ボーイミーツガール
最近、キリコの様子がおかしい。僕と話す時や一緒に歩いてる時、視線が下に向きがちだ。キリコは誰に対しても相手の目を見て話し、そして聞く人だった。
おかしな所は視線だけじゃない。借りていた教科書を返そうとキリコの机に行くと、机にはノートが開きっ放しで置かれていた。それ以前のページからして、そのノートは歴史に使われていた物。それなのに、開かれていたページには長さが記された線がいくつも引かれていた。一応確認したが、数学のノートは別にあった。
きっと気にすべき事じゃない。気にした所で、本人が相談してくるまではこちらから切り出さない方がいい事だろう。悩み事は本人が乗り気じゃなければ、どんなアドバイスも無意味だ。
「ねぇ。大丈夫?」
「……え?」
「さっきからボーッとしてるけど」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「そう。どんな事?」
「言いたいけど言えない。言ってくれなきゃ言えない事なんだ」
「何それ? 簡単な事を難しく考え過ぎちゃってるだけじゃないの?」
キリコはそう言うと、僕の手を取って椅子から立ち上がらせた。
「二人っきりになれる所、行こうよ」
手を引かれて連れて来られたのは、図書室の隅。図書委員もあまり立ち寄っていないのか、本棚には埃があり、古い本独特のほんのり甘い香りがする。
キリコは僕の肩を掴みながら床に座らせると、僕の足の上に跨った。床についてる手を退かせば、そのまま押し倒されそうだ。
「それで? 何を悩んでるの?」
「……キリコの悩み事は何?」
「聞いてるのは私よ?」
「そうだね。僕の悩み事を話すには、キリコの悩み事を聞かなきゃ駄目なんだ」
「つまり、こういう事? 私が何に悩んでいるのか分からないのが君の悩み?」
「そうだね」
「……随分とお節介な悩み方してるね」
「そうかもね」
図書室は静かだ。誰もいない教室や廊下、音楽室とは違う静けさ。そう感じるのは、芳香剤のように香りを広げる本の甘い匂いの所為だろう。
彼女の体温。
肌の柔らかさ。
僕を撫でる指先。
男の僕とは違う色のある息遣い。
いつもよりもキリコを鮮明に感じれる。
「……ねぇ、アキ。初めて出会った時よりも私達、大人になったよね」
「もう十代後半だもの。当然だよ」
「君の姿はあんまり変わらないのに、雰囲気は子供だった頃が遠い昔のよう。私とは正反対ね」
「そんな事ないよ。キリコは綺麗な女性になってる。初めて出会った頃から変わらず、僕より大人びてるよ」
「そんな事ない。そんな事はないのよ。私の内側は発育する外側と違って、ワガママな幼子のまま。それがどんどん拗れちゃってるの」
「……今日はなんだか、華奢に見えるよ。まるで僕の方がお兄さんみたいだ」
僕がそう言うと、キリコは目をほんの少しだけ細めた。ソッと僕の胸に両手を当てると、指先で胸を押してきた。その力では微動だにしないはずなのに、僕の体はゆっくりと後ろへ倒れていく。
床に横になった僕。
僕に覆い被さるように寝そべるキリコ。
小さな子が甘えてるようで可愛らしいはずなのに、不思議と胸が痛くなった。
「……私の悩みが分からないのが悩みなんだよね?」
「……言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「……言えない。だから―――」
キリコは僕の耳元へ顔を近付け。
「―――言わせてみて」
そう囁いた。




