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アオハルデッドライン 5



 アオハルデッドライン








 5








 張り詰めたような緊張感が漂う工場内には、自分の震えるような吐息と男の低く唸るような声だけが響いていた。

 物理的な攻撃が通じるかどうかはわからない、追いかけてきた煤けた男が幽霊だというのなら鉄パイプでの攻撃など効かない可能性が高い。それでも帝は、弟を守るためにそこから逃げなかった。

 煤けた男は、ふらふらと左右に揺れながら帝に近付いてくる。恨みがましい目は真っ赤に充血していて、額からは血が垂れ流れ皮膚は真っ黒に煤けて裂け、痛みに呻くような地を這う声を発しながら男は帝の鉄パイプを掴んだ。

『こどもぉおおぉお、よこせ、よこせぇえ、よこせ、俺のものだぁああ』

「ちっ、ふざけんじゃねぇ!!気色悪りぃんだよ!!」

 力任せにその手を振りほどくと、帝は鉄パイプを男目掛けて振り下ろすが驚くほど手応えのない鉄パイプはすかっ、と空気を殴って地面を抉る。

 は、とした次の瞬間、帝の鳩尾に男の握りしめた拳がめり込んだ。受け身すら取る暇などなく衝撃に帝は背を丸めると、そのまま後方へ吹っ飛ぶ。

「うぁっ……!!」

 積み重ねられていた鉄材に思い切り背中を打って痛みに息が止まる。衝撃で重ねられていた鉄材が派手な音を立てて地面に落下した。幸いだったのは、鉄パイプを手放さなかった事だ。荒く息を吐きながらよろよろと立ち上がる帝へ、男はめちゃくちゃに両腕を振り回しながら向かってくる。

『子どもはぁああ、何処だぁああっ……』

「うるっせぇよ……言っただろーが……指一本触れさせねぇ、諦めて消え失せろ変態野郎っ……!!」

『子ども子ども子ども子ども子ども子ども子ども!!!!』

 男は血反吐を巻き散らかしながら叫ぶと、帝目掛けて飛び掛ってきた。体重は倍以上ありそうな体格に思い切り乗りかかられて帝の身体は虚しく工場の床に押し倒される。

 重みは確かに感じているのに、鉄パイプで横腹を殴ろうが足で蹴り上げようが相手にはダメージが入らない。男は勢いよく丸太のような拳を振り上げると、帝の顔面を思いっ切り殴りつけた。

 唇が切れて出血し、帝は堪らず片腕で頭部を守る体勢を取った。気絶してしまうのはまずい、大和を守るにはここで耐え忍ぶしかなかった。

『子ども子ども子ども子ども子どもっ!!子どもぉお!!』

 顔を殴りつけた男は無防備になった鳩尾に執拗なまでに拳を入れてくる。激痛と衝撃で身体を丸めて守ろうとする帝の長い脚を男は脇に抱え込んだ。

「っ、何するつもりだてめぇ……離せ……!!」

『めりめりめりぃ』

 離れようと帝はもがくが、びくともしない。脇に抱えられた足は尋常ではない力で締め付けられて、足の骨を折る気なのだと悟った帝はその場で上半身を捻り、思い切り地面に両手を着いてその反動を利用して男の脇から足を救出する。

 転がるようにして必死に立ち上がると男から距離を取りながら鉄パイプを改めて握り直す帝に、煤けた男はニタニタと下卑た笑みを浮かべながら突進してくる。

(く、そ……っ)

(ふざけんじゃねぇ……っ死んでたまるか……!!)

