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アオハルデッドライン 6



 アオハルデッドライン








 6








 雲一つない澄み渡る晴朗な空、穏やかな風は春の日差しと共にふんわりと何処からか花の匂いを運んで来て心地よい正しくお出かけ日和の今日、漸く退院した遼介、帝、拓真を含む6人は束の間の休息を味わっていた。

 久留米高等学校のある館下浦市には、巨大なショッピングモールがある。家具、生活雑貨、日用品、食品、そして服、ゲームセンターなどが揃った館下浦市の中でも一番大きな敷地面積を誇る館下浦モールは、子育て中の夫婦から小中学生、高校生、それからお年寄りなどさまざまな年代の人が行き交うちょっとした人気スポットだ。

「ってことでさ!!先ずは拓真のメガネ、新しいの買わなきゃな!!メガネ屋何処?」

 人一倍張り切っている様子の葵は喜びを隠しきれていない顔で後ろにいる拓真を振り返る。葵の勢いに押され引き気味の拓真は件の事件の際に実はメガネが壊れてしまい、新調する為にという口実で6人で遊びに来たのである。

「……裸眼で外に出るなんて恐ろしすぎる……一刻も早くメガネが欲しい……!!」

 裸眼両目0.3の数値を持つ拓真は、ぼやけまくる視界の恐ろしさに家からこの館下浦モールまでの道のりを帝の肩に掴まりながらやってきたのだった。

「たくちゃんメガネないとそんな顔なんや〜、えらい美人さんやねぇ?」

 面白がって翔太が顔を覗き込むと、拓真は眉間に皺を寄せながら真剣な顔で翔太を見つめ返した。

「自分の顔なんて裸眼で見た事がないからわからん……」

「もったいな!!」

「そーだな、拓真は正統派美形!って感じ」

 びし、と葵が拓真の顔を指さしたが残念ながらぼやけてしか見えない拓真に代わって、肩を貸している帝が葵の指先を掴んで避けてやる。

「とっととメガネ買えや、視線が痛すぎる」

「いいじゃないか、仲良きことは美しきかなだぞ?」

 一番後ろでにこにこ笑いながらとんでもない事を言ってくる遼介を帝はぶん殴りたかったのだが、拓真の目の代わりをかって出ている以上下手には動けないので諦めた。

「りょーちゃん、みかちゃんをからかわないの」

「……からかったつもりはなかったんだけどな」

 周りに花がとんでいるレベルのふんわりした空気を崩さないユウキに遼介は悪気はなかったと言い放った。

「お前らマジでもう突っ込む気もねぇがそのあだ名で俺を呼ぶんだな??変える気はねぇんだな?」

 こめかみに青筋を浮かべて聞く帝に、ユウキは呑気にふんわりと笑ってうん!と頷いた。天然とは恐ろしく話を聞かない人種らしい。

 とりあえず一刻も早く周りの視線から逃れたかった帝がスタスタとモールの中へ入っていくのを他の5人が追いかけた。何処からどう見ても素行の悪い生徒にしか見えない帝が、the優等生な服装の拓真に肩に手を置かれた状態で歩いているのが相当目立つらしく、確かにすれ違う人たちがぎょっとした顔で二人を見ている。

「……あいつらおもろすぎやろ」

「しょーたもある意味目立ってるけどねぇ」

「俺のは通常運転やもーん」

 ジト目で見てくる葵にヘラヘラ笑いながら翔太は日常茶飯時だと言わんばかりに、すれ違いざまに頬を赤らめている女の子たちにヒラヒラ手を振って愛想を振る舞っていた。

「女ったらしじゃん!!ユウキ、こいつ危ねぇぞ……!!」

「うん……?しょーちゃんは確かにかっこいいとは思うけど……?そういえば付き合ってる子とかいるの?」

 聞いたことなかったね、とユウキがめちゃくちゃ今更な事を尋ねてきた事に翔太は一瞬ぽかんとした後、さめざめと泣き真似をしてユウキへと抱きつこうとする。

「おらんねん〜、なんでやろな?ゆきちゃん慰めて〜!!」

「こらこらその手には乗らないぞ」

 思いっ切り抱きつきに行った翔太の顔面を、遼介の大きな手が片手で掴んで止める。いだだだだっ、と痛みに悲鳴を上げる懲りない様子の翔太を横目に、帝は盛大なため息を吐いた。立ち止まって振り返ると、ぼんやりしている拓真の手を取ってその肩をペチペチ叩く。

