表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

アオハルデッドライン 8



アオハルデッドライン









 8













「ユウキの体質を知ったのは、小学生の頃だった。何が原因なのかは、俺もわからない。ただ……ユウキは、相手の負の感情を……増幅させる、ような、そんな体質なんだ」

「負の感情を、増幅させる……?」

 遼介の言葉の意味を、拓真だけは理解した。昨日女生徒たちが言っていたのはこの事なのだろう。

「例えばユウキを自分のものにしたいとか、触りたいとか、……付き合いたい、とか、そういう感情を勝手に増幅させて、最終的には……自滅してしまう」

「自殺しちまうってことか?」

 帝の問いかけに遼介は素直にこくりと頷いた。何となくは気が付いていたのだろうユウキは固く口を閉ざして、膝の上でギリギリと拳を握っている。

「ユウキにこの事を話せば、きっと友達から距離を置いて一人になろうとするだろうと思って今まで黙っていた」

「……じゃあ、今まで全部未遂で済んでるのは……もしかして遼介、君が全部止めていたのか……?」

 拓真の真っ直ぐな疑問に全員の視線が遼介に集まった。中学で起こったという2件の自殺は全て未遂で済んでいる、高畑先生に関しても落下した場所のおかげで全治一ヶ月程の怪我で済んだと朝のホームルームで言っていた。

 つまりそれは、遼介が何らかの力で止めているからなのではないかと思ったのだ。

「俺の力では完全に止めることは出来ないが、近くにいて待機する事で救急車を呼んだりは出来る……それを止めたと言えるのなら、そうだと思う」

「りょーちゃん……」

 俯いて自分を責めているのだろうユウキの手を、隣に座っていた葵がぎゅっと握りしめた。

「そんなん、ユウキのせいじゃねぇじゃん」

「……そうだな……体質なんだとしたらそれは本人にはどうしようもない」

 葵と拓真の柔らかい声に、遼介はようやく張り詰めていた息を細く吐いた。帝は背もたれに寄りかかって組んでいた腕を外すと、真剣な顔で遼介を見つめる。

「堀越はそれを呪いだっつってた、お前……心当たりはあるのか?」

「……記憶が曖昧なんだが、俺が小2の時事故に遭って以来幽霊が見えるようになったのと大体同じくらいの年だったように思う……最初は、近所に住んでいた中学生の女の子だった」

 ユウキの家の側に住んでいた中学生の女の子で、年上のお姉さんということでよく学校に行く時に出会う人だった。声を掛けてきて、一緒に学校の近くまで行くようになってからどんどんその子はエスカレートして行った。



『ユウキくん、これあげる』



 最初は手作りのビーズのアクセサリー、次は手作りのクッキー、そしてホールのケーキを作って持ってきた時に彼女の狂気が発覚した。ケーキの中に大量に練り込まれた長い髪の毛を見た事でユウキはトラウマになって今もホールのケーキが食べられない。どうしてそんな事をするのかと問い詰めた遼介に、彼女は言った。

『だって、ユウキくんのものになりたくて』

『あたしの全部、食べてほしくて』

『何が駄目なの?』

 そうして狂っていった彼女は最終的には不登校になり、ある日突然ユウキたちの小学校の屋上から笑いながら飛び降りた。後で新聞とニュースで知ったが、彼女はどうやら即死だったらしい。

「……死んだのか」

「そうだ。それ以来……俺は、ユウキに好意を持って近付くやつを、なるべく近寄らせないようにしてきた……それでも掻い潜るようにしてどうしてもそういう奴が出てきてしまう」

 ユウキには悟られてはいけない。黙って秘密にしながら、遼介は一人で孤独に戦う道を選んだ。そうしなければこの優しい幼馴染みは、自分を責めて居なくなってしまう気がしたからだ。