 人を守る事の重みを帝は知っている。今己が倒れれば後ろにいる大和の命はない。守る、ということは己の事も含めて守らなければ意味がない。

 無意味だとわかっていても、帝は握りしめた鉄パイプを男目掛け横に薙いだ。ブンッと空を切る虚しい音と共に、距離を詰めてきた男はその剛腕で帝の腰にしがみつくとそのまま糸も簡単に身体を宙に浮かせて思い切り地面に叩きつける。

 内蔵が浮くような不快感の後、背中に強烈な痛みが電気信号のように走った。

「がっ……!!」

 受け身こそ取れたものの二度の背中への衝撃で思わず口から出そうになる悲鳴を噛み殺す。起き上がろうとする帝の首を絞めながら男はその身体に馬乗りになると、はぁはぁと荒い息を吹きかけ帝の学ランに手をかけた。

 ねっとりとした汗ばんだ赤黒い指先が迫る恐怖に帝は必死になって髪を振り乱し首を横に振る。

「……や、めろ……っ……」

『おおおおおお、お前がぁああ、悪いぃいい、悪いんだぁあああ、おおおおれに、おれに、楯突くからぁあああ』

 男は手に掛けた帝の学ランをボタンごと引きちぎると、下に着ていた黒いTシャツもその汚い指先でビリビリに引き裂いてしまう。

(や、やべぇ……っ、やられる……!!)

 最早指の一本すら動かせない、馬乗りになってきた男の臭い息と生々しい指先の感触に吐き気が込み上げ歯を食いしばった次の瞬間、シャッターを開け放つ音がした。

「その手を離せよ……っ、この化け物……!!」

 工場の中へ意を決して踏み込んできたのは、拓真だった。両手を震わせながらも帝の方へと駆け寄ろうとする姿を見て帝は目を見開く。

「っかやろ……、来るんじゃ、ねぇよ……っ……」

「来るなって言われたって行くよ……助けるなって言われたって絶対に助ける……!!当たり前じゃないか!!」

 だって帝は、拓真にとってかけがえのない友人の一人だ。自分を見捨てずにいてくれた、頼りがいのある友人だ。助けないで見ているなんて選択肢は拓真の中にはもうなかった。

『じゃあああまぁああ!!』

 激昂した男が拳を振り上げ、帝を殴り殺そうとするその刹那拓真はその辺に重なっていた鉄の板を抱えて帝と男の間に滑り込む。

「拓真……っ!!」

 男の拳が間一髪で殴ったのは、拓真の抱えた鉄の板だった。じんと痺れるような衝撃が鉄板を支える拓真にも走るがそれ以上に、男は初めて走った衝撃に動揺する。

『いたぁぁアああぃいいい!!!』

 叫びながら拳を撫でてのたうち回るその姿を見下ろしながら、拓真は持っていた鉄板を地面に投げ捨てた。

「攻撃する為の鉄パイプが通用しないなら、奴が殴る意思を持った時に鉄板を持てば拳は貫通せずに鉄板を殴るんじゃないかと思って……っ、予想が当たってたみたいだ」

 拓真はただ闇雲に帝を助けに入ったのではなく、きちんと短い時間で男の動きからダメージを与えられる方法を模索していたのだ。男の拳によって凹んだ鉄板が、相手の拳の威力を雄弁に物語っている。

 涼しい顔をしながら拓真は平静を装ってズレたメガネをくいっと指先で上げた。

「帝、走れるかい?」

「ばっかやろ……誰に言ってやがる……っ……」

「あぁ、じゃあ……あいつを翻弄しよう」

 遼介がここに辿り着くまで耐えようと、拓真はそう提案しているのだ。帝は拓真の肩を借りて立ち上がりながら汗と血で張り付いた長い髪の毛をかき上げる。

「……ムカつく話だが、乗った」





 



 その頃、葵と合流した翔太と遼介の二人は先に拓真が匂いを辿って追いかけた事を知って拳を握りしめた。丁度良く鳴り響いたメール着信音に、遼介がスマホを開けば拓真からのメールが来ておりそこには現在地情報が記録された地図が添付されている。

