薄れゆく幻影と、消え残る余熱
温かいスープと香ばしいパンを綺麗に平らげると、空腹とともに胃のあたりからじんわりとした充足感が広がっていった。
ルカが空になったボウルと手鍋をまとめ、厨房の水場へと運んで洗い始めたとき、ふっと車内の光量が変化した。
壁の真鍮ランプが帯びていた神秘的な蒼い光芒が、かすかに細くなり、本来の暖かみのある橙色へと揺れ戻り始めている。それと同時に、足元から響いていた高周波のうなり声が落ち着き、いつもの「カタコト、カタコト」という規則的な車輪の脈動へと戻っていった。
「……あ」
ルカは手を止め、窓の外へと視線を向けた。
車窓に映し出されていた、あの息を呑むほど鮮やかな『全盛期の色彩』が、まるで水に溶けた水彩画のように、境界線から徐々に滲み、薄れ始めていた。
燃えるような朱色だった赤レンガの壁は元の沈んだ灰色へと戻り、窓辺で咲き誇っていた紫のラベンダーや赤のゼラニウムは、光の粒子となって風に吹き散らされていく。水飛沫を上げていた噴水の透明な輝きも、行き交う人々の賑やかな幻影も、まるで薄紙を破るようにひとつ、またひとつと消え去っていった。
機関炉にくべた「高純度記憶結晶」が持つ記憶の波動が燃え尽き、通常の推進エネルギーへと還元されつつあるのだった。
ルカは水で濡れた手を布巾で拭きながら、名残惜しそうに窓辺へと戻った。
ガラスに手をかざすと、先ほどまで窓を埋め尽くしていた色彩の洪水は嘘のように消え去り、そこにはただ、どこまでも続く殺風景な灰色の荒野と、淡い薄明の空が広がっているだけだった。
「……消えちゃいましたね」
ルカの呟きには、どうしても隠しきれない寂しさが混ざっていた。
「永遠に続く幻影などない」
ソファーに戻り、いつものように足を組んで座っていたヴィンセントが、静かに言った。
「あれは飽くまで過去の残り香だ。……どれほど美しく、どれほど眩しくとも、私たちが生きているのはこの冷えた現実の中であり、進むべきはあの幻影の向こう側なのだからな」
ヴィンセントはそう言いながらも、自分の膝の上に置かれた大きな手袋を、じっと見つめていた。その厳格な瞳の奥に、言葉には出さない深い痛みが揺らめいているのを、ルカは見逃さなかった。