 心痛な面持ちで黙り込む遼介に代わって、話を聞いていた拓真がゆっくり口を開いた。

「ユウキがそういう体質なのは、少なくとも何らかの力が干渉していると俺は思う」

「そうだよなぁ、ある日突然そうなったってのは幾らなんでもおかしいもんな〜」

 ぷく、と片頬を膨らませる葵に、拓真は少しズレたメガネをくいっと指で押し上げて話を続ける。

「それと……ユウキは何一つ悪くない」

「え……?」

「何かの力が干渉しているなら当然、ユウキがオム・ファタールになる事を望んでる悪趣味な奴がいるって事だろ?ユウキは被害者じゃないか」

 拓真のその言葉に弾かれたように顔を上げたのは遼介だった。遼介は今までユウキに悟らせないことに必死で、まるでユウキがやった事を隠蔽するかのような行動を取っていた。だがそれは違うのだと、拓真が正面から否定してくれる。

 ユウキは加害者ではなく、被害者だと。

「りょーすけさ、一人で何でも抱え込もうとするとこあるじゃん?りょーすけからしたら知らないほうが良いことかも知んないけど、俺は今ユウキの事知れてめっちゃ良かったって思うよ」

「葵……」

「俺がもう独りじゃないのとおんなじに、りょーすけだって独りじゃないんだよ」

 独りで抱え込む事が普通だと遼介は思っていた。そうすることでユウキを守れるのなら自分なんてどうだって良かった。だがそれを怒ってくれる友がいる。興味本位などではなく、真剣に覚悟を持って聞いてくれる友が目の前にいる。

「……すまなかった、本当に……ごめん」

 遼介は少しだけ声を震わせると、今まで隠してきたことやユウキに対しての言動を素直に詫びた。

 がた、と音を鳴らして椅子から立ち上がった帝は、早々にドアノブに手をかけると遼介を振り返る。

「……水臭ぇんだよ、巻き込むなら徹底的に巻き込め。俺等は、とっくに覚悟してんだよ」

「帝……」

「今度同じ事しやがったら容赦なくぶっ飛ばす」

 ぶっきらぼうにそう言うと、帝は放送室を出て行った。放送室の外は疎らに人がいて、惚けた態度で壁に寄りかかって腕を組んでいる翔太の姿を視界に捉えた帝はポケットに手を突っ込んだまま近づいていく。

「……どうやった?お話し合いは」

「てめぇあれで俺が誤魔化せたと思ってんのか?」

「そない怖い顔で睨まんといてや〜、初キスやった?」

 ごめんなぁ?としたり顔で謝る悪いとは1ミリも思っていない翔太の顔を見て、帝はポケットから出した手で勢いよくその襟首を掴んだ。

 喧嘩かとその場にいた生徒たちの視線が二人に集まった次の瞬間、帝は掴んだ襟首を思い切り自分の方へ寄せて翔太の唇に噛み付くように口付ける。

 女生徒たちの黄色い悲鳴が聞こえたと同時に、放送室から出てきた拓真たち4人は思い切りその場面を目撃してしまった。拓真はメガネの奥の目を見開いて咄嗟に葵の目を隠して視界を奪い、遼介は唖然としてぽかんと口を開け、ユウキはわぁ……と己の口を片手で覆った。

「……いつまでもその飄々とした顔で居られると思うなよ、狐野郎」

 にや、と片頬をあげて笑うと帝は翔太の襟首から手を離してスタスタと何事もなかったかのように教室へ戻っていく。何事かと葵が騒ぐのを尻目に、翔太はその場でいきなり声を上げて笑うと困ったように柔らかい髪をかき上げた。

「言うてくれるやないか、あのアホ」

 悔し紛れに呟いたひと言は帝の颯爽と人の波を掻き分け遠ざかる背に消えていった。








 英語教師として赴任した久留米高等学校で、高畑浩介は酷く緊張をしていた。前任の高校ではクラスと上手くいかず、逃げるようにやってきた久留米高等学校では校長との話し合いで担任は持たずに教科だけを担当する事となった。

 入学式から間もない時期の教師の異動とあって、色々勘ぐられる事はあるかもしれないが頑張って欲しいと言われ、不安を抱えながらの初日を迎えた日。

 段ボールを抱えて職員室へ向かう途中の廊下で彼は、出会うべきではなかった人物と出くわしてしまう。

「っわ!!」

 積み重ねた段ボールで殆ど前が見えなかった高畑は、廊下の曲がり角のところで誰かとぶつかり盛大に段ボールの中身を廊下にぶち撒けた。

「大丈夫ですか……?すみません、前を見てなくって」

 声を掛けてきたのは男子生徒だった。黒い学ランはこの学校の制服で、今は春先なのでサマーセーター等で温度調節をしている生徒が多い。その生徒も、薄手のベージュのカーディガンをシャツの上に羽織っていた。

