深まる夜と、変わらない車輪の歌
ガタガタガタン、と大きな揺れが車体を揺らした。
機関室の炉にくべられた蒼い星の欠片が完全に定着し、列車の自動走行機能が次の推進力を得たのだ。
カタコト、カタコト、カタコト……。
車輪が重い鉄の音を奏でながら回転を速め、夜行列車『星屑の軌道』は、静かに、けれど力強く廃駅のホームを離れ始めた。
窓の外を流れるモノクロームの街並みが、速度を増すにつれて暗闇の中へと溶けていく。時計塔も、崩れたパン屋の跡地も、干からびた噴水も、すべてが後方へと去り、車窓の外は再びどこまでも続く完璧な「無」の闇へと戻っていった。
だが、今のルカの胸には、もうあの冷たい恐怖はなかった。
車内には、真鍮ランプが落とす橙色のあたたかな光がある。 卓上には、師匠が淹れてくれた紅茶の豊かな香りが漂っている。 そして何より、この手帳の中には、自分が描き留めた「世界の光」と、師匠が刻んでくれた「確かな言葉」が残されている。
「……ふぁ」
緊張がほぐれたせいか、大きな欠伸が出た。
ルカは手帳を大切に革ポーチへ収めると、長衣のサスペンダーを外し、革ソファーの上に横になった。薄い毛布を頭までかぶると、旅の疲労と車内の温もりが、心地よい重みとなって全身を包み込んでいく。
窓の外の暗闇を見つめる。
世界から色も、言葉も、記憶も失われていく。 けれど、この列車が走り続ける限り、そして自分がペンとスケッチを握り続ける限り、世界はただ消え去るのではない。「愛おしい記録」として、未来へと残されていくのだ。
「……師匠」
毛布の中から、ルカは小さく声をかけた。
「なんだ」
デスクに向かったままのヴィンセントが、振り向かずに短い声を返す。
「……明日も、僕が先頭を歩きますね。先生が迷子にならないように」
「……不敬な弟子だ。明日はお前に地図の読み方を叩き込んでやる。……もう喋らずに寝なさい」
ヴィンセントの呆れたようなボソッと呟く声を聞きながら、ルカはくすっと小さく笑った。
デスクに向かうヴィンセントが、再び自分の手帳を開き、インク瓶に羽ペンを浸す気配がした。
カリカリ、カリカリ……。
暗闇に包まれた車内に、規則正しく、美しい羽ペンの足音が響き始める。
その音は、暗闇の中に打ち立てられた絶対に折れない楔のように、ルカの意識を現実の温もりへと繋ぎ止めてくれる。カリカリという澄んだ高い音と、足元から響くカタトコという車輪の歌が重なり合い、最高の子守唄となってルカを深い眠りへと誘っていった。
「(おやすみなさい、師匠)」
心の中でそう呟き、ルカは静かに瞼を閉じた。
滅びゆく世界の果てしない暗闇を切り裂き、星の欠片の青い光を胸に抱いて、夜行列車は走り続ける。
過去のすべての記憶をその背に背負う、不器用で厳格な師匠と、 新しい世界の光をその手で描き始めた、幼き弟子を乗せて。
世界の果てへと続く静かな線路は、夜の闇の向こう側へ、どこまでも、どこまでも伸びていた。
ルカは暗闇や静寂が苦手です。




