威厳ある師匠と、フリルのついた割烹着
窓の外では、かつての賑やかな色彩が、まるで水中に揺らめく光の帯のように滑らかに流れ続けていた。
赤レンガのぬくもり、テラコッタの屋根、通りを賑やかに飛び交う人々の幻影。そのどれもが美しく、けれど手に触れることは決して叶わない過去の残像だった。
ルカはしばらくの間、車窓に広がる眩しい色世界と、それを静かに見つめるヴィンセントの横顔を交互に見つめていた。胸の奥に芽生えた切なさをどう言葉にしていいか分からず、自分の長衣の袖をぎゅっと握りしめる。
すると不意に、ヴィンセントがクルリと背を向けた。ロングコートの裾がすさりと重い音を立てる。
「……ふむ。過去の光景を愛でるのも結構だが、空腹のままでは記録の精度も落ちるというものだ」
「え? 空腹って……そういえば、朝ごはんまだでしたね」
ルカが手帳を鞄にしまおうとすると、ヴィンセントは威厳たっぷりに胸を張り、信じられない言葉を口にした。
「今日は特別だ、ルカ。……私が自ら、お前に朝食を振る舞ってやろう」
「……はい?」
ルカはまばたきを三回ほど繰り返し、ヴィンセントの顔を凝視した。
「先生が……料理を? 冗談ですよね?」
「冗談に見えるか。私はいつだって至極真面目だ」
ヴィンセントは不機嫌そうに眉間にシワを寄せると、足元まで伸びる漆黒のロングコートを脱ぎ始め、ソファーの背もたれへと丁寧におさめた。そして、居間の奥にある木製棚の扉を開けると、そこから真っ白な白布の割烹着を取り出した。
いつの間に用意したのか、あるいはかつて誰かにもらったものなのか、ヴィンセントはその大きな体に割烹着の紐を強引に回し、後ろで不器用にな結び目を作った。
背が高く、彫りの深い厳格な顔立ちをしたアークメイジが、白地にフリルのついた割烹着を身に纏っている——その光景は、先ほどの感動的な過去の幻影を一瞬で吹き飛ばすほどの凄まじい衝撃だった。
「……し、師匠。その格好……」
「何だ。調理用の作業服だ。衛生管理と衣類の保護観点から言っても、極めて合理的と言える」
「いや、合理的かもしれませんけど……似合わなさすぎて、どこから突っ込んでいいか分かりません……」
「黙れ、へっぴり腰。私の完璧な調理プロセスを大人しく見学しているがいい」
ヴィンセントは両袖をたくし上げると、威厳に満ちた足取りで小さな厨房エリアへと足を踏み入れた。