「……二人はここに?」

「翔太、行くぞ……!!」

 遼介はスマホを乱暴にポケットに突っ込むと、目的地までの道を駆け出していく。慌てたように葵と翔太がその後を追いかけた。

「あ、あのさ!」

「うん?」

「何か俺、聞いちゃったんだよね、さっき帝ん家行った時に……変な奴が一から五まで数えててさ、十まであと五つ、って言ってたんだ……これって何のこと!?」

 走りながら葵は先程帝の家で聞こえてきた不気味な声の事を翔太へ打ち明けた。遼介の姿を見失わない様に視線は前を向きながら翔太は乾いた声で告げる。

「カウントダウンやろな。何でかは知らんけど、そいつは十人子ども殺すつもりで、みかちゃんの弟は五番目に選ばれてしもたってことやろ」

「……か、カウントダウン……」

「どこの子も皆同じ年で男の子や。犯人はかなり殺害相手に固執しとる、一番目の子は生きてるうちに殺して、二番目と三番目、四番目の子は……どうなってるかはわからん」

「なんっだよそれ……!!許せねぇ!!」

 翔太の淡々とした語り口調を聞きながら、あまりの凄惨な話に葵は憤りを覚えて歯を食いしばった。夕日の沈みかける見慣れた街が突然、見知らぬ恐ろしい街へと変貌してしまったかのようだった。

「暗くなってしもたらあいつらの独壇場やで」

「……わかってる」

 先頭を只管に走る遼介の、その背中からゆらゆらと赤黒いオーラが立ち上っているのを翔太は見た。とんでもなく怒りに満ちあふれているのは表情でもわかったが、並の浮遊霊ならば触れるだけで弾かれてしまいそうな程の巨大な、煮え滾るマグマのようなそれは遼介の魂の怒りだ。

(ほんまにこいつは)

(底が知れん奴や)

 もしかして使うかも知れないと思い持ってきていた実家の呪具を使う事は無いかもなと翔太は脳内で情報を整理する。

 葵の話によれば犯人と思わしき悪霊は、どうやらカウントダウンをしているらしい。十人、殺した後に一体何があるというのか。まるで見えない巨大な敵が裏にいるかのような、嫌な予感が翔太にはあった。

「あった、あそこだ!!」

 海沿いの舗装された道路を走っていた三人の目に、拓真が教えてくれた工場地帯が見えた。同じような建物が立ち並ぶそこの、一番端っこにある工場の中に帝たちはいる。

 場所が見えると一気に走るスピードを上げた遼介に、葵と翔太は顔を見合わせると頷いて後を追いかけた。黒い金属系サンディングで出来た倉庫のような工場へ一気に辿り着くと、遼介は迷いなくその中へ突っ込んでいった。

「……っ……帝!!拓真……!!」

 遼介の視界に入ったのは、血に染まった工場の床と血塗れで横たわる拓真と辛うじて立ってはいるものの全身傷だらけで服もボロボロの帝の姿、そして二人を前に異様な姿で小躍りをしている化け物の姿だった。

 葵の言う通り据えたヘドロのような匂いが、工場全体に充満している。遼介は化け物の事を半ば無視して黙り込んだままゆっくりと帝の方へと近付いていく。

「……っ、りょ、すけ……」

 片足を引き摺りながら脇腹を庇っていた帝の正面に立った瞬間、緊張の糸が切れたのが帝は遼介の肩口に額を付けて安堵したように殆ど開かない口を無理やり開いた。

「あと、は、……たのんだ……っ……」

「あぁ」

 気を失ってズルリと倒れ込みそうになる帝の身体をしっかり抱きしめて、遼介は閉じていた目を見開く。








「後のことは任せろ」











 その怒りに燃えるような何処までも漆黒の瞳が、振り返って化け物の姿を捉える。今まで抑えられていた怒りが一気に噴出したかのように、遼介の怒りが地響きとなって辺り一帯を揺らした。

「っ拓真……!!拓真しっかりしろよぉ!!」

 血塗れで倒れている拓真に駆け寄った葵がその身体を揺らすと、拓真は身動ぎをした。生きていると確信した翔太は、その場で出す必要はないかも知れないと思っていたはずの呪具をポケットから取り出す。

