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アオハルデッドライン 12




 アオハルデッドライン







 12








 


 込み上げる血の味に、飲み込もうとした残滓が喉の奥からせり上がるような嫌な感触がして翔太は咄嗟に己の口を覆い隠す。ごぽ、と掌にぶち撒けられた血の塊が砂の上に落ちる音に葵が気が付いて振り返った。

「……っ翔太……!!」

 その声に釣られるようにその場の全員の視線が翔太を捉える。警察に自首をしに行くという美琴を見送っていたその場の全員に衝撃が走った。

「しょーちゃんっ……!」

「翔太、お前どうしたんだ」

 次々に近付いてくる足音と声が、遠ざかっていくような気がする。ふらついて立っていられない足を何とか踏ん張って倒れまいとしている翔太の目の前に、影が見えた。

 顔を上げれば、複雑そうな顔をした帝がいて思わず安堵した翔太はその肩に己の額を寄せる。

「……そないな顔されたら、っ……ぶっ倒れそうや……」

「バカ言え」

 服が血で汚れるのも厭わずに、帝はただ倒れ込んでくる翔太の肩を支えた。帝はそれを本能で知っている、何かを殴れば手が痛み、思い切り蹴り上げれば足が痛むのと同じに、翔太もユウキも遼介も"何か"と引き換えにしてその能力を使っているのだ、という事を。

「……一人で抱え込んでんじゃねぇよ、おめぇも」

「はは……説教されてしもたな」

 憎まれ口にきっちり応酬して、翔太はそのまま吸い込まれるかのように気を失った。ユウキが呼んだ救急車によって病院へ運ばれた翔太は、集中治療室へと運び込まれる。

 手術中のランプが赤く点灯するのを見上げながら、祈るように全員で待合室の椅子に腰掛けた。

「無茶、してたのかな……翔太肝心なとこは俺らに何も話してくんねぇからさ」

 ぽつりと話始めた葵の声に、拓真は顔を上げる。あまりに遠い世界の事だと思っていたからこそ、拓真も葵も気が付けなかった。翔太が自分たちが思うよりもずっと、無茶をしていたのだということに。

「遼介は、気付いていたのか?」

 拓真の言葉に遼介はため息交じりにあぁ、と答える。

「何となく薄っすらとだが、翔太が余程のピンチでない限り術を使いたがらないのは……きっと理由があるんだと思っていた……血を吐くとは思ってなかったが」

 陰陽師の術で悪霊を退治できるのならば、最初から遼介を頼るような事は翔太はしなかっただろう。霊力を持つ遼介に除霊をさせ続けたのは、連続して術を使えばこうなると本人が理解していたからだ。

「……病院から、親御さんに連絡取れないかって言われたんだけど荷物の中の身分証明書に書かれた住所が、こっちで借りてるマンションの住所でさ……今学校に問い合わせてるんだけど……しょーちゃん、一人暮らしだったのかな……」

 基本的に親の同意さえあれば一人暮らしは可能だが、18才未満でマンションを借りる事は法律上不可能だとユウキは首を傾げた。何処かの誰かと同居しているなら別だがそんな話は翔太から聞いたことがない。

「意図的にはぐらかして言おうとしなかったのは翔太なんだ、お前が責任感じる必要なんかねぇよ」

「……みかちゃん……」

「聞いたところであいつが素直に言うと思うか?」

 どうして今まで翔太について深く掘り下げて聞こうとしなかったのかと自分を責めるユウキに、帝はぶっきらぼうにそう言いながら天井を見上げた。

 暫くすると翔太の保護者代理だという三十代くらいの男性が来て、医療的な手続きを全て終えた後に待合室にいた遼介たちに1枚の封筒を手渡した。

「……何ですか、これ」

「朝ごはんがまだでしょうから、そちらでどうか賄ってくれと当主より伝言です」

「翔太の、ご家族の方は来られないんですか?」

「当主は大変多忙な身でして、京都からこちらへ来るのはもう2、3日必要なので私が急遽代理で参りました」

 弁護士のものです、と名乗った男性に遼介たちは唖然とした。神社の顧問弁護士だと名乗る男性は封筒と共に名刺を1枚差し出す。そこには、堀越家顧問弁護士 棚倉修 と書かれていた。

