13.救出後
「落ち着いたか?シルフィ」
「すぅ〜〜〜はぁ〜〜〜。ふぅ、もちろん大丈夫ですわ」
涙も落ち着いて来た頃、アレックスに話しかけられた。
「誘拐犯のことなんだが………」
「ああ、彼らは依頼されていたみたいですよ」
「依頼?」
「ええ、なんでも、私を攫って殺さずに心をへし折れって依頼らしいですわ」
改めて考えても変な依頼だな。
やっぱり、いじめなのか?でも、わざわざいじめでこんな大事になるようなことをするとは思えないよな。
「何も……されてないのか?」
パパンが心配そうに聞いてきた。
第一印象は最悪だったけど、こいつもしっかりと娘の心配をできる父親なんだな。
「お父様、私が誘拐犯ごときにそうやすやすと身体を許すような女性とお思いで?」
「それでも、心配なのよ。シルフィちゃん」
ママンも同様に心配している様子だ。
なんやかんや言っても、やっぱりシルフィは愛されて育ってきたんだな。
あれ?そういえば、本物のシルフィはどこに行ったんだ?
俺は、断罪イベント中からしか知らないから、転生したってわけでもないよな。
なら、入れ替わりか?
入れ替わりなら納得がいくが、俺は睡眠がトリガーだったとして、シルフィは何故入れ替わりが発生したんだ?
「シルフィ、大丈夫か?やっぱり何かあったんじゃ………」
パパンの眉毛がハの字になってる。
少なくとも、俺の前では常に睨んでるような感じだったのに、威厳の欠片もないくらいにがっつりハの字なっちゃってるよ。異常事態だわこれ。
「本当に大丈夫ですわ。私、殿下に婚約破棄されてから変わりましたの。お父様もご存知でしょう?」
「お前が変わったことはこの身で体験している!だが!お前は女の子だろ………」
「意外ですわね。何か悪いものでも食べました?」
「別に……レディーファーストというやつだ」
意外だな。このおっさんの口からレディーファーストなんて言葉が出てくるなんて。
でもこの世界って中世ヨーロッパくらいの世界観だから、時代背景てきにレディーファーストは女が盾になったり毒見したり的なあれになるんじゃないか?
まあ、乙女ゲーならその辺は現代と同じになるか。
「そういえば、話って何だったんですの?」
「入学前に殴り合った日のことを覚えているか?」
「ええ、覚えていますわ」
「あの日のことを謝りたかったんだ。お前の話を聞かずに、頭ごなしに怒鳴ったことを。」
なんだ、そんなことか。
学園祭にも来てくれたし、必死になって誘拐された俺を探してくれたんだ。パパンの愛情はしっかりと俺に伝わってる。
あの日のことだって、思い返してみれば、娘が自分の上司的な人を殴ったって聞いたら錯乱するに決まってるもん。
「そんなこと、許すに決まってますわ」
「シルフィが入学した後、母さんと話あったんだ。お前が変わったことを。そして誓ったんだ。また、あの時のようなことが起きた時に、たとえ世界中がシルフィを信じなくとも、私たちだけはシルフィのことを信じようと」
「お父様………!」
変わったんだな、パパンも。いい父親じゃん。
シルフィが羨ましいな。俺もシルフィだけど。
「話を戻すが、誘拐が依頼されたものだとすると、誘拐犯達に詳しく聞く必要があるな」
「とりあえず、爪剥ぎます?それとも最初は軽く殴るくらいにしときます?」
「シルフィ………何を言っているんだ?」
「何って、どう拷問するかに決まっているでしょう」
「拷問なんてするわけないだろ!!」
え?拷問しないの?時代背景てきに拷問ならあると思ってたんだけど………。
あ、ここって暫定乙女ゲーの世界だったわ。乙女ゲーで拷問なんて単語出てきたら嫌だわ。
「誘拐犯のことは殿下に任せますわ」
「わかった。一応聞くが、依頼者に心あたりはないか?」
「ないというか、ありすぎてわからないというか………」
「ああ、そうだったな………」
万が一にもこれがいじめなら誰が依頼者なのか調べようがないし、いじめ以外で心あたりなんてないもんな。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ええ、ごきげんよう」
アレックスが帰っていった。
さて、改めて本物のシルフィ・ローズがどうなったか考えるとするか。
転生はありえないとして。あるとしたら入れ替わりか憑依か。
入れ替わりだと、俺の方はトリガーがわかるけどシルフィの方はわからないんだよな。
でも、憑依なら俺の中に本物のシルフィ・ローズがいるから、俺が会ったことがないのがおかしい気がする。
何か他に違和感はないか?
………口調。俺が喋る時にお嬢様のような言葉を意識していなかった。
今回誘拐された時もそうだ。
なぜか、前にも同じようなことがあったように感じた。
そもそも、俺は誰なんだ?
シルフィ・ローズになる前の名前も、一緒にいたはずの友人の名前も思い出せない。
何故だ?俺は誰だ?何で何も思い出せないんだ?
この曖昧な記憶が前世の記憶だとしたら?
俺は既に死んでいて、魂だけがこの世界に来たのだとしたら?
そうだ、思い出した。
俺は霊体として、シルフィの断罪イベントを観ていたんだ。
シルフィは婚約破棄を告げられた時、そのショックから、新たな人格を生み出した。俺はそれに吸い込まれたんだ。
本来なら1つの身体に魂は1つのはずなのに、人格交代のタイミングで俺が入ったから、こんなことになってしまったんだ。
本物のシルフィ・ローズは、ずっと俺の中に存在していたんだ。
『シルフィ、もう十分わかっただろう?君は愛されている。1つに戻る時が来たんだ』
『嫌ですわ。濡れ衣を着せられ、殿下との婚約を破棄された人生に生きる価値なんてありませんもの』
『婚約ならまたできるさ。君も聞いただろう?俺のシルフィって。もしも、あのバカ王子がまた何かやらかしても、君には信頼できる人間がいるだろう?』
『それでも嫌ですわ!私は………私は、貴方にも一緒にいて欲しいんてすの!それに、私はまだ何も恩を返せていませんわ!』
嬉しい話だ。
俺はシルフィの心の支えになれていた。
解離性同一性障害。
彼女がその病にかかってしまった以上、別人格である俺は統合されて消える運命にある。悲しいが、お別れの時間だ。
『別れのときは必ず訪れるんだ、わかってくれ。もし、どうしても恩返しがしたいなら、名前をつけてくれないか?』
『名前………ですか?』
『そうだ』
前世の名前も思い出せなかったし、呼び名が貴方のまま消えたくないしな。
『わかりました。貴方の名前は………レイ。私を照らしてくれた、希望の光だからレイですわ!』
『レイか、ありがとう。そして………さようなら』
『ええ、さようなら』
人格は統合され、レイは私と1つになった。
ずっとレイの中から見ていたからわかる。私に濡れ衣を着せた犯人が。いじめと誘拐の黒幕も多分同じ人間だ。
皆の前で断罪して、私と同じ苦しみを味わせてやる。
いや、レイならそんなことはしない。レイなら、少ない人数で裁いて大事にはせずに穏便に済ませるはずだわ。
深夜。
「こんな時間に呼び出してごめんなさいね?ナタリー・ハイドレンジア」




