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 翌朝、僕らはまた門の前で待ち合わせをした。僕は手頃な大きさの平たい木ぎれを持参していた。少しでも浮きになるものを持って行くことができればと、昨晩、倉庫に木材とロープを入れたときに、見繕っておいたのだ。

 一方のグレーテは手ぶらで、本当に僕を引っ張り上げる気があるのか定かではなかったが、冒険につきあってくれるのは頼もしかった。

 僕らは砂漠を歩き、北の浜を目指した。今回もやはり、僕はグレーテの方向感覚に頼って歩くばかりだった。毎夜、グレーテはこんなふうに砂の上の赤い宙を飛んでは、あちこちを見て回っているのだな、と僕は思った。

 やがて、北の浜が見えるよりも先に、北の空が明るく輝いているのが見えた。わあとグレーテが声を上げる。

「始まるわ、ツァラ。空が青くなる」

「じゃあ、決まりだね」

「不思議だわ。今まで一度も、二日連続で空が青くなったことなんてないのに」

 なるほど、彼女は無謀な冒険が失敗に終わる確信があったのだ。しかし、空は僕らの前で輝きを増し、再びさっと雲が裂けるように、赤が割れ、青空が覗いた。

「……きっと、あなたが来るのを待っていたのね、ツァラ」

 僕らは北の浜に並び、狭い青空を仰いだ。グレーテは静かに、納得したようにそう呟いた。

 僕は靴を脱ぎ、砂浜に揃えた。何だか自殺をする人みたいだが、そう違うものでもない。

 軽く体を動かした後、水に入る。波をかき分けて沖へと進む。水が胸のあたりの高さになると体が浮いた。僕は木片につかまりながら脚をばたつかせた。

「急がないと、青空が閉じてしまうわ」

 グレーテは約束通り、風を全身に受けてふわふわと浮かびながらついてきた。僕は少しばかり姿勢を正し、水を掻く脚に力を入れた。行く手には青い空の小さな断片。それが、清浄な黄色い光を空から海へ落としている。

 泳ぎに泳いで、僕の頭は徐々に低くなり、何度か水をかぶった。

「頑張って、ツァラ」

「ああ、……空が」

 僕は海水に濡れた唇で呟いた。青空は徐々に狭まり、赤い空に囲われて、小さくなっていた。

「グレーテ、近付いている?」

「近付いているわ、でも、まだまだよ」

 一瞬、大きな波が僕にかぶさり、僕は水に沈んで浮き上がった。赤い海水が気管に入ってしまい、僕は咽せた。

「大丈夫? 引き返す?」

「まだ……ああ、でも、空が」

 ほとんど悲鳴のような僕の言葉と同時に、青空は赤い空にすっかり覆われ、消えてしまった。

「ああ……」

 僕が思わず泳ぐのを止めようとしたとき、あっとグレーテが行く手を指さして叫んだ。

「陸よ。見える?」

 僕は立ち泳ぎに切り替え、大きく伸びをした。それでも陸地は波に隠されて見えない。グレーテの方が大分と頭が高いところにあるため、彼女には見えるのだ。

「間違いないわ。砂浜が見えるの」

「あの空の下だね」

「そうよ、泳げる?」

「まだまだ」

 僕は木片をグレーテに預け、小さく水へ飛び込んで体をくねらせた。そして脚を打ち、手で水を掻く。僕の速度は一気に上がり、ひゃあ、速い、とグレーテが叫ぶのが頭上に聞こえた。

 陸地はほどなく近づいて来た。僕は平泳ぎをし、陸地を眺めた。新しい土地なのだろうか、と期待が胸に広がる。

 そこには、もとの世界に戻る方法が隠されていないだろうか。そうすれば、空は青く、普通に飲食をする、元の僕に戻れるのではないか。グレーテだって、半分透けてなどいない、元の姿に。

 気が焦って速く泳ごうとする僕の頭上で、あらっとグレーテが鋭く叫んだ。

「見て。……靴がある」

「靴? あの、黒いの?」

「そう。あれ、あなたの靴じゃないかしら」

 やがて脚が海底につき、僕は立ち上がって歩き、浜に上がった。

 浜にはその靴を除いては何もなく、ただ砂地が広がるばかりだった。しかし、細かな地形の区別がつくグレーテは、あちこちを見回しては、同じだ、同じだと繰り返した。

 靴は確かに僕が脱ぎ、揃えたものだった。

「やっぱり、地形が同じよ。ここは、もとの北の浜だわ」

「じゃあ、帰ってきたっていうのかい」

「そんなはずない……わよねえ」

「グレーテ、僕らは確かに真っ直ぐ北へ進んでいたよね?」

「ええ、間違いないわ……」

「じゃあ、ここは一体どこなんだろう……」

 地形の区別がつかない僕は、辺りを見回しながら、ふと思いついた。

「グレーテ、僕らが戻ってきてしまったなら、南に行けば城があるはずだよね」

「え、ああ、そうね」

「行ってみよう」

 僕は靴を履き、砂を蹴って走り出した。

 しかしその靴の履き慣れた感触から、もう何となく、予感ができてしまっていた。

 グレーテは急ぐ僕に会わせて精一杯の速度で宙を滑り、南へと砂漠を案内してくれた。いや、グレーテだって、真相を確かめたくて気が急いていたのだろう。

 そしてしばらくの時間を走ると、果たして、砂の丘の向こうに城の白い屋根が見えてきた。

「……どうしてなの」

 グレーテが飛ぶのを止め、砂地に足をつけてへたり込んだ。

「こんなはずはない」

 確かに僕らは北を目指して泳いだ。いつの間にか方向を間違えていただなんて、考えられない。

「それでも、こうなった」

 ならば、そこには、何者かの意図がある。

 僕は世界を見渡す。

 狭い島、それを取り囲む赤い空と海。

 孤独で交流を欠いた人間たち。それでも漏れ出てくる、異質な存在。

 どこまでも行っては戻る思考。今いるところから逃れられない自分。

 真っ赤な海によって外界から隔絶された世界。箱庭のように小さく、閉ざされた世界。

「喩え話だ」

 どのような世界にあろうと、人間はこのようなものだという、その暗喩が、この世界ではないのか。

 ならば、喩えた者がいるはずだ。

「この世界は、誰のものなんだろう」

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