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キャンプに戻ると、敵の侵入を確認したのと、その一人を仕留めたのとで、僕は各人からやたらと褒め称えられた。みんなから肩を叩かれ、集まってきていた女性たちからは尊敬の眼差しで見詰められてしまった。
喜ばれて嬉しくないわけではないが、人一人を撃ち殺しておいて手放しで舞い上がれるほど僕は単純ではない。僕は賛辞を受けるのもそこそこに、もはや通路程度にも使っているのか分からない、かつては量販店だった廃墟の、付属映画館のソファにうずくまった。
「あ、やっぱりここだったわね」
ここに潜んでいる僕を見つけられるのは、彼女しかいない。
「マルガレーテ」
「いやね、もう。グレーテでいいわよ。どうしたの、みんな探しているわよ」
グレーテは僕の隣へ座った。肩と腕が触れあう。
「おめでとう」
「何に」
僕はぶっきらぼうに言った。彼女を試すような、意地悪な気持ちがあったかもしれない。
「もちろん、無事に帰ってこられてよ。それから、戦闘で勝ったのね。どちらも、よかったわ。お祝いをしなきゃってみんなで言っていたの」
「出撃祝いの間違いだろう。明日、最後の小隊は侵入者を討伐に出るんだから」
「そうね。カーも水場の守りから帰ってきて、ニコやナットと話し込んでるわ。あなたも、行った方がいいんじゃない?」
「それで呼びに来たのか」
「ううん。あなたが俯きがちに黙り始めると、大抵何か、あるから」
そうして、僕の頭を、柔らかい手で撫でた。
「辛かったのね」
僕は頭を撫でられるままに、うん、と頷いた。
「あなたは優しい子だから」
勝負は負けだ。僕は彼女には敵わない。
僕は黙ったまま涙を落とした。何に、と言われても、わからない。殺した兵士に対してかもしれないし、沈み行く僕らの未来に対してかもしれないし、もっとたくさんの人間の運命に対してかもしれなかった。
グレーテはしばらくの間僕の頭を撫でてくれ、涙が乾き始めた頃合いをうまく見計らって言った。
「さあ、お祝いをしましょう。何が食べたい。トマトが色づいたから、それを食べましょうか」
「缶詰を開けようよ」
「え、嫌よ、期限が切れているのばかり」
「大丈夫だよ」
少し笑い合ってから、僕はグレーテに言った。
「帰ってきたら、カーとの義父子の契約を解消しようと思うんだ」
「え、どうして? あなたたちが強く結びついているのは、いいことだと思うけど」
家族のない者は、食糧の配給も後回しになり、労働の配当も厳しくなる。男性ならば優先的に先兵に回される。そういう時代がかつてあったために、ストローフェ族では義理の家族関係を結ぶようになった。尤も、残り二十五人となってしまった今では形骸化しているし、全員が家族と言っても差し支えないくらいだった。
その中で、カーと僕とは特に緊密な関係を保っていた。何と言っても、父子であり、兄弟なのだから。それが、一族に人と人との結びつきを思い出させる役割を担っているのを、鈍い僕でも気付いていた。
「あなたたちは、一族の象徴のようなものよ。解消しないほうがいいと思うけど」
「でも、きみが母親だなんて、変だろ」
そう言うと、グレーテは顔色を変えた。それは、あまりに突然に、とても大事な秘密を覗かれたような、表情に欠けた驚きの顔だった。
「そんなこと」
気にしないで、とでも言いたかったのだろうか、声が嗄れて、その続きが彼女には告げられなかった。
「カーも悩んでいるみたいだから」
「そう……かしら。カーはそんなことで悩まないと思うわ。カーは一族みんなのことしか頭にないもの。個人的なことなんて」
「僕がそう思うんだよ。一番身近な僕が」
グレーテはやっと、戸惑ったような表情を取り戻した。
「でも……私は、三人でいつまでも一緒にいたいわ。今のままで。幼なじみのままで」
グレーテは少し逡巡するように口もとに手を当てた後、声色を変えて、努めて明るく言った。
「ねえ、もっと楽しい話をしましょ。戻って、お祝いをするの。明日がどうなるか分からないんだから、今を大切にしなきゃ」
「明日は死ぬかもしれない?」
「あっ。……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。部隊だって、きみたちだって、僕らはみんなそうなんだから。いつか、水が涸れてしまえば、それでお終いなんだ。そうでなくても」
「止めましょ。あなたには、無事でいて欲しいだけなの。楽しくいて欲しいだけなの」
僕はため息を一つついた。
「今を大切に……ね」
「そうよ。さ、戻りましょ。あなたのお祝いなのよ。主役がいなくちゃ困るわ」
今を大切にというのなら、と、カーよりも僕を選ぶようにグレーテに促さなかったのは、単に後先構わず行動する意気地がなかったためだった。
僕の勇敢さなど、その程度のものだったのだ。