「何かあればそちらの番号におかけください」

 事務的にそう言う棚倉の言葉に誰も何も返答できないでいた時、不意に椅子から立ち上がった帝が遼介の手から封筒を奪い取った。中身を見ることもせずに、帝はその封筒を弁護士の棚倉へ突き返す。

「いらねぇから持って帰れよ」

「……しかし」

「あんたらにどんな事情があるかは知らねぇけど、そんなもん受け取る為にあいつを助けたわけじゃねぇから」

 その強い意思が宿った目で棚倉を睨みつける帝を制して、遼介はきっぱりと拒否の姿勢を示した。

「彼の言う通りこのお金は受け取ることが出来ません。お持ち帰りください」

「……わかりました」

 それでは、と封筒を丁寧にビジネスカバンにしまって深々と頭を下げ出て行った棚倉の姿を見送った後、葵が突然目をうるうるさせて立ち上がり、背伸びして帝の頭をわしわしと撫で回した。

「帝ぉ〜!俺は感動したよ……!!お前、何だかんだ言って翔太の事大好きだったんだな……!!」

「……手ぇ退けろ猿、俺は別にあいつを好きじゃねぇ」

「嘘つけぇ!」

 と丁々発止とやり合う二人を見ていた遼介が、ん?と訝しげに顎に手を当てて考え込んでから口を開く。

「キスまでしてたのにか?帝、そういうところはちゃんとしたほうがいいぞ?」

「キス!?!?」

 突如として落とされた爆弾に、その場面を拓真に目を塞がれていたせいで見ていなかった葵が驚愕し、ユウキはハラハラしながら拓真と帝を交互に見て、拓真は居た堪れなさに青ざめた。当の帝は指摘された事実に耳を赤く染めて、ぐ、と言い淀んだ後で言い訳のように小さな声で呟く。

「あれはっ、仕返しみてぇなもんだし……!!殴られたら殴り返すだろ、それと同じだ……!!」

「え?って事は帝、しょーたにちゅーされたの!?」

 遼介の天然発言と葵の核心を突くひと言のせいで追い詰められた帝から衝撃の事実を知ることになった4人はあんぐりを口を開けた。

「しっ、知らねぇよ翔太に聞け!!!!」

 結局ブチ切れて翔太に責任を押し付けた帝にやいやいと葵と遼介が質問をぶつける空間には居辛くなって、拓真は飲み物を買ってくると言って待合室を出た。

 廊下に設置されている自販機で飲み物を買って、取り出し口から取るためにしゃがみ込んだ拓真はそのまま取り出したお茶のペットボトルを抱えてふぅ、とため息を吐く。

「どうしたの?ため息なんてついちゃって」

「……ユウキ……」

 追いかけてきたのか、いつの間にか隣に同じようにしゃがみ込んでいたのはユウキだった。

「俺……最低なんだ」

「どうして?」

「翔太に、嫉妬してる」

 いつだって翔太は飄々としていて、こんな事は何ともないと言わんばかりに振る舞って、誰かの為に傷つくことを本当は厭わない。勝てない、と拓真はこれまでの付き合いで嫌というほど思い知っていた。

 帝を好きという気持ちを自覚したばかりなのに、翔太がライバルとはあまりに強力すぎる。胸のなかに渦巻くような黒い気持ちを吐き出した拓真の背中に、そっとユウキは寄り添うように手を添えた。

