切り分けられる果実と、溢れる熟成香
「最後の……平穏の宴……」
ルカはその言葉に、胸の奥が一瞬キュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
『境界』が近いということは、この二人旅の終わりが、すぐそこまで迫っていることを意味していた。けれど、ヴィンセントの横顔には悲壮感など微塵もなく、ただ目の前にある至高の甘味と、弟子とともに過ごす時間への心からの喜びに満ちあふれていた。
「ルカ。ナイフを用意しなさい。……このケーキを切るのは、我が弟子であるお前の役目だ」
「……! はいっ!」
ルカは急いで厨房から綺麗なブレッドナイフと磁器の小皿を持ってきた。
しっとりとラム酒を含んだ重厚な生地に、ナイフの刃をゆっくりと入れる。
「……あ」
吸い込まれるようにナイフが落ちていく。生地の中からは、蜜をたっぷりと吸い込んだ大粒のレーズン、琥珀色のイチジク、そして香ばしいナッツが惜しげもなく断面から姿を現した。切れば切るほど、ラム酒の気品ある香りが湯気のように部屋の中に満ちていく。
「見事な切り分けだ、ルカ。刃の角度に迷いがない」
「えへへ、僕だって伊達に毎日料理を作ってませんからね」
ルカは均等に分厚くカットしたケーキを小皿に盛り付け、ヴィンセントの前へと恭しく差し出した。
その間に、ヴィンセントは真鍮ケトルでお湯を沸かし、幻の茶葉『天空の紅蓮香』を温めたポットへと投入していた。
沸騰したお湯が注がれた瞬間、今度は部屋中に深いバラの花と熟した果実を思わせる、信じられないほど華やかで高貴な紅茶の香りが立ち上った。
「……素晴らしい抽出だ。完璧な温度、完璧な蒸らし時間。我が抽出理論の到達点と言ってもいい」
ヴィンセントは自画自賛しながら、透き通った深い紅色の液体を磁器のカップへと丁寧に注ぎ分けた。
二人の前に並べられた、至高のラム酒漬けフルーツケーキと、奇跡の紅茶。
窓の外の「境界地帯」が漂わせる無音の白夜の中で、そのテーブルの上だけが、まるで奇跡のように色鮮やかで、温かな「生命の熱」を放っていた。
「さあ、弟子よ。……私たちの歩んできた旅路に乾杯しよう」
ヴィンセントが静かにカップを持ち上げた。
「はい……! 乾杯です、先生!」
ルカも自分のカップを持ち上げ、二人の磁器が「カチン……」と、世界で一番美しい音を立てて重なり合った。




