小さき足跡と、手渡される光
切り分けられたラム酒漬けのフルーツケーキと、香気あふれる最高級の紅茶を綺麗に平らげると、少年の顔にはほんのりと紅潮が差し、先ほどまでの緊張と不安は綺麗に消え去っていた。
少年は手作りのノートを大切に胸に抱きしめ、何度も何度も、ルーカスが書いてくれたあの流麗な文字を指先でなぞっていた。
——『風の捉え方、秀逸なり。線の躍動が、文字の足らぬ風車の熱を正しく補っている』
「……お兄ちゃん。僕、もっとたくさんの街に行って、いっぱい絵を描くよ」
少年は力強い瞳でルーカスを見上げ、きっぱりと言った。
「風車だけじゃなくて、街の人たちの笑ってる顔とか、おいしいパンの匂いとか……僕が見たものを、全部このノートに集めるんだ!」
「うん、それが良い」
ルーカスは優しく頷き、少年の頭を撫でた。
「上手に描こうとしなくていい。難しい言葉を使わなくてもいい。大切なのは、君がその場所で何に心を動かされたか……その熱量を誤魔化さずに残すことだ。君が素直に描いた線は、きっと未来の誰かの胸を温める光になるから」
「うん!……あのね、お兄ちゃん!」
少年は立ち上がり、大きな革かばんの紐をギュッと握り直した。
「僕、もっとすごい記録者になったら、またこの丘に来てもいい? その時、新しく描いたノート、お兄ちゃんに見てもいたいな!」
その言葉に、ルーカスは一瞬目を見開き、それから胸の奥が熱くなるのを感じながら、心からの笑みを浮かべた。
かつて、滅びゆく世界の廃駅で、不器用な師匠に向かって「僕、もっとたくさん描きます!」と宣言したあの日の自分。その声が、巡り巡って、目の前の少年から自分へと手渡されたのだ。
「ああ、約束だ」
ルーカスは胸ポケットから『藍色の羽ペン』を外し、少年のノートの裏表紙に、小さなチェックマーク——かつてヴィンセントが自分の手帳につけてくれた、あの花びらのような印をひとつ、丁寧に書き添えた。
「いつでもいらっしゃい。君が持ってきてくれる新しい世界の記録を、楽しみに待っているよ」
「わぁ……っ! ありがとう、お兄ちゃん!」
少年は満面の笑顔を咲かせると、帽子を深くかぶり直し、元気に手を振りながら丘の坂道を駆け下りていった。
「バイバイ! 僕、頑張るねー!」
小さくなっていく少年の背中。泥だらけの靴で踏みしめられる青草の芽。 その一歩一歩が、新世界に刻まれていく、新しい『未来の足跡』だった。
ルーカスはその姿が見えなくなるまで、ずっと温かな眼差しで見送り続けた。