「ごめんね、こちらこそ段ボールで前が見えてなかった」

 少しウェーブのような癖が掛かった黒髪の少年は、すみませんでしたと言いながら廊下に散らばった段ボールの中身を拾い集め始める。

「……英語の先生ですか?」

「え?」

「英語の教材ですよね、これ」

 はい、と拾い上げた授業に使う予定の参考書を差し出してきたユウキの顔を見た途端に、高畑は息を止めた。吹き抜ける春の風のような爽やかな声に相応しい、柔らかい桜を思わせる笑顔で微笑むユウキは一向に受け取る気配のない高畑に笑いかけながら小首を傾げる。

「……あ、あぁ、ごめん、ありがとう」

 特別目を引くような美形というより、素朴でありながら人を無性に惹きつける容姿をしていると思った。受け取った参考書を段ボールに戻して、高畑は無意識にユウキの名前とクラスを聞くために口を開いていた。

「名前とクラスは……?」

「一年B組の上条ユウキです」

「上条……ユウキ……あ、俺は英語教師の高畑浩介……一年生は時々教えると思うから、よろしくな」

「はい」

「ついでに職員室の場所を教えてくれる?」

「良いですよ」

 それが上条ユウキとの出会いだった。そしてこの出会いから一ヶ月も経たぬうちに高畑浩介は高校の屋上のフェンスを乗り越えて飛び降り自殺を図ったのである。

 ユウキの凄まじい引力は、高畑には抗いがたい誘惑だった。その場にいるだけで視線が誘導される、有象無象の生徒たちの中で直ぐにその姿を見つけられてしまう程に。

「先生、こちらで良いですか?」

 ただ次の授業に使う資料を運んでほしいと呼ばれて職員室に来ただけのユウキの、項に浮かんだ汗を拭いたい欲望に駆られて伸ばしかけた手は直前で振り返ったユウキ本人によって無意識に阻止される。

「先生……?」

「……いや、何でもないよ、2年生の教室まで運んでくれ」

 ユウキは高畑の視線が自分の首に釘付けになっているのを知って、ハッとして自分の手を宛てた。

「職員室、クーラーまだ入ってないんですね……汗かいちゃったみたいですみません」

「あぁ」

 事あるごとにユウキを呼び出して教材を運ばせる高畑の奇行はあっという間にクラスどころか学年中に知れ渡ったが、そんな事は粗末な事だった。

 ユウキを、自分のものにしたい。その欲望は日ごとに高畑をじわじわと追い詰めていく。顔が可愛いとかそういうのではない、その柔らかな雰囲気が、少し孤独を滲ませるような色香が、堪らなく手に入れたくなる。

 綺麗な花を、手折るように。その首に手を掛けてしまいたい。滑らせた指の擽ったさに歪む顔が見たい。だが高畑は尽く遼介に邪魔をされて、ユウキと2人きりになる事が出来なかった。幼馴染みだという遼介の高畑を見る目、あの目は、完全に高畑を異常者だと思っている目だ。

(……邪魔だな)

 心の中で呟いたその瞬間から、高畑の瞳から完全に光が立ち消えた。何かに執拗に掻き立てられるようにユウキの事しか考えられない、どうやったらユウキは自分のものになるのか。どうしたら彼を手に入れられるのか、そんな事ばかりを考えるようになっていた。

 頬はこけ、身体は痩せ細り食事もままならない高畑は、まるで養分を求めるようにあの日ユウキを屋上へ呼び出したのである。

「……先生、あの……大丈夫ですか……?」

「何がだ?」

「その……痩せてらっしゃるので」

 ちゃんと食べてますか?と聞いてくるユウキに背を向けていた高畑は、振り返ると突然ユウキを抱き寄せた。

「っ!?せ、先生!?」

「なぁ、俺のものになろう」

「……ぇ?」

 高畑を振りほどこうと腕の中でユウキは藻掻いたが、痩せ細った身体のどこにそんな力があったのかびくともしない。抱き寄せるというよりもまるで拘束するようなその力に、ユウキは背を仰け反らせて距離を取ろうとする。

