焦燥感
『アタシが初心なお前に、色々教え込んでやるよ』
そう言われてから連日、僕は木田さんに映画館へと連れて行かれた。観る映画は決まって恋愛物。映画が終われば映画館の近くにあるファミレスで指導を受けさせられる。ご丁寧にノートを使って解説したり、映画に出てきた台詞を改変したものを音読させられた。
楽しくないわけじゃないけど、そろそろ恋愛以外の映画が観たい。
そう思い始めて五日目。今日は家に来ると早朝からメッセージが届いた。父さんも母さんも仕事に行って、今は一人。客人用のコップとチョコ系のお菓子を用意していると、玄関のチャイムが鳴った。
玄関の扉を開けて木田さんを家に招き、軽くハグをする。ハグもそうだけど、手を繋いだり、夜に電話をするのも当たり前のようになっていた。なんだかいいように調教されてる気がする。
「で? 今日は何するの?」
「その前にさ。今日、お前ん家に親居ないよな?」
「そりゃ平日だから。大人は仕事だよ」
「そっか。よし、部屋行くぞ。案内しろ」
「えぇ……あんまり掃除出来てないよ?」
「いいから!」
半ば強引に僕の部屋に行く事になった。
木田さんが僕の部屋を一望して出た一言は。
「なんか小学生みてぇな部屋だな」
「逆に聞くけど、高校生らしい部屋って何さ」
「気取ってる感じだよ。大人っぽくしようとして、逆に子供っぽくなってるとかさ」
「木田さんの部屋もそうなの?」
「ビデオ通話でちょっとは見えてただろ。あんな感じだよ」
木田さんは僕のベッドに飛び込むと、枕を僕に投げてきた。それをキャッチして、僕もベッドに腰を下ろした。
「……今日の香水。甘い系だね。今まではもっと、こう……髭の似合う男がつけてそうな香水だったのに」
「そりゃあ、今日の為に女らしい甘い匂いにしてきたからな」
木田さんは足で僕の体を挟み、僕を引き寄せた。それに従うように体を動かしていくと、僕が木田さんを押し倒している形になっていた。離れようとすると、僕の体を挟んでる木田さんの足に力が入る。
すると、木田さんが両手を僕の首の後ろに回してきた。
「なぁ、アキ。アタシの男になれよ」
「……これも指導の一環?」
「真面目に聞いてんのさ。もしアタシの男になるって言うなら、このままイイ事させてやるよ」
「……良い事って?」
「とぼけんなよ。ベッドで男と女が横になってんだ。何するか分かるだろ。それとも、またアタシを煽って誘ってんのか?」
今、家に親は居ない。帰ってくるのは夕方頃。
それまでは、僕と木田さんだけ。
五日間という短い間だけど、木田さんと過ごしてみて分かった事がある。話しかけづらい見た目だけど、よく笑うし、根が優しい人。嫌味や悪口は一切言わず、けれども言いたい事は直球に言う。
そんな彼女の事を僕は。
「……僕は木田さんの事が好きだよ」
「―――へ?」
「良い人だし、一緒に居て楽しいし。優柔不断な僕をこんな風に引っ張ってくれるし」
「い、いや、え……!? ちょ、ちょっとタンマ! お前の好意はスゲェ嬉しいし、アタシもお前が好きだけどさ! ただこうなると色々と―――」
僕の言葉に木田さんが慌て始めると、部屋の窓が開いた。
そこからヌルリとキリコが僕の部屋に来た。無言で僕らを見下ろすキリコの手には、何故かトンカチが握られている。
「キリコ……」
「あ、え、えっと、違う! 違うから!! こうなったのにはちゃんと理由が―――ヒャッ!?」
突然、キリコは握っていたトンカチを振り下ろした。僕が咄嗟に木田さんを抱き起したから良かったものの、振り下ろされたトンカチは木田さんの顔を狙っていた。
「ああああ、あの! ほ、本当に違う! まだ何もしてないから!!」
「……まだ?」
「あ、ヤッベ! と、とにかく一回落ち着いて! ちゃんと! ちゃんと説明するからさ!!」
……。
「僕達の疎遠を解消する為?」
「はい……そうなんです……」
「それでどうして僕と映画を観たりしたのさ?」
「キリコ―――さんに対する気持ちに気付かせる為です……」
「だから恋愛映画ばっかりだったんだ……」
「それなのに、アキを奪おうとしたんだね。親切な人かと思ったけど、正体は泥棒猫だったのね」
「ち、違います! いや、アタシも少し大胆過ぎたかなっては思いましたけど! まさか告白されるとは思ってなくて! 思わぬ誤算っていうか、嬉しい誤算っていうか―――ああ、トンカチ振り上げないで!?」
まさかキリコが木田さんに頼んでいたなんて。回りくどいやり方だな。
ん? 告白される?
「僕、木田さんに告白なんてしてないよ?」
「「……え?」」
「で、でも! アタシの事―――」
「うん。木田さんの事は好きだよ。良い人だし」
「……あ、あぁ、そういう感じ?」
その後、解放された木田さんは帰っていった。帰る際「また今度ね」と言い残していった。
今度はキリコと二人っきりになった。女子と二人っきりなのは変わらないはずなのに、どうしてか木田さんの時と違う。何を言えばいいのか、視線を何処に向ければいいのか分からない。キリコと二人っきりになってから、やけに胸が痛い。
「……それじゃあ、私も帰るから」
そう言って、キリコは玄関の方へ歩いていった。
そんな彼女を僕は引き留めた。
「……もうちょっと、居てもいいじゃん」
「……うん」
この掴んだ手をどうすればいいだろう。
胸の痛みが苦しさに変わっていく。
けど、この手を離したくない。




