蒼い結晶のうねりと、朝のまどろみ
カタコト、カタコト、カタコト。
車輪が奏でる規則的な打撃音は、昨夜よりもどこか滑らかで、力強さを増しているように思えた。
車内の空気は、昨夜回収したあの蒼い「星の欠片」の熱によって、部屋のすみずみに至るまで優しく満たされていた。真鍮製オイルランプの炎は澄んだ橙色を保ち、天井から吊り下げられた小さな真鍮の天球儀が、列車の揺れに合わせてカチカチと静かな金属音を奏でている。
革ソファーの上に浅く身を横たえていたルカは、まぶたの裏に差し込んできた淡い光を感じて、ゆっくりと目を開けた。
「……ん……」
薄い毛布を押し払い、身体を起こす。 窓の外を見やると、そこには白じんだ薄明の光が広がっていた。太陽の姿は見えない。けれど、滅びゆく世界であっても、夜が明け、朝が訪れるという自然の物理律だけはかろうじて機能しているようだった。
テーブルの上を見つめると、昨夜二人で乾杯した磁器のカップが二つ、きれいに洗われて乾燥台の上に伏せられていた。そしてその横には、昨夜ルカが師匠を引っ張りながら回収してきた、あのかますが置かれている。
だが、かますの口は固く縛られたままでありながら、袋の生地を透かして、まるで生き物の脈動のように、ぼんやりとした蒼い光が一定のリズムで明滅を繰り返していた。
「……起きたか、へっぴり腰」
低く落ち着いた声が、部屋の奥からかかった。
ヴィンセントはすでにいつものコートを羽織り、ピンと背筋を伸ばして木製デスクに向かっていた。デスクの上には何冊もの分厚い古文書が積み上げられ、彼の傍らには、使い込まれた「藍色の羽ペン」とインク瓶が整然と配置されている。朝の静けさの中で、彼が羊皮紙をめくるササッという乾いた音だけが響いていた。
「おはようございます、先生。……相変わらず朝が早いですね。いつ寝てるんですか?」
「寝ているさ。お前が間抜けな寝息を立てて、三度ほど毛布を蹴り飛ばしている間にな」
「蹴り飛ばしてなんていません!」
ルカは顔を赤くして反論したが、ヴィンセントは一瞥もくれず、羽ペンの軸を指先で弄びながら続けた。
「……それより、あの欠片だ」
ヴィンセントの視線が、卓上の膨らんだかますへと向けられた。
「昨夜、お前が拾ってきたあの星の欠片……あれはただの燃料ではない。過去の記憶の質量が、通常の欠片の数十倍に及ぶ『高純度記憶結晶』だ。内部に蓄積された情熱と念が、袋を突き抜けて波動となって溢れ出している」
ルカはソファーから立ち上がり、かますへと近づいた。手をかざしてみると、布地越しにもかかわらず、まるで日向に置かれた石のように心地よい温もりがじわじわと伝わってくる。
「高純度記憶結晶……。じゃあ、これを炉にくべたら、すごいスピードで列車が走るんですか?」
「単に燃やせばそうなる。熱エネルギーとして一気に消費され、圧倒的な推進力を生んでおしまいだ。……だが、それでは芸がない」
ヴィンセントは羽ペンをインク瓶の横へと置き、ソファーからゆっくりと立ち上がった。漆黒のロングコートの裾がすさりと音を立て、彼の背の高さが部屋に静かな圧迫感をもたらす。
「この欠片に宿っているのは、おそらくあの街がもっとも繁栄し、人々が色彩に溢れた生活を送っていた時代の『全盛期の記憶』だ。……ルカ、お前は滅びる前の世界の『本物の色』を見たことがあるか?」
ルカは不意を突かれ、まばたきをした。
「……本物の色、ですか? ううん……僕が生まれた時には、もうあちこちの街から色が消え始めてましたし……昔の本の挿絵とか、先生の言葉でしか知りません」
「そうだろうな」
ヴィンセントは歩み寄り、大きな手でかますの結び目を解き始めた。袋の口が開かれると、車内を一瞬にして鮮烈な蒼い光が満たした。真鍮ランプの橙色の光と交ざり合い、室内がまるで深い海の底のような、神秘的で幻想的な色合いに染まる。
「ならば、見せてやろう。……言葉や絵具の模倣ではない、あの街がかつて持っていた『本当の光景』をな」




