第46話 後遺症
いつも読んでいただきありがとうございます。
しばらくして、ようやくジンが落ち着きを取り戻す。
ジン
「猪の魔物が居たので、いつもの様に麻痺させたのですが……」
ラック
「猪の魔物って、ホイロームか?」
ジン
「そんな名前なんですね、最初は1頭だったので、麻痺させたんです。でも、その後に2頭が近づいて来て……」
レイ
「それにやられたのか?! なんですぐ逃げなかった?! 約束しただろ!」
レイの強い声に、ジンの体がビクッと震える。
ラック
「レイ、落ち着け。そんな言い方したら、ジンがまた怖がるだろ」
レイ
「……あ、ごめん……」
レイはジンを見る。
レイ
「ごめんな、ジン。でも……逃げれば、こんなことにはならなかったんだ」
ジン
「……はい。逃げれば良かったです」
レイ
「ホイロームにやられたのか?」
ジン
「いえ、怪我はしてません。3頭とも麻痺させることが出来ました。でも、その後に……」
ジンは一度言葉を止める。
ジン
「黒い……犬みたいな魔物が居ました」
ラック
「……黒い犬?」
ラックの表情が変わる。
ラック
「まさか……スコトリュコスか?」
ジン
「……分かりません。でも、黒い犬みたいな姿でした」
ラック
「……スコトリュコスだ」
レイ
「あの伝説の?」
ラック
「多分な……」
ラックは一度息を吐いてから、ゆっくり話し始める。
ラック
「スコトリュコスは、見た者の9割が死ぬと言われている魔物だ」
レイ
「9割……」
ラック
「腕の立つ冒険者パーティーが5組で挑んでも倒せなかったって話もある。生き残ったのは2人だけ。他の奴らは装備くらいしか残ってなかったらしい」
ラックはジンを見る。
ラック
「しかも、この辺りで犬や狼みたいな姿をしていて、黒い体をしている魔物は、スコトリュコスだけだ」
オスカー
「……それなら、間違いないな⋯」
オスカーも険しい顔をしている。
オスカー
「よく……生きて帰って来られたな」
ジン
「……死ぬと思いました」
ジンは自分の手を見つめる。
ジン
「何をしても駄目だと思ったんです。動いても、そこに居ても、何かしても……全部、死ぬ気がしました」
その時の恐怖を思い出したのか、ジンの体が少し震える。
ジン
「言葉も……頭に入らなくなって……逃げることすら出来なくて……」
レイがジンを抱きしめる。
レイ
「……ごめんな、ジン」
ジン
「……レイ?」
レイ
「すまない、そんな事になっていたなんて⋯⋯」
ジン
「俺も……逃げれば良かったと思ってます⋯」
レイ
「もういい。ジンは帰って来たんだから」
レイはジンを強く抱きしめる。
レイ
「帰って来てくれて、本当に良かった」
ラック
「本当だ。よく生きて帰って来てくれたな」
ジンは黙って頷く。
ジン
「……あの黒い魔物は、その後ホイロームの方へ行きました」
ラック
「そうか……」
ジン
「俺が麻痺させたホイロームを……食べてました」
ジンの顔が曇る。
ジン
「俺が麻痺を掛けなければ……」
レイ
「ジン、それは違う」
ジン
「でも……俺が麻痺させたから……」
レイ
「俺は、スコトリュコスは最初からホイロームを狙ってたんだと思う」
ジン
「……」
レイ
「ジンがそこに居なくても、あいつはホイロームを襲ってたと思う」
ラック
「そうだな。弱い魔物が強い魔物に食われる。それが魔物の世界なんだろ」
ジン
「……はい」
ラック
「だから、ジンが自分を責める必要はない」
ジンは俯いたまま、小さく頷いた。
オスカー
「それより、スコトリュコスが出たとなると、あの作業場所は危険だな」
ラック
「そうだな……」
オスカー
「報告した方がいいだが。ただ……」
オスカーは少し困ったように考える。
オスカー
「どうして滝の上に居たのか、説明出来ない⋯」
ジン
「……」
オスカー
「『滝の近くで見かけた』という報告なら出来るかもしれないが……それでも、あの辺りに人が居る理由を聞かれたら⋯」
ラック
「……そうだな」
オスカー
「出来れば、こっちには来てほしくないな⋯」
しばらく沈黙が続く。
ラック
「まあ、今はジンが無事に帰って来たことが一番だ」
ラックがジンを見る。
ラック
「もう滝には行くなよ」
ジン
「はい……」
レイ
「もう魔物を狩るのもやめよう」
ジン
「……はい」
オスカー
「肉なら街で買えばいい。わざわざ危険を冒してまで狩る必要はないな。」
レイ
「そうだな」
レイがジンを見る。
レイ
「もし魔物に会ったら、とにかく逃げるんだ」
ジン
「はい」
ラック
「逃げられないなら……せめて麻痺させろ」
ジン
「はい」
オスカーが大きく息を吐く。
オスカー
「……本当に、ジンが無事で良かった」
そして、少しだけ笑う。
オスカー
「今日は飲め!忘れられなくても……酒を飲めば、少しは休める!」
ラック
「そうだな。こういう時は飲むしかないな」
レイ
「俺が付き合う!」
レイがジンを見る。
レイ
「ジン! 飲め!」
ジン
「……はい!」
その夜。
ジンは酒を飲み始める。
浴びる様に飲むのではない。
頭にこびり付いた恐怖……。
あの、絶対の死を忘れる為に、ゆっくりと飲んだ。
隣では、レイもジンに合わせてゆっくりと酒を飲んでいる。
レイ
「ゆっくりでいい。飲んで忘れよう」
ジン
「はい……」
レイはジンを見ながら思う。
レイ
【多分、無理だろうな……
あれほどの恐怖を味わったのだ。
強制的に死を認めてしまったようなものだ。
簡単に忘れられるはずがない。
それでも、今は何も言わない。】
レイ
「ニンニクとじゃがいもの炒め物もあるから、食べながら飲もう!」
ジン
「はい」
ジンはレイに笑い掛ける。
そして、ゆっくりと酒を飲み、料理を食べる。
今夜は、いつもよりゆっくりと夜が進んでいった。
楽しい酒ではない。
忘れられる酒でもない。
それでも、仲間と一緒に酒を飲む。
それだけで、ほんの少しだけ恐怖から離れることが出来た。
ジン
【これは忘れられない……何をしても】
ジンは酒を飲みながら思う。
ジン
【殺し合いに挑んだ者は、全員忘れられない……】
あの目。
あの口。
あの牙。
そして、自分に向けられた「死」。
それは、どれだけ時間が経っても、頭の中から消えることはないだろう。
それでも今は、仲間と一緒にいる。
それだけで良かった。
そして、夜はゆっくりと過ぎていった。
翌日。
ジン
「おはようございます」
レイ
「おはよう。気分は?」
ジン
「良い訳ではないですね。でも、仕事はちゃんと行きます」
レイ
「その歳で飲んで、何もないのか?」
ジン
「俺、そんなに飲んでないですよ。体が耐えられないです」
レイ
「そうだな。じゃあ、仕事行こうか!」
ジン
「はい!」
ジンは立ち上がる。
まだ、恐怖は消えていない。
スコトリュコスを思い出せば、体が震えるかもしれない。
それでも。
ジン
【みんなの前では、今までを演じよう。また心配を掛けてしまうから……】
もしかしたら、時間が解決してくれるかもしれない。
そう思いながら、ジンはみんなと一緒に仕事へ向かった。
いつもの?生活が始まる。
今後もよろしくお願い致します。




