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『星屑の軌道 — 記憶を巡る夜行列車』  作者: 天ヶ瀬 彗燦
第一章:記憶の褪せた街と「星拾い」
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乾いた噴水と、手の中に宿る微熱

ルカが引く手の先に、開けた空間が滑り込んできた。


迷路のように入り組んでいた住宅街の路地が途切れ、突如として視界がひらける。かつては市が立ち、季節の祭りが催され、人々が足を止めて会話を交わしていたであろう「中央広場」だった。


広場の四方を囲む建造物は、どれも立派な石造りだった。かつては色鮮やかな垂れ幕が下がり、花々の鉢植えが窓辺を飾っていたのであろうが、今ではすべてが均一な灰色の影へと沈み込んでいる。


そして広場の正中央には、巨大な石造りの噴水が鎮座していた。


噴水に彫られたポセイドンや美しき水の精たちの像も、世界から色を奪われたことで、まるで乾いた粘土細工のような質感へと変貌している。水はとうの昔に干上がり、噴水盤の底には干からびた落ち葉の屑と砂埃が溜まっているだけだった。


だが——その乾いた噴水盤の底から、暗闇を押し返すように澄んだ光が溢れ出していた。


「……あった! 先生、見つけました!」


ルカはヴィンセントの手を放し、足をもつれさせそうになりながら噴水へ駆け寄った。


「慌てるな、へっぴり腰。足を滑らせて転べば、お前の長衣の膝に穴が開くぞ」


後ろから追いついてきたヴィンセントが、コートの裾を払って噴水の縁に重々しく腰を下ろした。


噴水の底に転がっていたのは、大人の拳よりも二回りほど大きい、歪な鉱石のような物体だった。


表面はごつごつとした岩石の質感を残しているが、その内部からは、まるで深く澄み渡った真夜中の夜空をそのまま凝縮したかのような、神秘的な蒼い光が絶え間なく脈打っていた。光が放射されるたびに、周囲のモノクロームの石畳が、わずかに青く揺らめく。


「……ほう。これは素晴らしい逸品だな」


ヴィンセントが眉間のシワを緩め、感心したように目を細めた。


「純度がきわめて高い。不純物である『忘却の塵』が少なく、過去の記憶と情熱の結晶化が良好だ。これひとつあれば、我が列車はあと一週間は荒野を疾走できるだろう」


ルカは持っていたランタンを石畳の上に置き、腰の革ポーチから厚手の作業用手袋と、丈夫な粗布で縫われたかますを取り出した。


星の欠片は、そのまま素手で触れてはならない。欠片の中に閉じ込められた誰かの記憶や強烈な感情が、触れた者の精神へと過剰になだれ込み、時として意識を失わせる「記憶の過剰流入」を引き起こすからだ。


ルカは革手袋を念入りにはめると、噴水盤の底へ手を伸ばし、蒼く光る結晶を慎重に両手で抱え上げた。


「……重い。それに……すごく、暖かいです」


ずしりとした重みが腕に伝わると同時に、厚い革手袋の布地を通して、じんわりとした温もりが手のひらに伝わってきた。冷え切った荒野の夜気の中で、その温もりはまるで生き物の体温のようだった。


「当たり前だ」


ヴィンセントがケープの金糸を指先で撫でながら、静かな声で言った。


「星の欠片とは、かつてこの場所で生きていた人間たちの『熱』の残り香だ。誰かを深く愛した記憶、仕事をやり遂げた誇り、明日へのささやかな願い……そうした高純度の感情が、世界が滅びに向かう土壇場で物理的な質量を持って凝縮したものなのだからな」


「人間たちの、熱……」


「そうだ。街から色が消え、人々が立ち去ったとしても、彼らがここで放った感情の熱まで消え去るわけではない。それが天に昇り、冷却され、こうして結晶となって地上へ還ってくる。……だからこそ、温かいのだ」


ルカは抱え上げた蒼い結晶を見つめた。


色を失い、死んだように沈黙するこのモノクロの街の中で、唯一この欠片だけが「かつてここに確かな命があった」と主張するように、力強く、温かく光り続けている。


ルカは欠片をかますの中へそっと納め、紐を固く結び直した。かますを肩から斜め掛けに担ぐと、ずっしりとした重みが背中に伝わってくる。不思議と、その重みは不快ではなかった。むしろ、かつてここにいた誰かの想いを預かったような、静かな誇らしさが胸に満ちていく。


「さあ、作業は終わりました。先生、暖かいうちに列車に戻りましょう」


「……ふむ。そうだな。寒さで私の思考回路も凝固しつつある」


ヴィンセントは立ち上がり、威厳たっぷりに胸を張ると、堂々と進行方向を指し示した。


「よし、帰路は私が先導しよう。先ほど私が見破ったこの街の位相構造から逆算すれば、駅への最短ルートは自ずと割り出せる」


「……先生。駅はあっちです。いま指さしてるのは、さっき通り過ぎた墓地の方向です」


「…………」


ヴィンセントは無言で指を下ろし、何事もなかったかのようにすっと方向転換をした。


「……お前の空間認識能力をテストしてやったのだ。合格だ、弟子」


「素直に『助かった』って言えないんですか、この人は……」


ルカは溜め息をつきつつも、再びヴィンセントのコートの袖をぎゅっと掴み、駅への帰り道を歩き始めた。

「忘却の塵」とは、世界から人々の記憶や関心が失われていく中で生じた「風化した感情の残滓」のことです。誰にも思い出されなくなった出来事や、時間とともに摩耗した情熱が、灰や砂のような不純物となって『星の欠片』の中に混ざり込むことで発生します。

これは列車の推進力を低下させる原因となるほか、投影される過去の映像を不鮮明にしたり、映像内にノイズを発生させたりします。

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