境界のプラットホームと、別れの静寂
キーッ……と、重厚な鉄扉が外へと開いた。
滑り込んできた風は、これまでの荒野のような凍てつく冷たさも、無の乾燥した匂いも持っていなかった。そこにあったのは、どこか春の萌芽を思わせる柔らかなぬくもりと、湿り気を含んだ大気の匂いだった。
ヴィンセントが重い皮靴の音を響かせてステップを降り、続いてルカもプラットホームへと足を踏み出した。
そこは、白銀の光で形成された幻想的なホームだった。 足元を照らす石畳の模様は、二人の足が触れるたびに波紋のような幾何学模様を描いて静かに揺らめいている。線路の脇に佇む街灯からは、青白い灯火の代わりに、小さく可憐な光の花弁のような粒が溢れ出ていた。
見上げれば、頭上には夜空も雲もない。ただ乳白色の優光が無限の奥行きを持って広がっており、遠く地平線の彼方には、空間そのものが二つに裂けたかのような『光の割れ目』が、圧倒的な神聖さを放って鎮座していた。
光の割れ目の向こう側からは、かすかに緑の葉が風にそよぐ音や、清流のせせらぎ、そして見たこともない鳥たちの小さな羽ばたきが、まるで遠い子守唄のように漏れ聞こえてくる。
「……あそこが、新しい世界なんですね」
ルカは溢れそうになる涙を堪えながら、光の割れ目を見つめた。
「そうだ」
ヴィンセントがルカのとなりに立ち、静かに腕を組んだ。
「過去の記憶と熱量をすべて燃料として燃やし尽くし、我が列車『星屑の軌道』が辿り着いた、あらゆる物語の終着点だ。……あの割れ目を潜り抜ければ、そこにはお前がこれまで見たこともないような、色鮮やかで、豊かな生命に満ちた世界が広がっている」
ヴィンセントが振り返ると、二人を乗せて走ってきた漆黒の夜行列車が、プラットホームの脇で静かに「シューッ……」と温かな息を吐いていた。
車内の真鍮ランプの光がゆっくりと細くなり、これまで集めてきた星の欠片たちの残光が、青い粒子となって車体から空へと昇っていく。長きにわたって過去の記憶を背負い、闇を駆け抜けてきた機関車の役目もまた、ここで静かに終わろうとしていた。
「……先生。本当に……来られないんですか?」
ルカはすがりつくような目で、ヴィンセントの漆黒のコートの裾を掴んだ。
あの日、冷え切った荒野で掴んだのと同じ、厚手で丈夫な生地。その温もりが、今この瞬間もルカの手のひらに伝わっている。
ヴィンセントは困ったような、けれどどこか慈愛に満ちた苦笑いを浮かべ、大きな手でルカの手を包み込んだ。
「……頑固な弟子だな。何度も言わせるな。過去を抱く者が未来へ足を踏み入れれば、その重圧で芽生えたばかりの繊細な世界が潰れてしまうのだ。……私はこの列車とともに、お前が踏み出す背中を見届ける。それが、私に課せられた最後の『記録者』としての責務なのだ」