「おら、着いたぞメガネ屋」

「あ、あぁ……ありがとう」

「俺らは待ってりゃいいのか?」

 帝が腕を組んでそう聞けば、拓真はふるふると長めの前髪を揺らして首を横に振った。

「メガネレンズは在庫があると思うけど時間がかかるから、皆何処かで時間潰してて」

「お!じゃあさ〜、ゲーセン行こうぜ!!ゲーセン!!」

「ほんなら拓真、終わったら連絡よこしてな〜」

 ショッピングモールに併設してある大きめのゲームセンターへ行こうと葵が翔太と遼介の腕を掴みユウキと帝を振り返る。お前らは?という視線を感じたユウキは、考えた後に少し長めの黒髪を耳にかけた。

「俺、ちょっと本屋に行きたいから皆で行ってきてよ」

「ユウキ……」

「んじゃ俺も」

 お供するわ、と帝が名乗り出た事で、遼介は完全に一緒に行こうとする出鼻を挫かれた。だが翔太よりはいいかと思ったのかやけに遼介はあっさりと引き下がる。

「みかちゃん、本に興味あるの?」

「……大和が、おめぇん家にあった絵本にハマっちまってあれ読まないと寝ねぇとか言い始めたんだよ」

「あはは、苦労するねお母さんも」

「誰がお母さんだ」

 言えばあげたのにと笑うユウキに、帝はうるせぇなと言い返して他三人と別れ本屋への道のりを歩き出す。別に強制した覚えはないのに、ユウキは自然と帝を絵本コーナーへと案内してくれる。

「星の王子さまが気に入ってくれたんだっけ?それじゃあ、同じ作者の夜間飛行とかどう?」

「どんな話?」

「……気になるの?」

「俺は本とか読まねぇから」

 でもあまり子ども向けではないかもだけど、とだけ前置きしてユウキは本棚に置かれたその本を一冊だけ手に取った。

 シンプルな表紙に描かれた青い線と夜間飛行のタイトル、確かに子ども向け作品とは一見思えない。

「パイロットが命を懸けて何度も何度も不屈の精神で、失敗しては空に戻っていく話……かな、それと……待ち人のやりきれない思いを描いた作品だよ」

「幼稚園児には難しすぎるだろそりゃ」

 帝の言葉にそうだよねと本を戻しかけたユウキの手から、帝は本をあっさり取り上げてしまう。

「え、買うの?」

「ほらもう一冊選べよ」

「……ふふ、みかちゃんて本当優しいね」

「うっせぇわ」

 じゃあこれがおすすめ!とユウキは隣の棚に置いてあったどろんこハリーという著書を手に取った。これなら幼稚園児でも読めるし、犬が何より可愛いんだよと珍しく熱弁するユウキの姿に帝はふ、とさりげなく笑ってみせた。

「つーか、お前は何の本買いに来たんだよ」

「あぁそうだ忘れてた、建築関係の本を探しに来たんだった……あっちの棚の方見てもいい?」

「おぉ」

 帝には綺麗さっぱりわけがわからない背表紙ばかりずらっと立ち並ぶコーナーには、建築関係の図鑑などが置いてあった。普段ならば眠くなる程興味のないコーナーだが、ユウキが真剣な顔で目当ての本を探しているのを盗み見るのは悪くない気分だった。

「家の為に今から勉強してんのか?」

「ん?あ~、これ?」

 何気なく話しかけられた話題にユウキは持っていた本と帝を交互に見て、ううんと首を横に振る。

「興味があるだけ。不動産会社と建築関係はそこまで関係ないかな。会社を継ぐなら、多分経営論とかの本を買った方が為になるね」

「んじゃ、建物が好きなわけ?」

「いつか……いつかね、ある人の為に家を建ててあげたいんだ……傷ついて帰ってきた時にほっとできる場所として、俺のデザインした家に住んで貰えたらいいなって」

「ある人ってお前そりゃ遼介の事だろ」

 帝としてはいつものちょっとした仕返し、のようなものだった。ユウキだってみかちゃんというあだ名で呼んでくるのだから、自分も少しくらい意地悪しても大丈夫だろう。ユウキならば笑って誤魔化すに違いない、と。