「っ、冷静になってください、俺はまだ未成年だし、先生のものにはなれません……っ」

「好きだ、好きだ、お前のためなら何でも捨てられる、いいだろう?高級車の助手席に乗りたいか?レストランでステーキでも食べたいか?」

「嫌です……っ、高級車にもレストランにも興味はありません……離して……!!」

 プツンと切れたのは、何だったか。高畑はその場に思い切りユウキを押し倒すと物凄い力でシャツに手を掛け、制服を破こうとする。突然力でねじ伏せられたユウキは、咄嗟に両手を胸元に交差させて制服を破かれるのを阻止すると、思い切り高畑の股間に膝を当てて蹴り上げた。

「うぐっ」

 隙を見て高畑の腕の中からすり抜けコンクリートの上に転がるユウキは、ぐちゃぐちゃになった髪の毛にも構うことなく逃げようと高畑に背を向ける。

「……あぁ、そうか」

「……せんせ、?」

「そうだよな、そうすれば良かったんだ」

 不意に呟いた高畑の声に嫌な予感がしてユウキは振り返る。高畑は躊躇う様子もなく踵を返してスルスルとフェンスをよじ登っていった。

「先生……っ!!」

 慌ててユウキが駆け寄るが、高畑はもうフェンスの一番上まで物凄い勢いで登り終えていてその手を離せば、真っ逆さまに下まで落ちるのは明白だった。

「上条ユウキ……俺は、きみをあいしてる」

「先生……!!!!駄目!!!」

 高畑はフェンスを掴んでいた指をゆっくりと離すと、そのまま屋上から落下した。ユウキは手を伸ばして助けようとするが届かず、グシャ、と水音のような人体の潰れる音が鳴り響いてショックのあまりその場に崩れ落ち意識を手放した。

 高畑が屋上から落下したのを見た遼介のいち早い通報のおかげで一命を取り留めた彼は、一番近くの泉病院へ運ばれ入院を余儀なくされた。

(俺は……いきて、いるのか)

 真っ白な天井を見上げながら、高畑は病室のベッドで目を覚ました。復職してからの日々は何処か靄がかっているようで、高畑は自分が何故病院にいるのかも暫く分からなかったが時間が過ぎると共に己が何をしたのか思い出してきた。

(教師はもう、無理だろうな)

 ユウキはきっと校長に直談判するだろう。そうなれば自分はもうあの高校では働けない。高畑は退屈を凌ぐように自分の指先を擦り合わせて、中指の爪の中の汚れを親指の爪でこそぎ取る。赤黒いそれは血の塊だろうか、と呑気に思っていた時、それは強烈な花のような匂いと共に突然現れた。

「こんばんは」

 ふ、と顔を上げたそこにいたのは女だった。腰まである長い黒髪は病室から吹き抜ける風に揺れて、まるで意思を持っているかのようだ。顔は、深く被った縁の広い帽子のせいではっきり見えない。

 病室が暗いのもあって、墨汁のような漆黒のワンピースから覗く青白く光る肌が少し不気味だと高畑は身構えた。

「……高畑浩介、さん」

「何で俺の名前を……」

「あなたにはまだ、やって欲しいことがあるの」

「何、を」

 女は手にしていた4センチ程の大きさの白い水晶の欠片を、無理やり高畑の口の中に押し込んだ。怪我のせいで足は動かず、唯一動く手を女に封じられた高畑は助けも求められない。口を塞いだ手で鼻を摘めば、息苦しさから逃れようと高畑は反射で口の中に放り込まれた水晶を飲み込んでしまった。ごく、と喉元を通ったのを確認した女は、ゆっくりと口から手を離す。

「……さぁ、あなたはもう自由よ」

 己の思うがまま

 その欲望を、解放せよと女は笑った。






 高畑浩介の飛び降り自殺未遂事件から数日も経てば、クラスは徐々に平穏を取り戻していた。放課後の人気のない教室で、6人は本格的に白水晶を追う為に会議を始める。

 言い出しっぺは何と葵だった。何となくしか理解出来ていない身の回りの現象をちゃんと理解したい、と言う彼にユウキが俺も!と乗って、今に至っている。

「まずさ!俺いまいちよくわかってねーんだけど、霊ってのはある一定期間が経つと悪霊みたいになっちゃうんだろ?ってことはさ、悪霊になったやつが消えるのはどーゆー仕組み?何処に行くの?」

