文字の墓場と、蠢く『忘却の霧』
天窓から差し込む真珠色の光が、無数の塵を乗せて斜めの光の筋をつくっていた。
大図書館の内部は、外から見るよりも遥かに巨大だった。見上げるほど高い吹き抜けの天井まで、円環状の巨大な書架がどこまでも重なり合い、螺旋状に天空へと伸びている。かつて何百万、何千万という知の集積が納められていたであろうその棚には、びっしりと本が詰め込まれていた。
だが、そこには完全な沈黙だけが支配していた。
紙が擦れ合う音も、ページをめくる指先の触れ合いも、学徒たちの囁き声も、すべては遠い過去の幻影だ。
「……静かすぎる」
ルカはランタンの青白い光を掲げながら、慎重に石畳の通路を進んだ。
足元を踏みしめるたびに、風に舞った白紙のページが「ササッ、ササッ」と不吉な音を立てて砕けていく。本を開かずとも分かった。棚に並ぶ無数の背表紙からは、タイトルの金文字が綺麗に剥げ落ち、ただの無地の革細工と化していた。
その時、棚の隙間から「シューッ……」という濡れたような音が漏れ聞こえた。
雲海から流れ込んできた純白の霧が、生き物のように滑らかな動きで書架の通路を這い回っている。その霧が書架の一角にそっと触れた瞬間、ルカは目を見開いた。
棚に並んでいた一冊の古い本から、残されていたわずかなインクのシミが、まるでサラサラとした黒い砂のように崩れ落ち、そのまま空気中へと蒸発していったのだ。
「ひっ……! 先生、あれ……!」
「動くな、へっぴり腰」
ヴィンセントが瞬時にルカの肩を掴み、自分の背後へと引き寄せた。
漆黒のコートが裾を翻し、ルカの視界を覆う。ヴィンセントは眉間に深いシワを寄せ、寄せては返す波のように迫る白い霧を、鋭い眼差しで見据えた。
「あれはただの川霧でも雲でもない。世界から『概念』を削ぎ落とす侵食の奔流……『忘却の霧』だ。触れれば、お前の手帳の文字どころか、お前自身の頭の中にある言葉の記憶まで削り取られるぞ」
「僕の記憶まで……!?」
ルカは恐怖で身をすくめ、抱えていた手帳をさらに強く胸に抱きしめた。
「怖がる必要はない。霧の濃度はまだ薄い。私が展開する魔術障壁の内部にいれば、侵食を受けることはない」
ヴィンセントが胸ポケットから「藍色の羽ペン」を抜き取り、空中に静かに一閃させた。ペン先から静かな青い魔力の光芒線が描かれ、ふたりを包み込むように薄い光のドームが形成される。白い霧がドームの表面に触れると、パチパチと小さな花火のような音を立てて弾け、それ以上近づいてこなくなった。
「すごい……! 先生の魔術、ちゃんと効いてます!」
「当たり前だ。私を誰だと思っている。……だが、障壁を維持しながらの移動は魔力を消耗する。長居は無用だ。一刻も早く『星の欠片』を回収し、ここを脱出するぞ」