「え……」

 振り返ってユウキの顔を見た帝は思わず固まってしまう。いつもは何処か本心が掴めない、ふわふわしてのらりくらりと質問を躱すユウキが、顔を桃色に染めて視線を帝から逸らす。その潤んだ美しい黒い瞳があまりにいじらしくて、帝は息を呑んだ。

「……おまっ、え!?」

「りょーちゃんには秘密にしてね?」

「好きなのかよ、遼介のこと」

 純粋に恋をしている人間の顔というものを、帝はこの時初めて見た。クラスメイトが同じクラスのあの子が可愛い、あのクラスの女子と付き合いたいとカミングアウトする時とはまるで違う。

 今にも泣いてしまいそうな程切なく、甘く、ユウキの表情はいつもより雄弁にその心を物語っていた。

「……俺とみかちゃんだけの秘密」

「良いのか俺を信用して。口が滑って遼介にチクっちまうかも知んねーぞ?」

「みかちゃんはそういうの、言わない人でしょ?」

 知ってるよと言いながら大事そうに抱きかかえた本をレジに持っていく姿に、帝は照れくさくなった気持ちを隠すように首の後ろを掻いた。

 

 

 




一方その頃、ゲームセンターで時間を潰していた葵たちは思う存分クレーンゲームを楽しんでいた。

「っうわぁああ……!!俺こーいうの全然無理〜!!なんだっけくうさんさっちのうりょく?がねぇんだよなぁ〜!!」

「葵、それ言うたら空間把握能力や」

「くうさん……っぷふふふ」

 とんでもない言い間違いをしながら、目の前のクレーンゲームに夢中になる葵と冷静なツッコミを見せる翔太に、遼介は一人でツボって笑いが止まらない様子だ。

「くっそー!!このぬいぐるみ絶対拓真に似てんのに!!」

 取れねー!と叫ぶ葵の目の前のゲーム機には、ガラス張りのケースの中にメガネを掛けた何かしらのキャラクターっぽいぬいぐるみが、先ほどからアームに掴まれてはぽとんと落下しを繰り返していた。

「ちょお、お兄さんに貸して」

 見かねた翔太が苦笑いをしながら、お金を投入しゲーム機の操作レバーとボタンに手を掛ける。何やらその長い指で細かくレバーを操作し調整すると、ボタンを押してアームを降下させた。

 真っ直ぐに降下した左アームが見事、ぬいぐるみの横に付けられているタグの真ん中に刺さりそのままぬいぐるみはアームによって持ち上げられる。

「ぉおおぉお、!?」

 すげぇー!とクレーンゲーム機のガラス扉に頬をくっつける勢いで葵が行く末を見守っていると、タグを刺したアームはぬいぐるみを持ち上げたまま景品取り出し口の真上でアームを開いた。

 どん!という音と共に景品が取り出し口に落ちて、葵は歓声を上げながらぬいぐるみを取り出す。

「しょーた!お前すっげぇな!!」

「伊達に女の子とラウワン行ってへんねん、凄いやろ?」

「とんでもねぇドヤ顔すんなよぉ!!お前何が出来ないんだよ!?ウルトラスーパーチャラ男か!?」

 葵と翔太がわちゃわちゃ騒いでいる横で、遼介はふと視界の端っこに映った違和感に気が付いた。

 これだけ音の大きなゲームセンターの端っこに、小さな女の子がしゃがみ込んでいる。あまりにはっきり見えるので、遼介は迷子だと思って声をかけようとした。

「ちょお待て」

 遼介の方など見てもいなかったはずの翔太が、遼介の腕を掴んで行動を止める。どうしたの?と遼介の視線の先を見た葵は、何の警戒もせずに女の子の真正面にしゃがみ込んだ。

「葵……っ!!」

「おーい、きみもしかして迷子かー?」

 それまで霊感など全くなかった葵にとって見えすぎる幽霊は、その辺にいる人と何ら変わらないように見えている。止めようとする二人を他所に、葵はその屈託のない笑顔でにかっと女の子に笑いかけた。