「高天原に神留座す、神魯伎神魯美の詔以て、皇御祖神伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達」

 手にした奉書紙をその場で片手で広げると翔太は単調な声で、中に書かれている祓詞を読み上げた。

「諸の枉事罪穢を拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を天津神國津神八百萬の神等共に聞食せと恐み恐み申す」

 奉書紙に書かれた文言を全て読み終えた瞬間、その紙は一瞬にして真っ黒な炎と化して翔太の手の中から飛び出し、化け物の身体に巻き付いた。

『ゔぁああ"ぁああっ!!う、ごけないぃいい!!』

「覚悟はいいな?」

 遼介はひと言だけ低く怒気を孕んだ声で言い放つと、握りしめていた右の拳を思い切り振りかぶって助走をつけ全体重を乗せるように相手の顔面に振り下ろした。

『いぃいいいっ!!』

「お前は今、動くことも出来ない」

『やめでぇえ、いやだぁああ、いたい、いたぃいい』

「圧倒的な力を前に、反撃もままならない」

 翔太はぐ、と更に力を入れた遼介の右の拳に薄っすらとだが黒い何かの欠片を見つけて驚いた。てっきり無くしたのだと思っていた黒水晶の欠片は既に、遼介の拳の中に吸収されていたのだ。

 逆流して流れ込んでくるようなエネルギーを糧にして、遼介は今度は男の反対側の頬に一発、続けざまに腹に十数発を叩き込み、氷を思わせるような酷く冷たい目で崩れ落ち、這いずろうとする男を見下ろした。

「逃げるなよ、もっと味わえ……骨の髄まで恐怖を染み渡らせろ……お前に助けなど来ない」

『ひぃっ』

 男を殴るその度に流れ込んでくるのは、この男の生前の行いだった。女の子には嫌がらせをして相手にされず気持ちが悪いと避けられ、友人も出来ず男からも蔑まれ、誰も味方のいない中で堕ちた性欲が無抵抗で無力で純粋な子どもへ、歪んだ形で向けられてしまった事。

 嫌だと言う子の足を折り、逃げられないようにして発散するように暴力を振るった事。

「お前の生き方、考え、顔も性格も何もかもを否定してやる。……ゲス野郎」

『やぁああ"ぁああ!!いだいぃいいい!!!』

 痛いやめろと藻掻く男を遼介は許さなかった。動けない身体を足で押さえつけ、床に這いつくばった男の背中に数十発拳を振り下ろすとその髪の毛を掴んで容赦なく床に叩きつける。ぶちゅ、と嫌な音がして派手に血が飛んだが、遼介は気にしている様子もない。

 ずっと不安げに見守っていた葵が吐き気を催す程の光景に、翔太は思わずごくりと息を呑んだ。

「あいつ……やばいんとちゃうか……?」

「うぇっ、ど、どーしちゃったんだよりょーすけ……!!」

 いつもの彼ではない、言うならば何かのリミッターのようなものが外れてしまっているかのようだった。止めるべきか否か、翔太には判断がつかない。だがこのままでは確実に遼介は"戻ってこれない"のではないかという恐怖に二人が戦慄したその時











「りょーちゃん!!」














  

  

 

 




 バタン、と車のドアが閉まる音と共に聞き慣れた声がして翔太と葵は振り返る。帝の弟である太牙を自分の家に保護した後で、遼介から送られてきた位置情報を元にタクシーで追いかけてきたらしいユウキは、工場内の惨状を目にして両手で口を覆った。