「俺は、嫉妬したっていいと思うよ」

「え、……?」

「嫉妬するって事はそれをどうにかしたいと拓真が思ってるって事でしょ?なら、今抱えてるその感情を超えられるように、次もっと頑張ればいい」

 挑み続ける限りいつかは勝てる、俺はそう思うよとやけに泥臭い根性論がユウキの口から出てきた事に拓真は驚いて目を丸くした。

「しょーちゃんが全部持ってるとは限らない、拓真にしか持ち得ないものも絶対あるんだよ」

「俺が……持ってるもの……」

「それをゆっくり探していけばいいんじゃない?」

 不思議とユウキのその柔らかい声は心地よく、拓真の心の奥にじんと響くようだった。

「……うん……そうだな」

 落ち込んでばかりもいられないと立ち上がった拓真はもう、燻ってなどいなかった。最低じゃないよと背中を押されたような気がして、心のなかに光が差すような感覚がした。

「ユウキ、ありがと」

「いいえ、どういたしまして」

 ユウキに礼をいうと、拓真は背を向けて待合室の方へと戻っていった。







 翔太が意識を取り戻したのはその日の夕方頃のことだった。付きっきりで待合室にいた5人が面会してもよいと許可を貰って病室に入ると、病室のベッドでケロッとした顔をした翔太がヒラヒラと軽く手を振る。

 飛びつくようにその身体に抱きついたのは、葵だった。

「お前ぇ!!めちゃくちゃ心配したんだぞ!!!ほんとに!!!!コノヤロー!!!」

「痛たたたたぁっ、ちょお、熱烈な歓迎はええんやけど痛い!!やめぇや痛いて!!」

「ごめん!!!!」

 鼻水を垂らして翔太をバンバン叩く葵を制して、遼介が病室の椅子に座る。

「軽度ではあるが内臓のいくつかが、ひしゃげたように潰れてたって先生が言ってた。助かったのは奇跡的だって」

「はは、図太いなぁ俺の身体も」

「はぐらかさずに答えてくれ……翔太、お前陰陽師の術を使うと、代償を支払わなければならないのか?」

 遼介の真剣な眼差しに、これ以上は誤魔化しておけないのだと察したのか翔太は軽く息を吐いて視線を逸らす。

「……堀越家に生まれた以上、こうなるんは覚悟の上や」

「翔太……」

「呪文を使って色んなもん呼び出すって事はそれに代償が必ず伴う。遼介も薄々気付いてたやろ、お前の場合は怒りの感情でリミッターが外れてしもて罪悪感が消え失せる」

 黒水晶の齎す浄化の力は凄まじく、その欠片が埋まった遼介の精神性に深く関わってくるのだと翔太は話た。確かに、帝と拓真が倉庫で化け物に襲われた時、遼介はユウキの呼びかけがなければあそこで完全に壊れてしまっていただろう。

「俺は、術を使う度に身体ん中に支障が出る」

「……んだよそれ」

 低い声が病室に響いて、全員がハッとして拓真を振り返った。拓真は知っている、翔太が自分を足止めするために一回、それから帝を助けるために雷を落とすために一回、そして自分たちをその雷から守るために一回、合計三回も術を使った事を。その代償が、内臓がひしゃげたように潰れるものだというのなら、そんな残酷な事はない。

「何だよ……っ、カッコつけんなよ!!」

「……拓真」

「それで、っ、お前が死んだらどうするんだよ!俺たちが、喜ぶとでも思ったのか!?」

「落ち着けバカ……!!」

 悔しくて堪らなくて病室ということも忘れて泣き叫ぶように翔太へ食ってかかる拓真を、帝が後ろから羽交い締めにして止める。そうしなければ拓真は翔太の襟首を掴んで、激怒していただろう。

「っ、死ぬなよ」

「たくちゃん……」

「死ぬな……!!!そんな風に守られたって嬉しくも何ともない……無茶する前にっ、頼ってくれよ……!!!」

 一言頼って欲しかった。あの時、拓真の動きを封じて危険な真似をしないようにするんじゃなくて、一緒についてきてくれと言われたかった。言われなかった自分が心底憎くて、悔しくて、拓真は込み上げる涙もそのままに声を裏返してそう訴えた。