『……あたしのこと、見えるの……?』

「小学生くらいか?迷子センター行く?」

 着いてってやるよ?とまだその子が幽霊であるとは思ってもいない葵の言葉に、女の子は不安そうな顔を上げた。今のところは確かにはっきり見えるものの、邪気は感じない。翔太から見ても、恐らくこの子は単なる浮遊霊かもしくは土地に縛られた地縛霊のように見えた。

「いつまでもここにいては駄目だ」

『え……?』

「これ以上いると、君はここに縛られて悪いものになってしまう……そんなのは嫌だろう?」

 遼介はそう語りかけると女の子の肩に手を伸ばそうとする。この時初めて目の前の女の子が幽霊だと気が付いた葵は、慌てた様子で遼介の手を止めた。

「ちょ、ちょっと待って!」

「葵」

「待ってよこの子怯えてんじゃん……!!」

 幽霊というものは、現世に縛られて留まる時間が長ければ長いほどに悪霊と化してしまう。拓真に取り憑いていた萌美がそうだったように、彷徨えば彷徨うほどにその魂にマイナスのエネルギーを取り込んで救えないものになってしまうのだ。だから一刻も早く成仏させるべきだという遼介に、葵も譲らない。

「そりゃわかるよ、っ、一刻も早く成仏させるってのが大事だって俺もわかる……でも、話くらいもうちょい聞いてあげてもいいじゃん……!!」

「アホかお前は。そんなんしとる間に悪霊化して、お前の身体くれ言われたらどないすんねん」

 遼介が手を伸ばした瞬間に女の子は怯えたように肩を震わせた、恐らく第六感のようなもので遼介が自分を成仏させようとしている事を感じ取り恐怖したのだ。

「そ、れはそうだけど、でもさ……幽霊だって、好きで彷徨ったりしてんじゃないと思うんだ。淋しくて、苦しくて、多分ずっと孤独なんだよ、……こんな小さな子どもがさあ、そんなん、悲しいじゃんか」

「葵……」

「……幽霊は全部悪者なの……?」

 葵のその言葉は、遼介の胸の奥に波紋を描く一滴の水のようだった。今まで向き合ってきた幽霊たちは確かに悪意のあるものだったが、必ずしも皆悪霊であるとは言い切れない。

 あのなぁ、と呆れた様子の翔太を制して、遼介は表情を崩して柔らかく女の子に笑いかけた。

「君はどうしてここにいるの?話してごらん?」

『あ、あたし……』

 女の子は小さな声でぽつりぽつりと話し出した。近くの病院にいた事、気が付くと病院からこのショッピングモールにいて帰り方がわからないこと。病院にいた時に、このショッピングモールに遊びに行こうねと母親と約束したこと。

『……ママとの約束、まもれなかったからあたし、帰れないの……??そうなの……?』

「違うよ。君のせいじゃない。君の心が、強くその記憶を持ってた事で天国に行き損ねただけだ」

 病院にいたという証言通りならば、きっと彼女は病死してしまったのだろう。記憶が所々薄れてきているところからも、あまり猶予はなさそうだ。

「……おい、まさかと思うが……厄介事に巻き込まれてんじゃねぇだろうなそこの三馬鹿」

「帝ぉ!!あ!ユウキと拓真も!!」

 ゲームセンターの端っこでしゃがみ込む遼介たちを見てただならぬ気配を察知したらしい帝は両手を組んで眉間に深く皺を刻んでおり、拓真は新しいメガネをくい、と指で押し上げて自らにもはっきり見える女の子を凝視している。

 キョトンとしたまま購入した本の袋を抱えているユウキに、遼介はすまないと話しかけた。

「どうやらここに女の子がいて、成仏出来ないようなんだ。放っておけなくて……皆、協力してくれるか?」

「勿論……!」

「……んで、何すりゃいいんだ?」

『ママァ……!!!!ママ!!』

 急に立ち上がった女の子がだっと駆け出して、全員が視線で追いかけたその先にユウキが立っている。女の子はユウキの腰辺りにぎゅっと抱きつくと、ママ!!と泣き出してしまった。翔太と遼介は思わず顔を見合わせる。

