好意なんかでは収まりきらない
キリコを自分の部屋に招いてから、しばらく経った。互いに何も言わず、一定の距離をとっている。改めて僕とキリコの間には、今までなかった何かがあるような気がした。亀裂と言うには繋がりを感じ過ぎていて、依存と言うには心苦しい。
ベッドに腰を下ろしているキリコを横目で見た。キリコは何かを確かめるようにベッドを撫でていた。
目と目が合い、咄嗟にキリコから視線を逸らしてしまった。多分、キリコも同じだと思う。
視界の外で音がする。バサリ、バサリと。
「アキ……」
僕を呼ぶキリコの声はハッキリとしていて、何処か弱弱しい。
振り向くと、キリコが下着姿を晒していた。手と足で隠しているが、それは隠している体に過ぎず、むしろ滑稽に見えた。
「どうして私を避けるの……?」
「……それを聞きたいが為に服を脱いだの?」
「これは私なりの意思表示……君が躊躇う必要は無いのよ……?」
「躊躇うって? いや、そうじゃない。僕はキリコを避けてないよ」
「じゃあどうして君は一人で居るのさ……」
「キリコには沢山の人が集うようになった。それを不思議に思った事があったけど、それが普通なんだと徐々に気付いていったんだ。今まで君が傍に居た事をトラウマのように感じるようになった。嫌な気持ちじゃない。過去を無かった事にしたいわけじゃない。僕は今になって分不相応を感じてるんだ」
「……じゃあ、どうして私を引き留めてくれたの?」
「……分からないよ」
本当に、分からない。僕はどうしてキリコを遠くに感じるようになったんだろう。女性として意識し始めたのなら、少なからず今の下着姿の彼女に下心を覚えるはずなのだが、全くその気が起きない。
「服、着なよ」
「……私には魅力が無いのね」
「それは勘違いだよ。人の魅力は外側には存在しない。内面の美しい所と汚らしい所。その両面を合わせて魅力と言うんだ。そして僕が知る限り、キリコは最も魅力のある女性だよ」
「……フフ。なんだか、会わない間に、お互い面倒な人間になってしまったね」
キリコは脱ぎ捨てていた服を着直した。
そうして椅子に座る僕の前に来ると、僕の膝の上に腰を下ろした。曇りない微笑みを浮かべながら見下ろす彼女に、どうしてか恥ずかしさを覚えてしまって目を合わせられない。
「ねぇ、アキ。私は君が好き。恋愛的な好意では収まりきらない程に。この先の何十年、そして死んでしまった後も、君には私の傍に居てほしい」
「……困ったな。僕も同じかそれ以上で返さないといけないのに、ありきたりな言葉でさえ恥ずかしくなってしまうよ……」
「それで十分だよ」
キリコは僕の頬に手を添えると、ぎこちなく唇を近付けてきた。
唇と唇が触れようとする瞬間、僕は自分の人差し指を間に立てた。唇に触れているのが僕の人差し指だと気付かないでいるキリコは、味わうようにして目を閉じている。
僕から顔を離した後、目を開けて見えた僕の唇の前に立てられてる人差し指に、キリコは徐々に眉をひそめていった。真似をするように自分でも人差し指を唇の前に立てると、覚えのあるその感触で確信したようだ。
「なんで阻止したの? キス、する流れだったでしょ?」
「木田さんと連日恋愛映画を鑑賞して分かったんだ。肉体的接触は、関係の消費期限を早めるだけだと」
「……キスも駄目なの?」
「人っていうのは、恋愛面に関しては完璧主義者みたいなんだ。どれだけ外見が良くても、内面に一つでも気に障る何かがあれば冷めてしまう。中でも面白い知見は、必ずしも良い物が選ばれるわけじゃない事だ。完璧な美品よりも粗悪品が選ばれる可能性がある。完璧主義者が欠点を愛する様は、今まで見落としていた恋愛映画の面白さだったよ」
「……君のそれは、ただの捻くれた感性よ」
そう言うと、キリコは僕の頭を撫でた。
「成長したと言っても、君はまだ、子供のままみたいだね」
キリコに撫でられる頭から感じる幸福感に、口元が緩む。
僕とキリコはこんなにも近くに居る。それなのに、胸の苦痛は感じない。
あの胸の苦しさは、何処か遠くへ行ってしまったようだ。