 帝は力なく項垂れる拓真の頭をぽんぽんと後ろから撫でてやる。その悔しさを帝もまた、知っているから。

「翔太、俺もお前たちに教えられた。"守る"って事は自分の命も含めて守るって事なんだと。仲間に頼ることは、決して難しいことじゃないんだと」

 遼介の何処か力強い声は、翔太に自分たちを頼って欲しいとそう訴えていた。もう一人ではないのだと、そう言われていると気付いて翔太は目を開く。

「俺たちの事信じてるなら、もっと頼ってくれよ」

 何処までも真っ直ぐに届く葵の声に、観念したように翔太は項垂れて照れくさそうにその緩やかなウェーブの掛かった金糸をかき上げた。

「……すまんかった」

 その光景を、眩しそうに目を細めて慈しむようにユウキが見ている。拓真を慰めていた帝が、ドサッと遠慮なくベッドの足元へ腰掛けたかと思うと翔太の額に思いっきりデコピンを食らわせた。

「いっ、つぅ〜っ!!何すんのん!?」

「人のケツ触ったの、許してねぇからな」

「今それ言う!?感動的な一場面やったやん!!」

「うるせぇセクハラ野郎」

 んべ、と舌を出してからかう帝と、珍しくからかわれている翔太という図に楽しくなった葵が乗っかっていつもの光景が病室に広がる。

「ねぇ、それじゃあさ……翔太が退院する日に快気祝いで皆で夏祭りに行かない?」

「ユウキ……」

「お医者さんが退院のスケジュール教えてくれたじゃない?丁度その日、夏祭りがあるんだよね」

 じゃん、と言いながらユウキが見せてくれたスマホには、館下浦区の大々的な夏祭りの開催日時が書かれたホームページが写っていた。館下浦では毎年、数十件の出店が出る大規模な夏祭りが行われており祭りの最後は約二千発の花火が上がる事で有名なのだ。

「行く行く!!皆でさぁ、浴衣着て行こーぜ浴衣!!」

「私服でいいだろ別に」

「だーめだって、特別な事は特別な衣装着ないと!雰囲気出ねぇだろ!?」

 浴衣を渋る帝に葵はぷく、と片頬を膨らませ抗議した。うちに浴衣なんてあったかなと考え込んでいる拓真を他所に、遼介とユウキは思わず顔を見合わせる。







 翔太の退院は2週間後の日曜日、まさに館下浦夏祭り2026 の開催日だった。時刻は17時、夕日の沈みかける駅の待ち合わせ場所に一番最初に到着したのは遼介とユウキの二人だった。遼介の濃紺の渋いストライプ柄の浴衣は、祭りに行くと言うと母親と姉二人が張り切って用意したもので、町内会の団扇まで持たされたらしく所在なさげに団扇が帯に挟まっている。

 ユウキはというと、白を基調とした上品な生地に金糸で金魚の刺繍が入った上等な浴衣を使用人が用意したらしく黒の帯には同じように黒い糸で流水文が描かれていた。何処からどう見ても高校生が着れるものではなく値段を聞くのも恐ろしい。緩やかなウェーブを描く髪の毛は落ちてこないようにとサイドをピンで留められている。

「おーいっ!!りょーすけ〜!ユウキ〜!!お待たせっ!」

「あれ?葵お前、浴衣じゃないのか……?」

 次に待ち合わせ場所に現れたのは、ダークグレーの甚平を着た葵と茶系の麻で作られたシンプルな浴衣姿の拓真だった。浴衣を着てこなかったのかと遼介に聞かれた葵はケロッとした顔で頷く。