「……え?何……?どうしたの?」

 注目を浴びて驚いているユウキに、遼介は信じられないものを見る目を向けながら顔面蒼白のまま迫った。

「ゆ、ユウキ……まさかとは思うがお前っ、……子どもを産んだことがあるのか……!?」

「あるわけねぇだろアホかてめぇは!!」

 動揺しすぎてわけのわからないことを言い始めた遼介の後頭部を帝がすぱーん、と小気味良い音でド突いた。

 それまで口をあんぐり開いて驚いていた葵が、ひらめいたと言わんばかりに目を見開く。

「……もしかして、髪型とか雰囲気がユウキに似てんじゃねー??ユウキくらいのボブっぽい髪の毛なら女の人にもいるじゃん?」

「ユウちゃんは聖母やからなぁ……下手したら一人くらいは産んでるかも知れへん」

「しょーたまで壊れるのやめて?」

 最早収拾が付かない遼介と翔太のアホ二人は放置して、葵と拓真はユウキの側に近寄る。

「ユウキは特に何も感じねぇの?今、女の子がお前の腰辺りにぎゅっと抱きついてんだけど」

「……え?そ、そうなの……?うーん、ちょっとひんやりはしてるかもだけど、全然見えないなぁ」

「め、めちゃくちゃ見える……嘘だろ……見えるようになってるのか俺……」

 普通にはっきり見えるようになってしまったことに、拓真はショックを隠しきれないらしく女の子を食い入るように見ているので、帝からぺち、と軽くチョップを食らった。

「ジロジロ見てんじゃねぇ、怯えてんだろ」

「う、ご……ごめん」

「ねぇ……その子、どのくらいの大きさ?ちょっと誰でもいいから教えて貰って良いかな」

 ユウキから尋ねられた遼介は、素直に手を女の子の頭くらいの高さに翳してやる。

「このくらいだ。ユウキの腰より少し大きいくらい」

「ありがと」

 遼介の手の位置を指標にして、このくらいに顔があるかな?と言いながらユウキは女の子と目線が合うようにその場にしゃがみ込んだ。

「……ここで何かしたいことがあった?」

『うん、……ママと、っ、髪飾り買おうって約束したの』

「髪飾りを買う約束を母親としていたみたいだ」

 女の子の声は勿論ユウキには聞こえないので、遼介が代弁してあげた。するとそれまで黙っていた翔太が不意に葵の手の中から、先ほど取ったぬいぐるみを取り上げる。

「うぇっ!?」

「えぇか一度しか言わん、よぅ聞けよ?」

 そう前置きした翔太は真剣な顔で女の子へと、今から自分のする事を説明し始めた。

「今から君をこのぬいぐるみん中に入れたる、これは無機物やから勿論声は出ぇへん、動くのも不審やから駄目。ただ!髪飾りを買うっちゅー君の願いは叶えてあげられる、どうや。それで成仏出来そうか?」

『……うん……!!』

 女の子の返事を聞いた翔太は、ぬいぐるみを片手に持つと些か乱暴ではあるもののグイッと女の子目掛けて押し付けた。次の瞬間、スーッと透けるように女の子の体がぬいぐるみに吸い込まれていって、拓真と葵は驚いて悲鳴を上げそうになる所を帝に後ろから口を塞がれ止められた。

「現実に声は出ぇへんけど、まぁ俺等には何言うてはるかはわかるし……ユウちゃんも抱っこしやすいやろ」

「こ、この中にその子がいるの……?」

「おん」

 はい、と手渡されたぬいぐるみを恐る恐る抱き締めたユウキは、確かに腕に感じる微かな重みに目を伏せ柔らかく微笑んだ。その様子が正しく、子を持った母親のようで思わず見惚れている遼介を翔太が肘で小突く。