 葵の質問に、翔太が机の中から取り出したルーズリーフを広げながら肩をすくめた。

「あ~、せやな。人間は肉体と魂で出来てるやろ?肉体が死ねば普通はあの世に行く。ただ、自分の死に納得できてへん場合は魂がこの世に残るんや」

「納得できない死に方、か……」

 拓真が顎に手を当てて呟いた。脳裏に浮かんだのは、自分に取り憑き生きながらにして悪霊となってしまった萌美の姿だ。彼女もそうだったのだろうか、孤独と無念に苛まれて近付く死に納得が出来なかったのだろうかと思いを馳せる。

「で、強い未練とか恨みみたいな念が残ると、魂が帰れへんようになる。長くこの世に留まれば留まるほど、負の感情を吸って悪霊化していくんや」

 座った椅子の背もたれを抱えるように腕を組んで、真剣な顔をした帝が低い声で翔太へ問いかける。

「じゃあ悪霊になったやつは、最終的にどうなる?お前らに祓われた奴らは」

「まぁ、祓った後は"あの世"に強制送還されるイメージやな」

 スラスラと説明を続ける翔太を不安げに見つめながらユウキが小首を傾げた。

「凄く具体的だけど……翔太は……その"あの世"っていうのを、実際に見たことあるの?」

 その質問に翔太は三白眼を細めると、意味ありげに口の端を上げて笑みを浮かべる。

「どうやろな?ご想像にお任せするわ」

 そこへ、ずっと黙って話を聞いていた遼介が静かに核心へ切り込んだ。

「それで白水晶の話だけど……翔太、お前は白水晶が盗まれた目的がわかってるのか?」

「白水晶の役目は、元々ある能力を増幅させる力……つまり本来は、黒水晶の悪霊を浄化させる力を増幅させるためにあったもんや、二つは一対で存在しとる……離れれば暴走する……あまりに危険な代物なんよ」

「ニコイチの水晶かよ……なんかバカップルみてぇだな」

 け、と吐き捨てるように明後日の方向を見た帝に拓真は苦笑いを浮かべ、葵はえーっと、と言いながらルーズリーフの端っこに"水晶はバカップル"と余計なひと言を書き込んだ。

「つまり……金目的じゃなく、悪意を持って白水晶を盗んだってことか」

「せやねぇ、間違いなく……白水晶の暴走によって世界の均衡を崩す、それが目的やろな」

「白水晶によって悪霊が増えれば世界はどうなる?」

 遼介の問に翔太は少し椅子から前のめりになって、机に頬杖を付き全員の顔を見回した。

「あの世とこの世はぜーんぶ均衡で成り立っとる、この世に留まる魂が増えれば増えるほど……とんでもない天変地異が起きんで」

「例えば……!?なんか宇宙から攻撃されるとか……!?」

 その大きな目を限界まで見開いて葵が聞くと、余りのアホさ加減に翔太はずる、と肩を落とした。

「天変地異言うたやろ、火山が爆発するとか大地震が起きるとか、そういう事や」

「悪霊増えるとそんな事になんの!?やべぇじゃん……」

「昔から陰陽道っていうのはそういう天災に関する事とかを占ってきた人たちだもんな……」

 天変地異がいまいちよくわかっていなさそうな葵とは対照的に深く考え込むように顎に手を当てる拓真は的を射た言葉を口に出す。

 翔太が何か続きを言おうと口を開けたその時、ガラガラガラ、と教室の扉が開かれた。

「おーい、お前らいつまで残ってんだ〜?」

「やべ」

 教室の見回りに来たらしい担任教師が帰るように促すと、6人はバタバタと帰る準備をし始める。寄り道すんなよ~と背後から掛けられた声に適当な返事をして、玄関まで来たところで不意に拓真が立ち止まった。