「俺ん家浴衣なくてさ〜、甚平ならじいちゃんのあるって言うからこれお下がり!」

「そうなんだ、似合ってるね」

 ユウキに褒められた事でニヤニヤしながら思い切り照れている事を隠そうともしない葵をジト目で見つつ、拓真は母親に買ってもらった浴衣がちゃんと着れているのか気掛かりらしくしきりに後ろを振り返る。

「ユウキのその浴衣ちょー綺麗……何か、蝶々みたい……な!?遼介もそう思うだろ!?」

「あ、あぁ……」

 遼介は葵にそう問いかけられて頷くと、改めて隣のユウキを見つめた。派手な柄ではないがユウキの柔らかさを引き立てるような質の良い生地は、何の知識もない高校生から見ても良く似合っているのがわかる。

「……綺麗だ」

 思わずといった風に呟いた遼介を葵は相変わらずニヤニヤしながら見て、隣の拓真の腕をぺちぺちと叩く。

「ふふふ、綺麗だって、聞きました?今の」

「……うん……綺麗だよな……」

「何お前まで見惚れてんの!?」

 今そういう話じゃないじゃん!と突っ込まれたが拓真には葵の言いたいことがいまいち良くわかっていない。

 そうこうしているうちに、今度は時間ぴったりに帝が気怠そうに下駄を鳴らして現れた。

「帝〜!!こっちこっち!」

「人混みん中で大声出すな、てかお前言い出しっぺのくせに浴衣じゃねぇのかよ」

 はしゃいで大声を出す葵の姿に、帝は呆れたようにその脳天に手刀を入れる。黒地に金色の糸で裾の方に一匹の鯉が昇る様子が描かれた浴衣に白い帯を適当に結んだスタイルの帝は、長い茶髪を一つに結んでいた。

 中々普段見られないその姿に、拓真は思わず口をぽかんと開けて顔が熱くなる。拓真の気も知らずに、葵は帝の第一印象をそのままあっけらかんと告げた。

「帝の浴衣こそ……ホストみたいだな?!」

「誰がホストだコラ、しばくぞてめぇ……!!」

「似合ってるな、何か何処かの組の若頭みたいだ」

「お前それ褒めてると本気で思ってんのか??」

 腕を組んで真顔でヤクザみたいだなと言い放った遼介に、帝はこめかみに青筋を浮かべつつ応戦した。どんなコメントを言うべきか考えているうちに拓真は、帝と目が合ってしまって慌てたように口を開いた。

「は、迫力あって……美人だと、思う……っ」

「……浴衣の話してんじゃねぇのか?」

 何言ってんだお前?とまともに突っ込まれて、更にパニックになりそうな拓真を見兼ねてユウキが口を挟んだ。

「帝の容姿に遜色ない浴衣だって言いたかったんだよね?」

「そ、そう……それだ……!!」

「まぁ……お前も似合ってんじゃね?」

 綿ではなく麻の涼し気な浴衣というところが、実に拓真らしいと帝は評する。ギクシャクした雰囲気が流れたその時、待ち合わせ時間に2分ほど遅れて颯爽とやってきたのは、黒地に派手で燃えるような赤い糸で金魚が描かれたド派手な浴衣を着こなす翔太の姿だった。

「皆さんお揃いで〜、何や随分と盛り上がってるやん」

「翔太……!!」

「すっげー!!派手だなぁお前の浴衣……!!」

 カランコロンと鳴らす下駄の鼻緒も赤く、その金髪に近い茶髪に負けずとも劣らない派手さは流石のコーディネートである。高身長二人が黒い浴衣なせいで、待ち合わせ場所でとんでもない量の視線を浴びている事に誰も気が付かない。