「髪飾りって事は可愛いヘアゴムか、ヘアピンみたいなのが欲しかったのかな……?」

『髪の毛を結ぶゴムが欲しかったの、ママが買ってくれるって言った……ピンクのキラキラのリボン』

「ピンクのキラキラのリボンやって」

 じゃあそういうの売ってるところ探さないとね、とユウキが呟いたところで一同は固まってしまう。今更だが6人は全員男の子である、そんな可愛らしいヘアゴムが売っているところなど知る由もない。

「帝お母さん心当たりねぇの……??」

「誰がお母さんだ、心当たりなんかねぇよ……!!こちとら全員男兄弟だっつーの」

 慌てた様子で失言をかます葵の脳天に帝が容赦なく鉄槌を下し、拓真は直ぐに近くの案内掲示板を探し始めた。

「あ~あの、その、だな、多分だけどそういう小学生女児用のものは、ラブリーエンジェルっていう雑貨屋さんにある……と思う」

 口火を切った遼介は、かなり動揺しているのか視線を泳がせどんどん語尾が小声になっていく。

「遼介……そうかお前そういう趣味があったんか……はよ言うてくれたら良かったのに」

「違う……断じて違うぞ翔太、俺じゃなくて姉が……!中学くらいの時にその雑貨屋さんに通ってたから……!!」

「お姉ちゃんいんの!?初耳……!!え、幾つ!?」

 遼介から初めて出た姉の存在に、一人っ子の葵は目を輝かせて矢継ぎ早に質問をするがそのざわついた空気は帝の物凄く現実的なひと言でしん、と静まり返る。





「おい、俺たちは今からそのらぶりーえんじぇるとやらに行くのか……?男6人で……?」




 鳥肌もんだぞ、と付け足された言葉も相まって全員視線が宙を舞ってしまう。ごほんごほん、とわざとらしく咳をしてその場を仕切り直したのは遼介だった。

「やるしかないだろ……それがこの子の望みだ」

 画して、高校生男児6人プラスぬいぐるみの中の女の子、というとんでもないメンバー構成で、小中学生女児向けのカラフルな雑貨屋へと足を踏み入れたのである。

 勿論店内は土日ということもあって、購買層である小中学生女児たちがシールやアクセサリー、ぬいぐるみやキーホルダーなどを目当てにひしめき合っていた。

「……す、凄いな……カードゲーム屋くらい小学生がいる……」

 普段お出かけするといえばカードゲーム屋か、もしくはゲームを売っている電化製品屋にしか行かない拓真は雰囲気に圧倒されつつド派手な店内を見回した。

「多分だが髪飾り系は……一番奥のコーナーだった気が」

「くっそぉ……奥なのか……!!この人集り掻き分けてかなきゃなんねぇの!?」

 気が引けるのか手で自分の両頬を押さえ、げんなりしている葵を他所にユウキはぬいぐるみを抱えたまますんなりと店内へ入っていく。

 慌てて追いかけた遼介たちに周りの女児や親の視線が突き刺さる。制服は着ていないがどう見ても若い男が冷やかしで入ってきたのではないかというある種の緊張感がその視線からわかり、嫌な雰囲気が漂っていたのを察した帝が、品物を見ていたユウキに話しかけた。

「妹の誕生日プレゼントなんだろ、ちゃんと選んでやれよ」

「えっ……あ、……うん」

 メンバーの中で一番強面である帝がそうひと言ぶっきらぼうに言うだけで、周りの人たちはそういう事情があるのかと納得して視線を外してくれる。

「ピンクのキラキラリボンピンクのキラキラリボン……」

「ピンクはピンクでもあっちは濃いピンクでこっちは薄いピンクだな……」

 髪ゴムを必死に探す葵と、色のバリエーションの多さに驚いている拓真、そしてそばで見ていた遼介が三者三様のピンクのキラキラリボンを持って、ユウキに抱っこされている女の子の前に翳した。

 蘇る記憶の中、薄っすらと母親の声が聞こえてくる。それまで靄がかっていたものが晴れていくようだった。

『あ!これ……!これがいい……!!』

「これかぁ!」

 ハッとした顔をして女の子が指さしたのは拓真の持っていた薄いピンク色のリボンにキラキラのラメが散りばめられたレースが装飾された髪ゴムだった。値札を見ると値段は三百円ほどで、買いに行くね!とユウキがそれを持ってレジへ向かうと迷惑にならぬように5人は店外へ出る。

