芽吹く新世界と、記録者の足音
光の扉が、音もなく静かにルカの身体を包み込んだ。
一瞬、眩い純白の光が視界を埋め尽くし、あらゆる音が遠ざかっていった。
だが、恐怖は一切なかった。
手の中には、ヴィンセントから受け継いだ『藍色の羽ペン』がある。 かばんの中には、二人で旅した全ての記録が詰まった『手帳』がある。 そして胸の奥には、最後にお互いの名前を呼んだ、あの温かな「存在の承認」が息づいていた。
……ふっと、風が吹いた。
草の匂い。 土の薫り。 太陽の暖かな光。 そして、澄み切った青空を羽ばたく鳥たちの賑やかな囀り。
ルカがゆっくりと目を開けると、そこには、どこまでも続く色鮮やかな緑の丘陵地帯が広がっていた。
空は見たこともないほど透き通った青色に染まり、足元には名もなき赤や黄色の小花たちが一斉に咲き誇っている。遠くには青く輝く大きな川が流れており、風が吹き抜けるたびに、緑の草原が生き物のように美しい波を描いていた。
世界から色が奪われ、音すらも消えかけていたあの滅びの旅路が嘘のような、圧倒的な「生命の芽吹き」がそこにはあった。
「……すごい……」
ルカは吸い込んだ新しい空気の爽やかさに、胸を躍らせた。
振り返ると、そこにはもう漆黒の夜行列車も、白銀のプラットホームも、そして愛しい師匠の姿もなかった。そこにはただ、青空へと続く美しい風の軌跡が残されているだけだった。
けれど、ルカは寂しくなかった。
ルカは足元を固く踏みしめ、かばんから一冊の手帳を取り出した。革の表紙を開くと、そこにはヴィンセントが最後に書き残してくれた流麗な文字と、チェックマークが輝いている。
ルカは『藍色の羽ペン』を構え、新世界の真白な羊皮紙のページへとペン先を降ろした。
インクの代わりに、目に見える光の旋律と、目の前の青空の色をすくい上げるようにして、ルカの手が動く。
カリカリ、カリカリ……。
澄んだ羽ペンの音が、新世界の風の中に静かに響き渡る。
ルカの手帳の第一ページ目に、新しい世界の『第一歩』が、繊細で力強い線となって刻まれていく。
「見ててね、師匠……いや、ヴィンセント」
ルカは空を見上げ、羽ペンを抱きしめて微笑んだ。
「僕が描くこの手帳の続きが……僕の、新しい旅の始まりです!」
若い記録者の新しい一歩が、緑の丘を越えて、どこまでも、どこまでも高らかに響き渡っていった。