「みかちゃん、お揃っちやねぇ?てか随分と色気が凄まじいんやけど、この辺の女子取って喰おうとしてへん?」

「してねぇよお前と一緒にすんな」

「……任侠の世界に生きてへんよね?」

「お前もう一回病院送りにしてやろうか?」

 帝のキレツッコミにもヘラヘラと笑っているくせに、ふわりとその一纏めにした髪の毛に触れる翔太の手はまるで壊れ物に触れるかのように繊細だった。

「ええなぁ、今度三つ編みさしてよ」

「誰がさせるかボケ」

「はいはい!俺、一番最初は射的って心に決めてんだよ、他やりたいもんあるやついるー??」

 放っておいたら延々と続きそうなやり取りを思い切り横槍を入れてぶち壊したのは葵で、拓真は思わず拝み倒したくなった。流石の陽キャぶりである。

「俺……お祭り初めてなんだけど、他にどんなのがあるの?」

「マジかよ……ユウキ行ったことないの!?」

「て、テレビでは見たことあるんだけど……その、あれだよね、金魚とかすくうやつ!」

「何年前の話をしてんだお前は……」

 今までお祭りとは縁もゆかりもなかったというユウキの天然っぷりに、毎年遊びに来ている葵や弟たちを連れて何回か来ているらしい帝は驚きを隠せない。

「金魚はいねぇんだよユウキ〜、今はなスーパーボールすくいかな!後はヨーヨーとか!」

「えぇえ……そうなの……?」

「残念だったなユウキ、金魚欲しかったのか……?」

「見てみたかったなって思っただけだよ、琉金とらんちゅう……あと土佐金」

 遼介の問いかけにユウキが金魚の品種を並べ立てたが、葵は頭の上にハテナが浮かび、拓真はあちゃーと頭を抱えた。

「ユウキ……それはあまりに高額だから祭りの露店には並んでないと思う……」

「そ、そうだよね」

「店出しとる側が赤字になってまうでそんなん」

 と、話しながら歩いているうちに祭りの会場へと辿り着いた。館下浦の夏祭りは神社ではなく商店街で行われており、所謂歩行者天国と呼ばれる通りが6番街まで続く長い商店街が出店している。

 食品店はそのまま軒並み百円でチョコバナナ、りんごあめ、わたあめに焼きそば、たこ焼きやポテトなどを売り、服屋やおもちゃ屋などがくじ引き、射的、スーパーボールすくいなどの遊びを提供しているのだ。

「射的!やろーぜ!!」

 はしゃいでいる葵の後を追いかけて、6人は射的屋へと入る。奥の方に三段段差があり、そこに大小様々な景品が並べられているのをおもちゃのピストルで弾き落とす昔ながらの祭りの遊びだ。一度に挑戦出来るのは三名まで、と言われたので葵、拓真、帝の三人が最初にプレイする事になった。

「よぉーっし、取るぞ」

「……上手く出来るか不安しかない……」

「そう簡単に取れたら苦労しねぇだろ」

 一回のプレイで使える弾数は5発である。おもちゃのピストルに弾を込めると、早速葵が片目を閉じて照準を絞った。ポンッという小気味いい音と共に飛び出した弾は、5発中2個が見事ボンタンアメに当たって倒れた。

「やった〜!!」

「っだぁ〜っくそ、銃口曲がってんじゃねぇのかこれ??」

 喜びあらわに飛び跳ねる葵の隣で、帝はなんと5発全弾を思いっきり外していた。

「みかちゃん、エイム下手くそやなぁ〜」

「はぁ!?うるせぇし!!」

 嬉々として帝をからかいに来た翔太の嬉しそうな声をバックに、拓真はピストルを構える。なるべく真っ直ぐに手を伸ばして、自分の視線がぶれない位置で構えると拓真はなんと一発でプラモデルの空箱を撃ち当てた。

「……ぇ?」

「すっげぇえ〜!!!」

 ちょっぴり興奮でズレたメガネをくい、と指で押し上げて拓真は続けてなんと高額なゲームソフトの空箱へ狙いを定める。ポンッという音ではなくバシュッと小気味よく空を切る破裂音をさせて跳んで行った弾は見事、空箱の上の絶妙な位置に当たってゲームソフトの空箱が転がり落ちた。