「ゆう、き……」

「りょーちゃん……!!」

 ユウキの声を聞いた瞬間に遼介が周囲に巻き散らかしていた強烈な殺意がまたたく間に消えていく。その瞬間を狙って、翔太は自らの胸の前で九字を切った。

「六根清浄急急如律令」

 言い放った呪文は陰陽道に通じる最強の呪文である。悪霊を祓い、自分たちを護衛するための呪文は煤けた男の周りの炎と同化してメラメラと激しく男を燃やす。

 耳障りな悲鳴を上げて焼かれていく男を葵は呆然としながら見つめ、遼介は何が起こったのかと翔太の方を見つめる。

「……地獄の炎に焼かれて死ねや、お前にはええ末路やろ」

 翔太がそう吐き捨てた時には男は煤一つも残らないまま炎に焼かれて落ちていく夕日とともに消え失せた。

 ユウキは慌てたようにその場から飛び出すと、気を失っている帝や拓真に駆け寄る。

「酷い怪我……っ、救急車呼ばなきゃ……!」

 直ぐに呼ぶね、とスマホを取り出して緊急通報しようとしたユウキの身体を後ろから突然遼介が抱き締めた。

「ユウキ、……っゆう、き……」

「うん……辛かったね……大丈夫、もう……大丈夫だよ」

 俺が来たから、と柔らかい声色でユウキが告げた途端に遼介はスイッチが切れたかのようにガクン、と項垂れそのまま意識を失った。

 





 

  

 

 


 全身の打撲で入院を余儀なくされた帝と拓真、そして意識を失った遼介は全員仲良く同じ部屋のベッドに寝かされ絶対安静を言い渡されていた。

 未だ目を覚まさない帝、拓真、遼介の三人を見舞いに訪れたユウキたちは病院の待合室のベンチに並んで座る。

「これ……あのさ、間違いなく……帝が拓真をボコッたって勘違いされるやつ、だよな??大丈夫かな!?」

 警察に連れてかれたりしない??と心配する葵にユウキは黙り込む。何を聞けばよいのか、そもそもあそこで何があったというのか、見えないユウキには理解しようがなかった。

 ベンチに浅く腰掛け自販機で買った缶のジュースを葵とユウキに渡しながら、翔太は呑気に欠伸をする。

「それやったら安心しぃや、俺がとっておきの言い訳さっき考えといたから」

「……どんなやつ?」

「工場内に忍び込んで皆でかくれんぼしとったら上から鉄材落ちてきて巻き込まれましたーいうやつ」

「ちょっ、駄目じゃね!?それ俺たち全員怒られるパターンのやつじゃん!!!」

「何言うてんねんここまで来たら俺ら全員一蓮托生、運命共同体やろが……!!」

 と、まるで漫才のようにやいやい言い始めた二人を黙って見ていたユウキは、ふぅとため息をついてからパンッと勢いよく両手を合わせて二人を交互に見つめた。

「誤魔化す必要なんかないよ、大和くんが誘拐されそうになって抵抗しましたって言おう」

「でもなぁ、……犯人、もう死んでるんやで?悪霊の仕業でした〜!言うて、誰も信じひんやろ」

 幼い頃からずっと怪異や霊障が身近な場所にあった翔太には痛いほどわかる。幽霊がやりました、等という非現実的な事は誰も信じてくれる筈がない。

「だからだよ。誰も信じない話だからこそ本当のことを言うんだ……大和くんを襲った犯人の顔も体格も正確に。そうすれば警察はモンタージュ写真を作る、それが事件前に死んだ犯人だとなれば……余程暇じゃない限りそれ以上の言及はしてこないんじゃないかな」

「……警察を混乱に陥れるっちゅうわけか?」

 はぁーあ、と大げさにため息を吐いて翔太は手の中で転がしていた缶ジュースのプルタブに指を引っ掛けると、それを開けて缶を傾けた。

「……前から聞きたかったんやけど」

「何?」

「ユウちゃんは、見えへん人やのに遼介の事は信じるん?」

「信じるよ、だってりょーちゃんは嘘をつくような人じゃないから」

 少しだけ意地悪な質問をしたというのにユウキは何処までも真っ直ぐに、只管に遼介という幼馴染みを信頼していた。

「そーだよなぁ、俺もさぁ拓真もだと思うんだけど、薄っすら何か見えるよーになってきてて、りょーすけの影響だって言うなら、ユウキはなんで幽霊見えねぇのかな?」

 お前ら幼馴染みじゃん?と投げかけた葵の質問には、ユウキはさぁ……と曖昧に首を傾げる。確かに小さい頃から遼介とはずっと一緒にいるが、ユウキは幽霊が見えた事は一度としてない。

