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 第一次水戦争と呼ばれる大戦は、ほとんどが同時多発的に起こった内乱の様相を呈した。

 人類の活動が引き起こしたことなのか、それとも自然の気候異変だったのか、気温上昇とともに降雨量が突如として極端に減り、ダムも河川も湖も涸れて干上がってしまったのだ。

 人口に比して水が絶対的に足りない。人類は水をめぐって争わなければならなくなった。

 国境を為している河川が干上がろうという時には、その帰属をめぐって対外戦争もあった。

 しかし、河川の底が見えてしまうようになれば、頼るべきは河川でもなく、貯水設備でもなく、水源そのものだった。

 深刻だったのは、水源のある土地の領有をめぐって、忘れていた古い氏素性をたどってまでして行われた民族紛争だった。

 対外戦争よりも、内乱の方が凄惨を極める。水源を中心に、人々は強制移住と殺戮を繰り返した。人口の激減のあまり、内陸部に位置する多くの国家が崩壊した。

 塩分除去装置を沿岸地域に設置できた国家は、近代的な意味での国家体制を辛うじて保つことができたが、その時代も長くは続かなかった。

 人口の激減のために世界の運輸は滞った。それは燃料の分配を不可能にし、産業の破滅をもたらした。なけなしの電力と動力で行われたのが、第二次水戦争である。

 この戦争では国家同士が真水の水源を争い、持久戦を繰り広げ、最終的にはどの国家も衰弱して国家としての体裁を保てなくなった。

 人類の社会は、国家単位から氏族や民族単位へと衰退した。水源を持った、あるいは奪えた民族だけが生きながらえたのである。

 そして迎えたのが、水源を守りながら、民族同士がにらみ合い、妥協し合う時代であった。この時代は半世紀と少々続いたそうだ。

 そして、僕らの世界は、大断絶の時代に入る。


 産業の壊滅は、発電能力の壊滅と電気機器の衰退を意味した。燃料を持つ民族といえども、水を用いる発電所は使えず、放置せざるを得なかった。前時代に作られた太陽光発電機を細々と照明や生産に利用するのがやっとだった。

 そしてそれは、交通と通信の断絶をも意味したのである。

 集落同士は、徐々に交流が困難になり、それぞれ孤立していった。

 豊かな水源を持つ集落が、たまたま近くに二つ存在するようなところがあれば、そこは孤立を免れただろう。しかし、多くの集落は、隣接する集落と、より豊かな水源を争ったのだろうと思われる――ストローフェ族とスタンツェ族のように。とはいえ、これとて想像の域を出ない。何せ、外界からは全く情報が入ってこないのだから。

 冷静に判断するならば、世界の数か所に、同じように、水源を確保しながら滅亡を辛うじて免れている集落があるはずだった。

 ただ、その集落と連絡が取れず、探しに行く手立てもなくなった以上は、その判断は効力を失うのだった。

 現実的な判断とは、我々が把握し得る世界には、集落はたった二つ、我らがストローフェ族と、近隣に小さな水源を持つスタンツェ族しかないと認めることだった。


 もはや、唯一の隣人たちである民族と抗争状態になってから生まれた僕には想像することしかできないのだが、水戦争以前と以後では、他者というものの存在の質が変わったのだ。

 水戦争以前の世界では、コンタクトの取れない他者の存在こそが重要だった。それは、自分というものがなくても存在するものであり、その存在は極めて確かだった。

 水戦争以降の世界では、コンタクトの取れない他者の存在は意味を失った。それは、生き残っているかいないか不明な存在であり、もはや存在しないとみなすべき存在であり、従って存在しないのと同値であった。

 この民族が途絶えたら。または、僕らの民族のように隣接する民族があるなら、それも滅びてしまったら。

 水戦争以前なら、それでも世界に人類が残っていて、社会が営まれることを信じられたはずだ。

 水戦争以降では、世界に人はいなくなる。自分たちと、存在を五感で確認している隣接者だけが、最後の人類だ。それが滅びた後、何が残っているかを確認する手立てはない。


 いずれにしろ人類には滅亡しかない、それは明らかなことだった。そんな世界に希望などない。

 絶望した民族はどうしただろう。それを知ることもできないほど、世界は断絶され、孤独に苛まれていた。



 そして、僕らにも滅亡の日がやって来た。

 結論から言って、追撃は正しい選択ではあった。

 スタンツェ族の小隊は僕らの裏をかこうと、一旦退いた後、別の経路でストローフェ族のキャンプと、その隣の水源に向かって進軍していた。僕が倒した兵士が一人きりでいたことから、カーはこの経路を正確に予測して、的中させた。予測より隊の進行が早く、待ち伏せとまではいかなかったが、僕らは敵と正面から対峙することが出来た。

