最後の詩集と、青黒い星の熱
ルカの直感は正しかった。
階段を下りきった先に広がっていたのは、大図書館の最深部——かつて激しい議論や研究が行われていたであろう「中央大閲覧室」だった。
ドーム状の巨大な天井からは白真珠色の光が降り注ぎ、部屋の中央には、かつて世界中の海と大地を象った巨大な「真鍮製の天球儀」が鎮座していた。
そして、その天球儀の土台の割れ目に、それがあった。
「……あった! 先生、見つけました!」
ルカはヴィンセントの手を放し、天球儀の足元へ駆け寄った。
土台の真ん中に挟まるようにして輝いていたのは、これまでの結晶とは少し毛色の違う、深く重厚な群青と漆黒が交ざり合った大結晶だった。
大人の頭ほどもあるその結晶の内部では、まるで夜空に散らばる無限の星々のように、小さな金色と言葉の断片のような光の粒がチラチラと明滅を繰り返している。その結晶から放射される澄んだ波動が、周囲の『忘却の霧』を押し返し、閲覧室の中にだけは静謐な空間を作り出していた。
「……見事な逸品だ」
追いついてきたヴィンセントが、感心したように息を吐いた。
「あれはただの感情の結晶ではない。この大図書館に蓄積されていた数え切れないほどの『言葉、詩句、物語、歴史』の情熱が、消滅の直前に凝縮して生まれた『言霊の星結晶』だ。我が列車の魔術回路に極めて高い親和性を持つ」
ルカはかばんから作業用の革手袋を取り出し、慎重にはめ込んだ。
だが、欠片に手を伸ばそうとしたその時——ルカの視線が、欠片のすぐ脇の石床に落ちている一冊の本に留まった。
それは、風化してボロボロになった小さな革装丁の詩集だった。
不思議なことに、その本だけは星の欠片が放つ澄んだ光を直接浴びていたおかげで、『忘却の霧』による消失を寸前で免れていた。
ルカはおそるおそる手袋越しにその詩集を拾い上げ、ページを開いた。
そこには、消えかけた掠れたインクで、たった一節だけ、かつて誰かが認めた詩の言葉が残されていた。
——『たとえ世界の色彩が失われ、言葉が夜の中に溶け去ろうとも。 誰かが私を呼び、私がその名を刻む限り、私たちの歩んだ道は光であり続ける』
「……師匠」
ルカの声が、かすかに震えた。
「この本……言葉が残ってます。消えてないです……!」
だがその瞬間、周囲の『忘却の霧』が、まるで残された最後の言葉を喰らい尽くそうとするかのように、うねりを上げて詩集のページへと忍び寄ってきた。白紙化の侵食が、ルカの手元にまで迫る。
「あっ……だめ……! 消えないで……!」
ルカはとっさに自分の身体を丸め、詩集と自分の手帳を胸の奥に強く抱きかかえた。
自分が壁になって、霧から言葉を守ろうとしたのだ。
「ルカ!」
ヴィンセントが叫び、すさりとコートの裾をひるがえして前に踏み出した。
彼の羽ペンが閃き、強烈な青い魔力の光芒が『忘却の霧』を切り裂く。
「私の前で、失われゆく言葉を奪おうなど……万死に値する!」
ヴィンセントの威厳に満ちた怒声が大閲覧室に響き渡り、押し寄せていた白い霧が一瞬にして吹き飛ばされ、雲散霧消していった。




