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『星屑の軌道 — 記憶を巡る夜行列車』  作者: 天ヶ瀬 彗燦
第五章:残影の立ち込める境界地と、秘蔵の果実
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至高の果実と、深まる対話

磁器の澄んだ接触音が車内に余韻を残す中、ルカは小さく息を呑み、小皿に載ったラム酒漬けのフルーツケーキにフォークを滑らせた。


しっとりと蜜を含んだ琥珀色の生地が、すっとフォークを受け入れる。一口サイズに切り取って口に運んだ瞬間、ルカの瞳が大きく見開かれた。


「……っ! すごい……!」


濃厚なラム酒の香気と、焦がした黒砂糖のような深みのある甘さが一気に舌の上で弾けた。熟成された大粒のレーズンからは果汁のように甘い蜜が溢れ出し、イチジクのぷちぷちとした歯ごたえと、アーモンドの香ばしい風味が何重もの奏鳴曲となって押し寄せてくる。


生地の重厚なコクが口内に広がったところへ、すかさずヴィンセントが淹れた『天空の紅蓮香』をひとくち含んでみる。


「…………っ」


思わず感嘆の溜め息が漏れた。 華やかなバラと熟した果実を思わせる温かい液体が、ケーキの濃厚な甘みを完璧に包み込み、後味をどこまでも爽やかで澄んだ余韻へと昇華させていく。口の中に残るのは、甘美で、誇り高く、どこか哀愁を帯びた至高の満足感だけだった。


「……信じられない。こんなに美味しいお菓子……僕、生まれて初めて食べました」


「当たり前だ」


向かいのヴィンセントもまた、フォークで優雅にケーキを一口含み、深く目を細めていた。


「このコンフィチュールと生地の熟成には、文字通り三年という『時間』が費やされているのだからな。時間の経過とは、ただ物が朽ちてゆくことではない。正しく保存され、慈しまれたものは、このように深みと価値を増すのだ」


「時間の経過……」


ルカは自分の手元にある磁器のカップを見つめた。


「そういえば……僕が先生と出会ってから、もう何年も経ちましたね。僕がまだ小さくて、長衣の裾を引きずってばかりいた頃……」


「フム。あの頃のお前は酷いものだったぞ」


ヴィンセントは淹れ立ての紅茶を傾けながら、どこか懐かしげに口元を綻ばせた。


「風が吹けば吹き飛ばされそうになり、暗闇を見れば私のかばんの紐にすがりつき、毎晩のように悪夢を見ては泣きじゃくっていた。……手帳を開かせれば、文章どころかただのミミズのような線をのたうたせておったな」


「む……っ! ミミズはひどいです! あれでも必死で描いてたんですから!」


「事実だ。……だが」


ヴィンセントはフォークを小皿に静かに置くと、まっすぐな瞳でルカを見つめた。


「今の……お前はどうだ。迷子になった私の手を引き、私より手際よく温かいスープを作り、私のコートのほつれを美しく縫い合わせ……そして、誰もが言葉を失うような場所で、世界の光を誰よりも正確に手帳へ描き留めるようになった」


ヴィンセントの低い声には、誇らしさと、ほんの少しの寂しさが混ざり合っていた。


「お前はこの過酷な旅路の中で、間違いなく『時間』を味方につけ、見事に成長したのだ。……この熟成されたケーキのようにな」


ルカは胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。


師匠からのこれ以上ない言葉。けれど、その言葉の裏側に漂う「旅の終わり」の気配が、甘いケーキの味わいの中に切ない影を落としていた。

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