 計算が違っていたのは、恐らく、スタンツェの水源についてだ。

 きっと、スタンツェの水源は、涸れてしまっていたのだ。でなければ、民族全員が命をかけて戦う理由がない。

 僕らと向かい合ったのは、いつも競り合っている小隊ではなかった。女性まで含む、もはや軍隊とは言えない集団だった。

 戦場に女性が入ったことは、互いにこれまでなかった。どちらの氏族も、女性は生産に従事していたのだ。それが戦場に来たということは、生産よりも水を奪わなければならなくなったということ、つまり、水が涸れたということだ。

 対峙した瞬間、まずいと思った。彼らは、彼女らは、死ぬ気だ。後がない者の顔をしている、と思った。

 銃撃戦が始まった。僕はニコと組んでいた。物陰に潜む敵射手を特定し、建物の陰を伝ってよい位置を探し、撃ち抜いた。はぐれた射手を見つけて撃った。近付いて撃ち合い、装填の間に手榴弾を投げた。相手の顔が女性のものと分かっても、撃った。

 それでも、数が違った。こちらは小隊七人、敵は数十人――恐らくは、ストローフェと同程度の二三十人。

 建物の向こうの方でナットが倒れるのが見えた。続いて、組んでいたユスフ。

 僕も足首に被弾した。人のいいニコは、止せばいいのに、思わずといった様で手当てに駆けつけた。

 止せ。僕は狙われているんだぞ。言う前に、ニコは首筋を撃ち抜かれた。

 その射手を、銃口がニコに向いている隙に、僕は撃ち抜いた。

 しかし、その隣にもう一人、射手がいた。当然だ、僕らだって二人組で動くのだから。その銃口が僕の目を真っ直ぐに見詰める。

 ああ、でも、ずいぶん数を減らした。僕らは、いい仕事をしたよね。

 銃口が火を噴く。


 何故か、僕の記憶はそこで途切れない。

 スタンツェの軍勢は残り十人、しかしストローフェのキャンプの十八人にとっては突然の襲撃で、手間取った女性たちが一挙に殺された。後は血みどろの混戦である。

 厳しい撃ち合い。どちらも、相手を根絶やしにしようとしていた。

 そして、視界に銃口が入る。あ、と思うと同時に、たたたっと軽い破裂音がする。そして、倒れる。

 しかし、すぐに、痛みがないことに気付く。突き飛ばされたのだ。誰に? それは、辺りを見回せばすぐに分かった。グレーテが倒れている。

 あなたは水源を守らなきゃいけないでしょ。

 グレーテはそんなことを言わなかった。ただ静かに地に伏していた。

 けれど、昔彼女は、そう言ってくれたのだ。だから、今の今まで、そんな気持ちでいてくれたはずなのだ。

 ああ、許せない。

 この現実が、許せない。

 走る。水源まで。追ってくるのは、一人。

 スタンツェの最後の一人と、ストローフェの最後の一人。

 水源は見晴らしのいい場所にあった。隠れることは出来ない。走りながら、最後の一人同士が撃ち合う。

 スタンツェの最後の一人は、どこかを負傷していたらしい。その弾丸はストローフェの最後の一人、カーの胸に一発命中したが、その他は大きく外れていった。そして、カーの弾は、スタンツェの最後の一人の、最後の息の根を止めた。

 カーは最後の力を振り絞って水源まで辿り着く。

 足もとには、空を映して、青く輝く泉。

 もともと狭かった世界に、たった一人。

 大切な人々は、みんな死んでしまった。自分が、この世界での、最後の一人。

 そんなことは、許せない。

 これが全て、夢であったなら。

 今見ているものが、夢であったなら。

 そう呟いて、カーは水源に倒れ込む。

 ああ、それじゃ、この記憶は、カーの記憶……。



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