迷路
以来、僕とキリコは会わなくなった。学校ではすれ違うようになり、窓伝いに僕の部屋に入ってくる事も無くなった。
女子グループの輪に入って仲良く喋ってる姿。
同じクラスの男子に話しかけられてる姿。
キリコの傍には、いつも沢山の人が居るようになった。
そんな彼女を離れた場所から見かけても、僕は何も感じなかった。
月日は流れ、夏休み間近。今日は一学期最後の行事である山登りだ。どうして山を登る行事があるのかというと、学校の近くに山があったから出来た行事らしい。一年のみの行事であり、二年・三年は変わらず教室で授業を受けている。
友達と話しながら登っていく他の人達を最後尾から追いかけていたが、すぐに距離を離されてしまった。体力の問題じゃなく、僕がいちいち足を止めて横の茂みや木を眺めていたからだ。ただ山頂からの景色を見るだけで終えるのがもったいない気がして。
「疲れちゃったの? アキ君」
道の先へ視線を向けると、矢作先生が下りてきていた。そうして僕のもとへ来ると、手に持っていたタオルで僕の汗を拭い始めた。
「もう少ししたら休める所があるよ。それとも、先生と一緒に山から下りる?」
「先生はどうして下りてきたんですか?」
「アキ君の事が心配になって。最初からずっと後ろにいて、みんなより遅れてたから」
「ごめんなさい」
「謝る事ないのよ。それで―――あ」
矢作先生、なんで僕の事を名前で呼んでるんだろ? 確か今までは名字で呼ばれてたはずなのに。
ほんの少しだけ足を速めたのも束の間、後ろから矢作先生が僕の肩を押すようにして掴んできた。
「ねぇ、アキ君。何かお喋りしながら歩こうか」
「僕、面白い話なんか持ってませんよ?」
「そう? でも、先生はアキ君に聞いてみたい事があるな」
「なんですか?」
「アキ君は、どんな女の人が好み?」
「……そういうのって、教師とする話なんでしょうか?」
「するよ。だから全然変じゃないよ」
「そうは言っても―――」
「それじゃ先生から言うね。先生はね、年下が好みかな。可愛らしくて、守ってあげたくなる子」
「女の子って事ですか?」
「え? フフ。そうね。女の子みたいだね」
僕の肩を掴む矢作先生の触り方が変だ。ゆっくりと肩を揉んできたり、親指で首筋をなぞったりしてくる。
「ねぇ、アキ君。君はどう? 年上に興味ない? 珍しくないのよ、年上を好きになるのは。例えば、歳が十離れた大人の女とか」
「先生くらいの歳ですか? どうなんでしょう。分かりません」
「そう……ねぇ、アキ君。今度先生と―――ッ!?」
突然、僕の肩を掴んでいた先生の手に力が入った。
道の途中にある休憩スペース。
そこに、キリコが立っていた。何をするでもなく、ただこっちをジッと見ていた。
すると、休憩スペースで休憩していた人達がこっちにやって来て、矢作先生を休憩スペースへと連れて行った。学校で一番若い先生だから親しみやすいのか、連れて行く際に手を握っていた。僕を名前で呼んでいた事に少し驚いたけど、あの感じからして、みんなの事も名前で呼んでるのかもしれないな。
休憩スペースを通り過ぎていった後、ふと後ろへ振り返った。
休憩スペース前には、まだキリコがこっちを見ながら立ってた。その姿に、どこか寂しさを感じた。何を寂しがる必要があるのだろう。キリコには沢山の人が群がって寂しくなんかないだろうに。
また一人で山を登っていると、さっき見た寂しげなキリコの姿が脳裏をよぎった。
「……平気だよ」
そう呟いた僕の言葉は、キリコに対してなのか。
それとも僕自身に言い聞かせたのか。
自分でも分からない。
あの図書室での出来事以来、自分の事が分からなくなっている。




