14.断罪
深夜。
「こんな時間に呼び出してごめんなさいね?ナタリー・ハイドレンジア」
「本当にどうしたの?シルフィ。いつもはなっちゃんって呼んでくれていたじゃない」
ナタリーは本当に何も理解出来ていない様子だ。
「自分に濡れ衣を着せた人間をあだ名で呼ぶわけがないでしょう。ねぇ、ナタリー様?それとも、こう呼んだ方がいいのかしら?〈悪役令嬢〉ナタリー・ハイドレンジア」
「濡れ衣?悪役令嬢?本当に何を言っているのか分からないわ」
自分が何者で、ここがどこなのを少し考えればわかることだった。
レイの言っていた悪役令嬢に転生したと言う言葉、暫定乙女ゲーという言葉。
この世界が乙女ゲーとやらの世界で、私が悪役令嬢なのだとしたら、物語は学園に入学する前で終わっているはず。
アイリスが主人公なら、この学園は続編。続編に同じ悪役が同じように登場するなんて面白くない。誰か別の悪役がいるはず。
私の物語が入学前で終わっていたのなら、魔力測定でErrorだった理由もわかる。
私は学園に入学しない運命だったからだ。
魔力自体が続編から登場したものなら、続編に登場しないはずの私が魔力測定を行なったからErrorだったのだ。
「白を切るつもりですの?もう、とっくに気づいていますのよ。貴方が私の婚約破棄の現場にいたことに」
「益々訳がわからないわ!私はあのパーティーの日学園にいたもの」
「では何故、私が誰の姉なのか聞いた時に、ノータイムでクソ眼鏡だと答えられましたの?」
「そんなの、殿下から聞いたのよ」
嘘だ。レイはあのパーティーで一度もクソ眼鏡なんて言葉を発していない。
眼鏡をかけた人間なんていくらでもいるのに、レイの言うクソ眼鏡が自分の弟だとわかるには、あのパーティーに出席する他ない。
「大体、私があのパーティーにいたとして、その程度のことでで私をシルフィに濡れ衣を着せた犯人と決めつけるなんて酷いわ」
「確かに、貴方を犯人と断定するには些か早計でしたわね」
「そうでしょう?」
確かに、彼女が犯人だと断定できる証拠はない。
ならば、彼女が何者なのかを明かせばいい。
「でも、ナタリー・ハイドレンジア。貴方、転生者でしょう?」
「濡れ衣を着せた犯人の次は転生者?シルフィ、ふざけるのも大概にして」
ナタリーが怒りを露わにした。
「貴方、何故『お花を摘みに行く』という言葉の意味をご存知でしたの?」
「それも……殿下に聞いたのよ」
「ありえませんわ。私が最初にその言葉を発したのはナタリー、貴方に対してですもの」
『お花を摘みに行く』という言葉の意味を私は知らなかった。
殿下も、アイリスも言葉の意味をそのまま受け取っていた。
だが、ナタリーは知っていた。
この世界にはないはずの言葉の意味を。
「この世界に存在しない言葉の意味を知っている。それが、貴方が転生者である何よりの証拠ですわ」
「そう………バレてたのね。そうよ、私は転生者。だから何だというの?」
「もう一つ、貴方が誘拐の依頼者であるということ。それもわかっていますわ」
「何?また、証拠でもあるの?」
先程までの令嬢としての態度とは違う、レイの心の中のような喋り方。彼女はレイと同じ世界の人間だったんだろうか。
「いいえ、証拠なんてありませんわ」
「証拠がないのに犯人扱い?流石に酷いんじゃない?」
「私が誘拐された時、物音が一切しませんでしたの。つまり、唯一侵入できる窓から入っていないということですわ。となれば、考えられる可能性は2つ。元から中に忍び込んでいたか、貴方が呼び込んだか。誘拐犯が自白したらしいですわよ。貴方に雇われたって」
「はぁ〜〜〜使えない奴らね」
自白なんて嘘だ。
でも、これで確定した。彼女が誘拐の依頼者であることが。
「でも、動機がわかりませんわ。何故、私のことを殺さずに心をへし折れなんて依頼を?」
「そんなの、愛しているからに決まってるじゃない!!!」
ナタリーの顔つきが変わった。頬は紅潮し、その目には狂気が宿っている。
「私は前世でシルフィに救われたのよ!私はね、シルフィ。不治の病に侵されていたの。ずっと希望なんてないと思ってた。ただ薬で延命されているだけの命に意味なんてないと思ってた。そんな時、貴方に出会ったの。ただの嫌われ者の悪役令嬢でも、私にとっては希望だった!死んだ後、この世界に転生したときは運命だと思った!」
聞いている限り、彼女が私に対して憎悪を抱いているとは思えない。
「だったらなぜ、あんな依頼を?」
「シルフィを愛するのは私1人でいいの。だから、ゲームと同じように貴方を断罪させた。本来なら、王子との婚約破棄で心を病んだシルフィは学園への入学を拒否するはずだった。でも、シルフィは学園に入学した。しかも私と同室!これも運命だと思ったわ!シルフィを私に依存させるために噂を流して貴方をいじめさせた。でも、あのクソ王子のせいで失敗に終わった。だからね、考えたの!無理やり純潔を奪われれば、シルフィは男性に対して恐怖を感じるんじゃないかって!」
彼女の考えが理解できない。
私に向けられる感情がおぞましい。
こんな人間と同じ部屋で寝ていたと思うと吐き気がする。
「まぁ、バレちゃったなら仕方ないか。力ずくで私のものにさせてもらうね!」
「私が抵抗もせずに捕まるとお思いで?」
「抵抗しても無駄じゃない?私は魔法を使えるけど、シルフィは使えないんだから」
確かに、私は魔法を使えない。
そんなことはわかっている。だから、同室のナタリーをわざわざ呼び出したんだ。2人きりにならないように。
「そこまでだ、ナタリー・ハイドレンジア。貴様を、公爵令嬢の誘拐を依頼した容疑で連行する」
「遅かったですわね、殿下。助けてくれないんじゃないかと心配でしたわ」
「チッ、クソ王子が!邪魔しないでよ!」
ナタリーがアレックス殿下に襲いかかったが、すぐに取り押さえられた。
「抵抗しても無駄だ。おとなしくしろ」
「離しなさいよ!」
「シルフィ、彼女の処分はどうする?」
「命を取れとは言いません。ただ、二度と私に近づけないようにしてください」
「そんな………嫌よ!シルフィ!シルフィ!!!」
ナタリーは自主退学することになった。
彼女のしたことが表に出ることはなく、知っているのは、私とアイリス、アレックス殿下に、私とナタリーの両親くらいだ。
あれから彼女には会っていない。
これまでの私なら、彼女を晒し首にしていただろう。
でも、私は変わったのだ。
レイなら、晒し首なんて望まない。レイなら、この程度で許すはず。
レイ………これでよかったんだよね。




