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「ツァラ!」

 はっと目覚めると、真っ赤な空が目に飛び込んできた。その視界の周囲を、赤い、長細いものが覆っている。

 僕は身を起こす。すると、僕の体の周りに、奇妙な長細い、蔓のようなものがたくさん生えて、僕をくるんでいるのに気がついた。

 その蔓をかき分けて、カーが僕に手を延べていた。

「立てるか」

「ああ、うん」

 僕はカーの手を借りて立ち上がる。僕が昏倒している間に、カーは目覚めたようだ。

 蔓はよく見ると、小さな赤い実をつけている。これは、ニコたちが血を落として作っている、血の蔓だ。僕の血が、地に垂れてできたものらしい。

「お前の血の蔓は、面白い形をしているな」

 カーはにやりと笑った後、すいと顎をしゃくった。その先では、魚人たちが怯えた表情で、そわそわと動揺している。

 それでも、魚人の一人が、再び投石紐を振り回して石を投げてきた。

 すると、僕らを取り囲んでいる蔓草の一部がすっと立ち上がり、飛んできた石めがけてするすると伸びて、その石を叩き落とした。

「な、何」

「お前を守っていたんだ、投石から。お前が気を失っている間ずっと」

 カーは言った後、にいと唇を歪めて、傷のある右手を地に水平に掲げた。

「私も血の蔓に守ってもらうこととしよう」

 そして、傷口を押し開き、ぽたぽたと血を地に落とした。

 すると、その血の染みから一本の太い蔓草が、飛び出すように勢いよく伸び始めた。

 それは長く長く伸びて、魚人たちの所まで達し、一人の魚人にするすると絡みついて、その体を持ち上げた。魚人たちが悲鳴を上げただけでなく、それぞれ家の陰に隠れているアニミストからも、どよめきが上がった。

「私の民を、損ねたな?」

 カーは腕を組み、頤を上げた。蔓草はカーの意図を感じ取ったように、掴んだ魚人を地面に放り投げた。

 カーは依然、にやりと微笑を浮かべているが、その瞳は不穏に輝いている。表情とは裏腹に、彼は怒り狂っているのだ。

「さあ、次だ」

 その声に合わせるかのように、蔓草はくねって隣の魚人を捕らえた。魚人たちは逃げ惑い、あるいは再び地に放り出された仲間のところへ駆けつける。軍勢はすっかり統率を欠いていた。

「さて、次は……」

「待って、カー。もう、これ以上はだめだ」

 僕はカーの肩に飛びつく。カーは腕を組んだまま、じろりと僕を睨んだ。

「だめ? 何故?」

 カーの蔓草の先がひゅんひゅんと宙を払っている。僕の蔓草が、猫が毛を立てるようにふわっと震えた。

「だって、大怪我をしてしまうよ」

「怪我ならお前もさせられたろう」

「やられた分は返した。彼らは、水を欲しがっているだけなんだ。水を分けて、帰らせよう」

「水は渡さない。水源は守らなければならない」

 カーはまなじりを決した。それに応じるように、蔓草が魚人を狙う。

「だめだ、カー。この村に、殺意を持ち込む気か。この穏やかで、幸福な村に。あなたが作った幸福じゃないか」

 カーは鼻白んだ。蔓草の動きがそれに合わせたように止まる。

「カー、その蔓草で他のみんなを守ってて。魚人を追い払ってみせるから」

 言ってから、僕は通りへ飛び出し、手近な家の扉を開け放った。

 そして、その扉の取っ手を強く掴み、引っ張り、扉を蝶番ごと壁から引き抜いた。

「ニコ! ニコ、いるか!」

 おう、と僕の声にニコが応えた。ニコはすぐ隣の家に潜んでいる。

 僕はその家の扉も引き剥がして、それをニコに投げて寄越した。

「三つ数えたら突進するぞ」

「え、お、お前さん、戦うのか?」

 ニコは扉を受け止め、それをうまいこと頭上に掲げながら言った。

「けど、お前さん、また卒倒でもしちまうんじゃ」

 僕は苦笑する。

「まあ、当たったら、その時さ」

 魚人たちはいまだへっぴり腰で列を乱していたが、構え、の号令がかけられると、意地があるのだろう、何とか投石紐を振り回し始めた。

 僕は眼差しで合図し、ニコも眼差しで頷いた。

 一、二、三で僕らは飛び出す。同時に、投石が降りかかる。僕らは扉を盾代わりに、斜交いに頭上に掲げた。石つぶてが大きな音を立ててぶつかる。しかし、僕らの体には一つも当たらず、うまく防ぎきることができた。

