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【完結】都合のいい帳簿では、王太子の信頼は崩せない  作者: 木風


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第二話 悩む必要がないからだ

 侯爵令嬢が叫ぶと、控えていた執事が恭しく黒い水晶玉を運んできた。

 貴族たちが再び息を呑む。


「記録水晶……!」

「映像が残る高価な魔導具だ」

「今度こそ決まりか……?」


 侯爵令嬢は勝ち誇った顔で胸を張った。


「この水晶には、エレノア様が宝石箱を持ち去る瞬間がハッキリと記録されています!」

「ほう」


 ここでようやく、王太子の眉がわずかに動いた。

 侯爵令嬢は内心でガッツポーズを作る。しかし、続く一言がその期待を完璧に粉砕した。


「撮影者は誰だ?」

「私です!」

「なるほど。では、なおさら信用できない」


 王太子は静かに頷いた。

 大広間に、本日一番の重い静寂が降り積もる。

 静まり返った空気の中、最初に沈黙を破ったのはエレノアだった。


「殿下。映像まで信用されないのですか?」

「今までの証拠が不十分なうえ、撮影者が当事者だからな」

「それだけで?」

「編集できるからな。魔導技師を呼べ」


 王太子は水晶を手に取ると、短く命じた。

 ほどなくして、慌ただしい足音とともに王宮付きの魔導技師が駆けつけてきた。


「殿下、お呼びでしょうか」

「この記録水晶は編集できるか」

「……できます」

「例えば、どのように?」

「不要な場面を切ったり、順番を入れ替えたり、別の日の映像を繋げたりすることが可能です」


 侯爵令嬢の笑顔が引きつったまま凍りつく。

 王太子は冷ややかな視線を侯爵令嬢に向けた。


「できますね」

「で、ですが!できることと、やったことは別です!」

「そうだな」


 侯爵令嬢の表情にパッと光が戻る。


「だから信用しない」

「どうしてですの!?」

「やっていない証明もできないからだ」

「殿下のおっしゃる通りです。私どもでも真贋判定はできますが、完璧ではございません」


 専門家である魔導技師まで同調し、完全に詰みとなった。


「以上」

「以上じゃありませんわーー!」


 大広間に侯爵令嬢の絶叫が虚しく響く。エレノアがそっと王太子の袖を引っ張り、小声で言った。


「殿下。少しだけお気持ちは分かりますけれど……世の中の証拠が全部なくなってしまいません?」

「証拠を見ることと、信用することは別だ。君がやったと言われても信用しないだけだ」

「……なるほど」

「信用に足る者が持ってきて初めて、その証拠は見る価値が生まれる」


 周囲の貴族たちがヒソヒソと交わし合う。


「甘いなぁ……」

「いや、あれは甘いのか?」

「というか、理屈が完璧に通っているような、単に惚れ抜いているだけのような……」


 侯爵令嬢は肩で激しく息をしながら、最後の悪あがきのように叫んだ。


「では物証です!毒薬ですわ!」


 侍女が震える手で運んできた盆の上には、小さなガラス瓶。


「エレノア様のお部屋から見つかりました!」

「誰が見つけた」

「侍女長です!」

「最初に触ったのは」

「侍女長です!」

「部屋には誰でも入れるか」

「掃除がありますから……」

「鍵は」

「侍女長が」

「なるほど」


 王太子は瓶を一瞥すると、興味なさそうに盆へ戻した。


「置けるな」

「え?」

「誰でも部屋に置ける」

「…………」

「次」

「短っ!」


 思わずエレノアがツッコミを入れた。


「殿下、あまりにも短すぎます!」

「置ける。以上だ」

「終わりではございません!」


 侯爵令嬢は頭を抱え、半泣きになりながら叫ぶ。


「普通はもう少し悩みません!?どうしてそこまで思考を放棄できますの!?」

「悩む必要がないからだ。置けるものを信じる理由がない」

「ぐっ……!」


 あまりにもシンプルすぎる論理。

 見かねた年配の侯爵が、ゆっくりと前に進み出た。


「殿下。さすがに、エレノア嬢を信頼しすぎではございませんか?人は変わります。裏切ることもございます」

「確かに、人は変わり裏切る。それはエレノアに限らず、すべての人間に言える。だが――」


 王太子は隣に立つエレノアへ、温かな視線を向けた。


「私は今まで変わらなかった人間を知っている。……七歳の時。私が父上の花瓶を割った」

「ああ……ありましたわね」

「君は自分がやったと言った」

「殿下が泣きそうでしたから」

「十歳。迷子になった子供を探していた」

「夕方までかかりましたわ」

「十二歳。川へ落ちた犬を助けた」

「十五歳。図書館の火事」


 エレノアは思い出を懐かしむように苦笑した。


「よく覚えていらっしゃいますね」

「全部覚えている。十年以上見てきた人間と、今日出てきた得体の知れない瓶。どちらを信じるべきだと思う?」


 王太子が静かに問いかけると、侯爵はぐうの音も出ず言葉を詰まらせた。

 侯爵令嬢だけが、諦めきれずに食い下がる。


「そ、それはただの思い出補正ですわ!」

「そうかもしれない。だが、その補正は十年以上かけて積み上がった強固な事実だ」


 王太子は静かに、けれど決定的な一撃を放った。


「君の証拠は、数日で作られた不十分なもの。私の信用は、十二年かけて築かれた確固たるものだ」


 侯爵令嬢は言葉を失い、その場に崩れ落ちそうになった。

 すると、エレノアがどこか恐縮した様子で小さく手を挙げた。


「あの……殿下。わたくし、そこまで立派な人間ではありませんわ」

「知っている」

「知っていらっしゃいますの!?」

「君は甘い物を隠れて食べる」

「……」

「夜更かしもする」

「…………」

「本棚の裏に恋愛小説も隠している」

「殿下!!」


 真っ赤になったエレノアが慌てて王太子の口を塞ごうとする。大広間にどっと笑いが起きた。


「見たことおありなのですか!?」

「違う。掃除中に落ちてきたのだ」

「なぜ殿下がお掃除を!?それに、落ちても拾わないでくださいませ!読まないでくださいませ!!」

「読んでいない」

「本当ですの!?」

「題名だけだ」

「題名だけでも恥ずかしいです!」


 王太子は真顔のまま、恥ずかしがるエレノアの頭にそっと手を置いた。


「君は完璧ではない。……だが、人を陥れるような真似をする人間でないことくらい、私が一番よく分かっている」

「……ありがとうございます」


 エレノアは照れくさそうに目を伏せ、嬉しそうに微笑んだ。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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