分かち合う菓子と、師の面影
「さあ、泣くのはお終いだ。……頑張って歩いてきた優秀な弟子に、ご褒美をあげよう」
ルーカスはそう言うと、先ほど切り分けておいた自作の『ラム酒漬けフルーツケーキ』の小皿と、温かい『天空の紅蓮香』を少年の前へと差し出した。
「うわあ……! すごい良い匂い! これ、なぁに?」
「僕特製のフルーツケーキと、とっておきの紅茶だ。……召し上がれ」
少年は手袋を外し、フォークでケーキを小さく削り取って口に運んだ。
次の瞬間、少年の顔がパッと輝いた。
「……っ! おいしいっ!! 甘くて、香ばしくて……なんだかすっごくあたたかい味がする!」
「ふふ、そうだろう。熟成された果実とナッツの甘み、そしてラム酒の香気が完璧な平衡を保っているからね」
ルーカスも自分のカップを持ち上げ、紅茶を静かに一口味わった。
柑橘とバラのような気品ある香りが鼻を抜け、口の中に広がるケーキの甘みを優しく包み込んでいく。
「お兄ちゃん……お茶を淹れるのも、お菓子を作るのも、すっごく上手なんだね!」
「……ううん、実はね」
ルーカスはカップを置き、風が吹き抜ける遠い丘の向こうを見つめた。
「お菓子作りは僕の得意分野だけど……このお茶の淹れ方は、僕の『師匠』に教えてもらったんだ」
「師匠……? 記録者様にも、先生がいたの?」
少年が目を輝かせて尋ねる。
「ああ、いたよ」
ルーカスは胸の藍色の羽ペンを愛おしそうになでながら、懐かしい記憶の糸をたぐり寄せるように話し始めた。
「背がすごく高くて、いつも真っ黒な大きなコートを着ていてね。顔はいつも怖くて不機嫌そうで、言葉も厳しくて……何かあるとすぐに僕のことを『へっぴり腰』って呼ぶような、頑固な人だった」
「へっぴり腰! くすっ、記録者様がへっぴり腰だったの!?」
「そうだよ。……料理をさせれば食材を全部真っ黒な炭にしちゃうし、ボタンは掛け違えるし、街に出れば必ず方向音痴で迷子になるような、酷く不器用な人だった」
ルーカスは可笑しそうに笑った。けれど、その瞳にはどこまでも深い愛おしさと感謝の色が宿っていた。
「でもね……お茶を淹れる時だけは、世界で一番美しくて、完璧な人だった。そして、どんなに世界が暗闇に包まれても、僕の手を絶対に放さないで……世界の美しさと、歩き続ける強さを教えてくれたんだ」
少年はケーキを口に含んだまま、ルーカスの話にじっと聞き入っていた。
「この羽ペンも、手帳も……僕が持っている大切なものは全部、その先生から受け継いだ宝物なんだよ」
「……その先生は、今どこにいるの?」
少年の純粋な問いかけに、ルーカスは一瞬だけ瞳を細め、それから空を指差した。
「ここにはいないよ。……でもね、僕がこうして手帳を開いて、誰かの言葉や光を記録している時……いつだって、僕のすぐ隣で、あの人が威厳たっぷりに見守ってくれている気がするんだ」
風が吹き抜け、オークの木の葉がサラサラと心地よい音を立てた。
その風の音の中に、かすかに「カタコト……」という車輪の歌と、あの低く威厳に満ちた声が混ざっていたような気がして、ルーカスは優しく目を細めた。