「ニコ、行くよ!」

「おう!」

 僕らは盾を構え、突進する。魚人の先頭の列まではすぐに届き、その二人を盾で思いきり押し倒した。

 魚人のかけ声が響き、二番目の投石が放たれる。風を切る音とともに僕とニコは斜めに立てかけた盾の下に隠れる。石の雨をやりすごしてから、再び立ち上がる。

「何だ、いい調子だな!」

 ニコが息を弾ませて盾を構えた。僕も、逸る鼓動を感じながら盾を掲げる。

 背後からナットと数人のアニミストたちが加勢に走ってきた。弁えたことに、彼らはロープを持っていた。倉庫から引きずり出したのだ。僕らは押し倒した二人の魚人を彼らに任せ、その体を乗り越えて二列目に迫る。

 僕らは一度目よりも緊密に肩を寄せ合い、二枚の盾がまるで一枚の大壁になるかのように行進した。歩調までも短時間のうちに揃っている。魚人の第二発目。やはり、頭上に斜めに盾を差し出し、事なきを得る。そして再度盾を構えると、不利と見て、慌てて逃げ出そうとする魚人が現れた。

 魚人の隊列は、一旦解散したとしか言い様のないほど乱れた。その脇には、先ほどカーの蔓草に投げ飛ばされた魚人が寝かされている。

「ずいぶんうまくいったな」

「ああ、ニコのおかげだよ」

「何だか、お前さんとこんなことをするのって、初めてな気がしないぜ」

 僕は苦笑する。もちろん、初めてなどではないのである。

 その時、錯乱した軍勢の奥から再び立ち向かってきた者があった。その数七人。いずれも体の軽そうな、若い魚人だ。

 彼らは隊列にならずに散開した。また、手には投石紐と投げ槍を両方持っていた。

 隊列を組まない彼らは、それぞれ小路や裏の筋へも散った。潜んでいたアニミストたちの叫び声が聞こえる。

 そして、目の前には、二人の魚人の戦士が立ちはだかった。

 ヘルメット状の木の帽子を被っているが、

その姿は紛れもなくあの兄弟、ヨブとルカだ。

 ニコには内緒だが、僕は頭の中の作戦を変更した。

 本当に絶望した者がどれほど強いか、教えてあげないとね。

 僕の思惑を知らない兄弟が、迷いを吹っ切れないというように、低く囁く。

「約束を破ったろう」

「破ったわけじゃない。説得がトラウマに間に合わなかったんだ」

 ヨブのヘルメットの下の目が、一瞬、安堵に和らいだ。そしてまた、きりとドングリ眼を決する。

「それでも、水はもらってゆくからね」

 ヨブは僕の前で斜めに構え、投石紐を振り始めた。続いてルカも。僕とニコは盾を額の辺りに掲げる。

 二人の魚人は石の軌道を弓なりに大きく投げた。自然、盾は頭の真上に掲げなければならない。

 その瞬間に丸裸になる僕らの体躯のほうを、幼い魚人は狙ったのだ。魚人が投げ槍を突く。

 しかし、僕はもはやその軌道を読んでいる。

 僕は一歩で半身を退いて槍の穂先を避け、空けておいた左手で槍の柄を思い切り突いた。

 ヨブはたたらを踏んだ。槍も手放してしまった。僕はその槍を広い、地に突き立て、足で細かくぱきぱきと折っていった。

 言葉の出ないヨブの隣で、ルカはニコの二の腕に薄い傷を作ることができたようだ。しかしそれも、やや乱暴に槍を取り上げられ、二人の小さな兵士は戦闘不能となった。

「一応、縛るよ」

 僕は先に縛られた二人の魚人の近くに落ちていたロープを取り、ヨブとルカを後ろ手に縛った。子どもたちは従順に縛られた。いい気持ちはしない。むしろ、極めて不愉快だ。

「だめだよ、こんなことをしちゃ」

「だって、水が必要なんだ。水はアニミストが独り占めしてるじゃないか」

「それでも、他の方法を探すんだ。頭を下げるのが嫌なら、こっそり盗むとか。相手は、自分よりずっと強いかもしれないんだよ」

 ヨブのヘルメットを取ると、トラウマの黒が顔に斑を描いていた。

 僕はヨブの額にキスし、その耳に小さく囁く。

「水は、渡すから。心配しないで」

「でも、できなかったじゃないか」

 不安のあまりにといった感じで、大声で反駁するヨブを手だけで諫めて、僕は残りの魚人を狩りに行った。しかし、アニミストとカーの二十人に比べ、魚人七人は少なすぎた。いくら戦闘のできないアニミストでも、取り囲んで動けなくしたところをふん縛ることはできたようで、数人が逃げたのを追うこともなく、何とか事態は収拾した。


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