「……ご、ごめん図書室に返す本の返却日が今日なのを忘れてた……!!先に帰っててくれ!」

「まーじで!?俺ついてこーか?」

 先生に見つかったら誤魔化してやるよ!と葵が笑うので、拓真はそのまま踵を返して葵と二人で図書室の方へと走っていった。会話の潤滑剤ともいえる二人が消えたせいで、4人の間に少しだけ気まずい空気が流れる。

「しょーた!!いた!!」

「ん?」

 玄関口のところにたむろしていた女子数名が、翔太のことを視界に入れると直ぐ様駆け寄って来て心配そうに眉尻を下げた後、帝を見て顔を赤く染める。

「やだ、あたしら空気読めなくてごめんね……!!」

「しょーた、あたしたちしょーたが男のこと好きだとしてもずっと友達だからね」

「うんうん、むしろ応援しちゃう!!」

 と、次々に矢継ぎ早に意味深な事を言われた翔太は、呆れたように天を仰いだ後で帝を恨みがましく睨みつけた。

「どないしてくれんねん、お前のせいでホモやと思われとるやないか」

「いーんじゃねぇの?取り巻きの女が減って」

「嫌やわぁ、嫉妬?」

「誰が嫉妬するかボケ」

 軽口を言い合いながらも絶対に目を合わせない帝と翔太に、遼介とユウキは思わず顔を見合わせた。素直じゃないというか似た者同士というか、何にせよ不思議な波長が合う二人だ。

 待ってくれていた女の子たちと翔太が一緒に帰るというので、3人はいつもの帰り道を歩き始める。春茜の空が広がる、穏やかで優しい帰宅路で軽やかなスニーカーの足音が響く光景が、何処か心地よかった。

「あ……!!」

「ぁあ?」

「どうしたのりょーちゃん?」

 急にブレーキをかけたように立ち止まった遼介に、ユウキと帝も釣られるように立ち止まる。

「すまん、今日放課後に学年主任の先生に職員室へ来るよう言われてたんだ……」

「……高畑先生のことで……?」

「いや、今月の体育祭の応援合戦の事で……!!」

 あたふたしつつユウキへそう説明する遼介は、今月末にある体育祭の種目の一つ、応援合戦の一年生代表を務める事となり(クラスの投票で1位だった)今日はその説明のために学年主任の所へ行くはずだったと踵を返す。

「ユウキ、その……っ」

「大丈夫だよ、先生待たせるわけには行かないでしょ?」

「ごめん、帝……ユウキを頼んだ……!!」

 と、全速力で学校へ戻るべく走っていく遼介の後ろ姿を見送って帝はポケットに両手を突っ込んだ。数歩歩いてから気になって後ろを振り返れば、ユウキは黙ったまま立っている。風に艶やかな黒髪が揺れて、帝は息を止めた。


「ありがとう」


 ユウキの濡れた黒い瞳が、しっかりと帝を捕らえている。ふ、と表情を和らげたユウキはそのまま柔く目を伏せた。

「……みかちゃんが、りょーちゃんに俺を巻き込めよって言ってくれたの、凄く嬉しかった」

「別にお前の為に言ったわけじゃねぇぞ」

「うん、それでも……嬉しかったんだよ」

 幽霊が見えないユウキはいつも、遼介に守られていることに強い焦燥感を抱いていた。見えない自分は下手に口を出せない、人知れず傷ついてくる幼馴染みを守ってやることが出来ない悔しさにいつもいつも、ユウキはぶつけられない怒りを抱えていて帝はそれを、見つけてくれた。

 それがどれほどユウキにとっての救いとなったか、帝には感謝してもしきれないとユウキは頭を下げる。

「お前は」

「え?」

「……弱くてなよなよして、何も出来ねぇガキじゃねぇだろ」

 少なくとも帝がこの短期間で見てきたユウキは、優しさのなかに確かにしっかりとした強い芯を持ったやつだった。これだけの災難に見舞われてもなお、高畑の事をまだ一つも悪く言わない。その"強さ"を、帝は尊敬している。

「今度また遼介が隠し事しやがったら、あの面ぶっ飛ばせ……少しそれで懲りるだろ」

「ふふ……俺が?」

「殴り方教えてやろーか?」

「遠慮しとくよ」

 ふわりと笑うユウキに釣られるように、帝は口角を上げてニヤリと笑った。夕日に照らされてオレンジ色の光を反射する帝の髪の毛が揺れる。弟の幼稚園に迎えに行くと帝が一歩踏み出した、その瞬間だった。