「まぁ、こういうんはある意味才能も一部あるもんやからなぁ……たまたまユウちゃんには霊感がまーったく無かったっちゅう事ちゃう?」

 助け舟を出すように翔太はそれだけ言うと、缶ジュースの中身を飲み干してベンチから立ち上がった。

「それはそーと、みかちゃんの弟君たちはユウちゃんの家におるん?」

「あぁ、うん……みかちゃんのお母さんに連絡してうちで暫く預かりますって、お手伝いさんたちが張り切ってお世話してるよ」

「……何かそれ元の生活に戻れなさそうだなー」

 葵の危惧する通り上条家のとんでもない金持ち生活を体験したら、大和も太牙も大変なことになりそうである。元の生活に戻った時に帝が今よりずっと苦労する姿が目に浮かぶようで、葵は心のなかで合掌した。

「お、目ぇ覚ましたみたいやで」

 病室からそれぞれの家族が出て来て、医者の話を聞くために別室へ向かうのが見えた翔太が立ち上がる。釣られるように葵とユウキもベンチから立ち上がって、病室へと向かった。静かに開けたドアの向こう、3つ並んだベッドの上で見慣れた顔を見て双方にホッとする。

「みかちゃん……っ、拓真も……無事で良かった」

 入り口側にいた拓真は幸い骨は折れていないものの包帯まみれで、帝は足にヒビが入っていたらしく固定されていた。お前ら良かったなぁ!とにこにこで駆け寄る葵とユウキに、拓真は照れくさそうに微笑む。

「……ほんまに、無茶苦茶な奴やなお前は」

 翔太は遼介のベッド脇に椅子を持ち込んで座ると、静かにそう言った。大人しくベッドで上半身を起こしている遼介は、すまんと小さく謝ると続けて自分の右手を見つめる。

「見えたんだ」

「何が?」

「最後にあの男に触れた時、女の人が見えた。男に……何かを話しかけていた……そこから急に様子が変わって変貌してしまったんだ……翔太、お前……心当たりはあるか?」

 遼介が少し戸惑いながら告げた言葉に、翔太は表情を変えた。いつもの飄々とした顔は形を潜めて真剣な顔で椅子から立ち上がると、遼介へ迫る。

「どんな女やった?」

「どんな、って……普通の、髪が長くて……黒髪、だった。あぁ、あと首飾りをしてたな」

「首飾り?」

「そう、白っぽい宝石だったと思う」

 二人の会話を聞いていた帝は、翔太がその女の風貌を聞いた瞬間に掌に爪が食い込むほど強く拳を握り締めているのを見てしまう。一体どうしたのかとハラハラ事の成り行きを見守る拓真たちを一瞥してから、帝は気怠げに口を開いた。

「こんな巻き込まれまくって今更、お前らを危険な目に合わせるわけにはなんて言い訳が通じると思ってんのかてめぇは。……全部話せ、洗いざらい全部だ」

「みかちゃん……」

「ユウキの事も巻き込んでやれよ、そういうとこ気ぃ利かねぇんだよお前らは」

 帝の言葉に遼介はハッとしてユウキのほうを見た。昔から遼介が幽霊が見える事は知っていても、触る事が出来て尚且つ祓う事が出来るようになってしまったことはユウキは知らない。話すべきだったと、遼介は反省した。