「なぁ〜、腹減らね〜?」

「……確かに、まだ何も食べてないな」

 ぐぅぅ、と情けない音を腹から出しながらその場にしゃがみ込む葵に遼介も同意する。時刻はすでに十二時を回っていてそろそろ昼食の時間だった。

「せやったら同じ階にフードコートあるからそこで昼メシでええんとちゃう?」

「わーい!!」

 その後お待たせ〜と会計を済ませたユウキが合流し、6人と1人は直ぐ隣にある巨大フードコートにて昼食を取ることにした。敷地面積の広いフードコートには、親子連れ専用の仕切りのついた席から、団体用の大きなソファ席まで多種多様なテーブルと椅子が置かれており6人はソファ席へと着いた。

 ユウキは抱きかかえていたぬいぐるみをそっとソファの真ん中に置いて微笑みながら、先ほど買った髪ゴムを取り出した。ぬいぐるみは人型をしているのだが、何せ人形なので髪の毛の部分はフェルトで出来ている。

「どうやって付けてあげたらいいかな……」

「ちょお、貸して」

 悪戦苦闘しているユウキの手から髪ゴムを取り上げると翔太は器用な手先でフェルトの余った部分をつまんでそこに髪ゴムを巻いていく。

「慣れた手つきだな、妹とかお姉さんがいるのか?」

 何気なく遼介がそう聞いた途端に翔太の手がぴたり、と止まったが髪ゴムを結び終えると直ぐにいつもの飄々とした顔で遼介を振り返る。

「嫌やなぁ、家族とは限らんやんか」

「……おい子どもの前でなんつー話してんだ」

 胡散臭い笑みを浮かべながらへらへらと誤魔化す翔太に、帝はしっかりツッコミを入れた。拓真はうわぁ……とドン引きした顔をしているが、葵とユウキは意味がわかっていないらしく二人で首を傾げている。

「……どゆこと?」

「家族じゃない女の人の髪の毛を結んであげてるって事じゃないかなぁ……?親切だよね」

 へぇー、偉いなお前と感心したように言う葵には、このまま何も知らずにいて欲しいと全員が願った。居た堪れなくなった遼介が、代表して何か買ってくるよと椅子から立ち上がり近くにあるジャンボ・ジャンボグリル(通称ジャングリ)という馴染みのファストフード店へと小走りで向かう。

 女の子はその姿を見送ったあとで、俯きながら少しずつゆっくりと話し始めた。

『……あのね髪飾りを買ったらもう、バイバイしなきゃいけないのかと思ってた』

 だから少し嬉しい、と素直に感情を吐露する女の子に葵は屈託のない笑顔で話しかける。

「折角来たんだから、楽しもうぜ」

『お兄ちゃん、ありがとう』

 暫くすると遼介が、トレーに7つ分のハンバーガーとポテト、それから飲み物を抱えてこちらに来るのを見ていた帝が無言で立ち上がって手助けに向かった。

 はい、と遼介が女の子の目の前にハンバーガーとポテト、恐らく一個だけキッズサイズのオレンジジュースを置く。

『……いいの?』

「実際に食べられるのかとかは俺にはわからないけど、何もないのは寂しいだろ?」

『うん……ありがとう』

「食べられなかったら葵が食べるし、気にしなくていい」

「あれいつの間に俺、大食いキャラになってる!?」

 いただきますより先に最早口のなかにハンバーガーを放り込んでいる葵の、リスよりぱんぱんの頬を見て女の子はふふふ、と楽しそうに笑った。

「……それにしても、病院で亡くなったのに何でゲームセンターのところに居たんだろうな?」

 不意にその疑問を口にしたのは拓真だった。確かに、亡くなった場所ではなく無関係なショッピングモールのゲームセンターに何故女の子はいたのか。

 その疑問は、意外にも遼介によって解消された。

「多分だが、彼女が亡くなったのは俺が小学生くらいの頃なんじゃないかと思う。その当時まだショッピングモールにはゲームセンターがなくて、あの場所には……手芸屋さんがあったんだ。勿論そこにも髪飾りが売っていた」