「……っ!?」

 音も立てずに道路の向こう側からサーッと接近してきた白いバンが止まって、後部座席から出てきた上から下まで黒い服装の男がユウキの腕を掴む。

「えっ、!?」

「ユウキ……!!」

 突然のことに身体が反応出来ずにされるがままユウキは、ハンカチのようなものを口元に押し当てられると大声を出す暇もなくバンの中へ引きずり込まれた。

 帝は慌てて手を伸ばすが、その指先がバンの後部座席のドアに届く一瞬先に唸るようなエンジン音を上げてその場から逃走してしまう。

「っ、ふざけんな……!!」

 と叫んで、帝はスマホを取り出すと遼介に電話をかけながら白いバンの後を、何と己の足で追いかけ始めた。幸い通学路はその殆どが細い路地で、車通りが少なく大きな通りに出るまでは少し時間がかかる。

 大通りに出ればスピードを上げられ引き離されると直感で理解して、帝はスマホに出た遼介に大声で告げた。

「ユウキが連れ去られた……!!今からナンバー読み上げるから覚えとけ、館下浦区904 の な 576、っ白いバンだ……!!」

 帝は視力には自信があった、自慢じゃないが小学校から両目とも1.5ある。直線距離で離れたバンのナンバープレートを読むことなど容易かった。

『今から俺もそっちに……!!』

「間に合うわけねぇだろとっとと警察に連絡しろ……!!」

 ユウキは上条不動産の跡取り息子である。身代金目的の拉致という可能性も捨てきれない。現に相手は運転手と、後部座席からユウキを引き摺り込んだ一人、少なくとも二人いることになると帝はスマホ越しに遼介へ叫んだ。

 狭い路地に入った白いバンを追いかけていた帝は、不意に車が急ブレーキで止まったのを見て酷く嫌な予感に駆られた。走ったせいで弾んだ息が自分でもうるさく感じる程に。

「……マジかよ……嘘だろおい……っ」

 目撃者は帝一人、狭い路地故にバックミラーで注意深く見れば帝が車を追いかけながら何処かに連絡しているのは十分に分かっただろう。

 白いバンは不気味な警告音を鳴らしながら、猛スピードでバックのまま帝の方へと突っ込んでくる。恐怖で動けなくなった足を叱咤して、帝は何とかその場から真横に跳んでコンクリートの上に転がった。突っ込んできた車はブレーキをかけると、何と前方に進んで角度を変え再び帝に襲いかかる。

(……っ、殺られる……!!)

 起き上がって逃げようにももう間に合わない、確実に轢かれてしまうだろうと目を閉じて身構えた帝の身体が不意にふわりと浮いた。

「っ、てめ……!!」

「何をしとんねんアホ……!!」

 帝の腕を思い切り引いて、路地に面した家の壁に押し付けるように庇ったのは近くを女の子たちと歩いていた翔太だった。珍しく焦った顔で金色の髪を乱す姿に、帝はう、と息を詰まらせる。

「……なんやあれ」

「ユウキが連れ去られたんだよ、あのバンに……!!」

 突如現れた翔太の姿に分が悪いと思ったのか、脅しはもう終わったのか、ユウキを乗せた白いバンはそのまま急発進すると猛スピードで路地を駆け抜けていく。

 翔太はいきなり自分の髪の毛を一本引き抜くと、リュックから取り出した白い紙に巻きつけ、それを車目掛けて紙飛行機のように飛ばした。



「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女、急急如律令」



 翔太が何やら呪文のようなものを呟いた瞬間、まるで何かの意思が宿ったかのように白い紙がパタパタと羽ばたきながら白いバンのトランクにぺたりと張り付いた。

「な……んだありゃ……っ」

「形代言うて、式神呼び出して言う事聞いてもらう呪文や」

「追跡させたのか」

「そう、これであの白いバンを安全に追いかけられるっちゅうわけや」

 何してんの行くで、と言われて帝はムッとしながらも翔太の後を追いかけた。











 to be Continued

 

 


  

 


  

 

 

 

 

  

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