 全員の視線を浴びて、翔太が観念したように語り出す。

「……堀越家言うんは、ある地方では有名な陰陽師の生まれやねん。歴代当主が継いで神社のご神体を守る、その為に生まれた一族や……その末裔が俺」

「……陰陽師ってなんだ……!?」

「佐々木、それは後で俺が教えてやるから」

 翔太の言う事の8割も理解出来そうにない葵に見かねた拓真が口を挟んだ。遼介すら初めて聞いた翔太の出自に、帝は何処か納得していた。単なる神社の跡取り息子が全員あんなに不可思議な力を持っていたとしたら今頃この世は陰陽師だらけである。

「堀越家のご神体には、毎年奉納される宝物がある。それが遼介に渡した黒水晶と……もう一つが白水晶や。黒水晶には悪霊を浄化する力、白水晶にはその対となる力を増幅する力が宿っとる。……ここまで来たらもうわかるやろ?」

「その白水晶が、何者かに持ち去られたのか?」

 遼介の問いかけに翔太は無言で頷いた。陰陽師の血筋である堀越家の宝物を、何者かが盗んで悪用している。それを突き止めるために翔太は、わざわざ実家を出て関東へやってきたのである。

「じゃあ待て、白水晶はこの街で誰かが隠し持ってて今も悪用されてるかも知れねぇってことか?」

「みかちゃんの弟を狙った殺人鬼の悪霊が接触した女が白水晶を持ち去った犯人やったとしたら、今までの非やない位もっともっとヤバい悪霊がこの街に彷徨く事になる……早よ女から白水晶を奪い返さなあかん」

 翔太はそう言うと、椅子からスッと立ち上がって遼介たちの方を向いて潔く頭を下げた。





「お前らを巻き込む形になってまうのはほんまにすまん……!!協力してくれへんか」





 重苦しい空気が病室に流れた。あの殺人鬼以上のヤバい悪霊と出会って、自分たちは無事で居られるのだろうか。はいそうですか協力します、とはやはり誰も口火を切れないでいた時、静かに遼介が口を開いた。

「頭を上げろよ翔太」

「……っでも」

「そんな事しなくたって、俺はとっくに覚悟できてる」

「遼介……」

 小学2年生の時車に轢かれて幽霊が見えるようになってから、遼介はずっと己の見える力でどうにか人を、幽霊を、助けてあげられないかと思っていた。

 その力をくれたのは、間違いなく翔太だ。

「……一緒に白水晶を探そう」

「はい!!はいはいはい!!俺も!俺もやる!!」

 遼介の次に勢いよく手を挙げて、元気よく返事をしたのは葵だ。驚いた顔で翔太に見つめられた葵は、あっけらかんとした顔で答えた。

「だってさ俺、りょーすけとしょーたに……みんなに、助けてもらったから……だから、今度は俺が助ける番!!」

「それを言われたら、俺も断るわけには行かないな」

 葵の言葉に続けて拓真が自らの意思を表明する。包帯塗れの指先が、決意を表すようにベッドの掛け布団をつかんだ。

「ったく、世話の焼けるアホどもだな」

「みかちゃん……」

「……相談すんのが遅せぇんだよ」

 もっと早く言えと帝は呆れたように告げて、翔太から視線を逸らしながら長い茶髪をかき上げる。全員の視線がユウキに向くと、肝心のユウキは優しくふわりと笑った。

「俺に出来る事があるのなら、喜んで協力するよ」

「……ユウちゃん……!!ほんまにええ男やな!!」

「ちょっ、ちょっと待て翔太!!ユウキに抱きつくのはナシだ!!!!」

 照れ隠しでガバッとユウキに抱きついた翔太の背中に、遼介は手を伸ばして必死に止めようとする。その姿を見て爆笑する葵と、くすくす笑う拓真と、ジト目で三人を見守る帝と、ここから彼らの荒く険しく甘酸っぱいアオハルが、始まったのである。

 

  

 

 

 

 

to beContinued

 

  

 




  

 

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