「つまり……生きてたら俺等と大体同じ年ってことか!」

「そうなるな」

 どんな子だったんだろうな、と葵が思いを馳せる。同じ年だったならもしかしたら同じ高校だったかもしれない、クラスメイトだった可能性もある。

 女の子は、少し俯いた後で意を決したような顔を上げ、遼介たちの顔を見回した。

『あのね、あたし思い出した事があるの』

「え?」

『髪の毛が抜ける病気だった。そう……長く伸ばしてた髪の毛、抜けちゃってお母さんがウィッグを買ってくれたの、リボンの髪飾り買おうねって言われて、あたし……っ、偽物に付けたって意味ないよって、……ひどいこと言っちゃった』

 そしてそれが、母親と交わした最期の言葉だった。だからこそ彼女は深く後悔し、髪飾りを求めて彷徨うようにこの世に囚われてしまったのだ。

『悪い子だったから、あたし、きっと天国に行けないんだ』

「そんな事はない」

 きっぱりと言い切った遼介は、柔らかく微笑むと女の子を見つめ返した。

「君はお母さんに言った言葉を後悔したからこそ、この世に囚われてしまった。後悔したって事は、それが良くない言葉だったと自分を責めたんだろ?そんな子が、悪い子なはずがない。大丈夫、……生まれ変わったらまた、お母さんの所に行ってあげればいいよ」

『ママの……元に……』

「……きっとお母さんも君を待ってる」

 遼介のその言葉は、随分とリアリティと重みがあった。並の男子高校生からは出せない慈愛に溢れた言葉に、女の子は目に沢山涙を溜めて頷く。

「そーだよ、何年かかんのかはわかんねぇけどさ!生まれ変わったら、俺等ともどっかで会えるかもだし!!」

「そうだな……その時はまたご飯でも食べよう。今度は……ちゃんと、七人で」

 葵と拓真が遼介の言葉を補強するように、新しい約束を結んでくれる。話の流れを何となくで掴んだユウキがそっとぬいぐるみの頭を撫でた。

「……待ってるよ、その髪ゴムを目印に帰っておいで」

 柔らかい声に後押しされるようにして、ぬいぐるみから女の子の魂がスッと抜けて徐々に薄く、キラキラとした光を身に纏いながら天高く浮かんでいくのがユウキ以外の5人にははっきりと見えた。

 

 

 

  



『ありがとう……っ、あのね、あたしの名前は』





 


 



 



『リカ、天宮リカっていうの』



  

 

 

 

 

  






 キラキラの可愛らしいリボンを髪の毛につけたままの彼女、天宮リカは長くいた暗闇の中から漸く解放されたようにニコッとその年の女の子らしいあどけない笑顔で手を振りながら迷うことなく消えていった。

 またな、と手を振り返してその姿を見送って余韻に浸る中で、翔太は椅子の背もたれに寄りかかりながら片頬をあげて皮肉めいた顔で目を伏せる。

「……ま、苗字も名前もわかったことやし、線香くらいはあげに行けるんとちゃう?」

「しょーちゃんって優しいよね」

 核心を突いたようなユウキの言葉に、翔太はその三白眼を色気たっぷりに細めて流し目を向けた。

「ほんまぁ?せやったら俺と付き合う?」

 翔太の爆弾発言に隣で遼介がブーッ、と勢いよくコーラを噴き出し、正面にいた帝が堪らず飛び退いた。

「てめっ、きったねぇな……!!」

「ゲボゲホゲホっ、す、すまん喉に引っ掛かって」

「動揺しすぎでしょ遼介ぇ……」

「帝、ティッシュいる?」

 拓真に差し出されたポケットティッシュをひったくるようにして受け取ると、帝はコーラが掛かった部分をとんとん、と叩くようにして拭く。

「こりゃ前途多難やねぇ……」

 と、動揺している遼介とおくびにも出さずにいるユウキを見つめながら翔太がぽつり、と呟いた。











 



 to be continued

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

  

 

 

 

 

 




 

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