抱きしめた言葉と、言霊の結晶
ヴィンセントが放った青い魔力の波動は、中央大閲覧室を埋め尽くしていた『忘却の霧』を一瞬にして雲散霧消させた。
湿り気を帯びた白靄が晴れ、静まり返った大閲覧室に、再び天窓からの真珠色の光が差し込んでくる。
ルカは丸めていた身体をゆっくりと起こし、膝の上で抱え込んでいた小さな詩集を見つめた。手帳も、そして胸元に抱いた古い本も、何ひとつ傷ついてはいなかった。擦れかけたインクの文字が、そこには確かに残っていた。
「……よかった……消えてない……」
ルカは安堵の息を漏らし、ぺたりと石床に座り込んだ。
ヴィンセントが重い靴音を響かせて歩み寄ってくる。漆黒のロングコートの裾をなびかせ、ルカを見下ろすその顔には、いつもの仏頂面の中に、隠しきれない怒りと誇らしさが入り混じっていた。
「……無茶をするな、へっぴり腰」
ヴィンセントはそう言いながらも、ルカの長衣についた埃を大きな手で乱暴に、けれどどこか優しく払ってくれた。
「本一冊のために、己の記憶を危険に晒すなど……相変わらずの向こう見ずだな」
「向こう見ずじゃないです……! だって、この本には綺麗な言葉が残ってたから……。消えちゃったら、この言葉を書いた人がここで生きてたことも、全部なかったことになっちゃうじゃないですか」
ルカは詩集をぎゅっと胸に抱きしめ、ヴィンセントを見上げた。
ヴィンセントは一瞬だけ目を見開き、それから深く、静かな溜め息を吐いた。
「……ふむ。過去の言葉を守ろうとするその頑固さ……少しは記録者の端無き覚悟が芽生えてきたようだな」
ヴィンセントは背を向け、天球儀の足元へ手を伸ばした。
群青と漆黒が交ざり合った『言霊の星結晶』を、両手で慎重に抱え上げる。大人の頭ほどもあるその大結晶は、持ち上げられた瞬間に「ふぉん……」という、澄んだ弦楽器の残響のような音を車庫全体に響かせた。
結晶の内部で明滅する無数の光の粒が、まるで何万もの言葉の囁きとなって、静かに脈打っている。
「手に入れたぞ。これほどの純度を持つ言霊の結晶なら、我が列車は忘却の荒野をどこまでも走り抜けることができる。……いくぞ、ルカ。霧が再び集まる前に列車へ戻る」
「はいっ!」
ルカは守り抜いた詩集をかばんに大切にしまい込み、ヴィンセントの後に続いて大図書館の廃墟を駆け抜けた。