「……嘘やん、プロちゃう……?」

「拓真、狙撃が得意なんだな」

 後方で腕を組んで見ていた遼介の関心した声に、拓真はちょっと自慢げに振り返る。

「……え、FPSやってるから、こういうの得意なんだ」

 早口でそう言うと、拓真は射的屋のおじさんから受け取った商品2つを凄い速さで帝へと押し付けた。

「は?」

「これ!弟くんたちに……その、帝、さっきからこれとこれを狙ってたみたい、だったから」

 隣で全弾外していた帝の弾道から、何を狙っていたのかまで分析していたらしい。ユウキが凄い……!と小さく拍手しているのを見て、帝はその商品を受け取り拓真から視線を逸らしつつ少し顔を赤らめた。

「……サンキュ」

 まさか店の前で渋るわけにもいかず素直に受け取ってもらえた事に拓真は満足気に顔を綻ばせる。次にプレイするのは遼介、翔太、ユウキの三人だ。

「これは風向きとかそういうのは関係しているんだろうか?今は西側から東側にかけて風が吹いているけど、そうなるとやや右側に銃口を傾けた方が……」

「いやそういう話とちゃうと思うねんけど」

「りょーちゃん、頭カチコチなとこあるから……」

 こういうのはセンスやろ、と独自論を述べる翔太に遼介は納得いっていないのか訝しげに首を傾げた。案の定余計な計算をしまくった遼介は全弾をあらぬ方向へ飛ばし、翔太はなんとその弾に弾かれる形で一発だけが漸くラムネに当たる、という虚しい結果に終わる。

「……何故だ」

「お前の頭がカッチコチやねんて!!何やねんあの弾……!!後ろの壁に穴開いてもうたやん!!」

 と、二人がやいやい騒いでいる横で、何気なくふんわりと構えた銃口からパシュ、と鋭い音をさせてユウキの放った弾が女の子もののシュシュに当たる。次に間髪入れず有名なキャラクターの描かれたトランプを撃ち当て、ピカピカ光るプラスチックのコップ、駄菓子セット、最後に拓真の取ったものとは違うゲームソフトを撃ち当てた。

「……ぜ、全弾当たっとる……」

「ユウキ、凄いな……ハワイか何処かで練習でもしたのか?」

「ハワイで練習はしてないかな」

 えへへ、と笑ったユウキに葵がすげぇーじゃん!とキャッキャとはしゃいでいるその背後で、翔太は取ったラムネの駄菓子をひょいと帝の手の上に乗せた。

「……いや、何だよお前まで」

「弟くんたち、心配してはったんとちゃう?愛しいお兄ちゃんと夏休み離れ離れなって寂しいやろ。せやからこれは弟くんに貢ぎ物」

 ほんまは連れてきたかったんやろ?と見透かしたように言って、翔太はラムネの駄菓子をカラカラと鳴らす。お前の取ったやつじゃねぇかと返そうと思ったが止めて、帝はスタスタと歩くと数軒先のカラフルなジュース屋さんへ入った。

「おっちゃん、ラムネ3つ」

「あいよ」

 氷と水のたっぷりと入った店先のケースの中から、おじさんがキンキンに冷えたラムネの瓶を3つ出して、帝へ料金と引き換えに手渡す。中にビー玉の入った、カラカラと音のなる綺麗な夏の風物詩ラムネのジュースをの一つを口に咥えて、帝は拓真と翔太の二人に残りの二本を差し出した。

「え?」

「……何ぃ?これ」

「礼だよ礼、奢られっぱなしは性に合わねぇんだ」

 拓真と翔太は顔を見合わせて、嬉しそうに顔を綻ばせると帝からラムネを受け取った。俺も俺も!と葵が同じラムネを買うのを見て、ユウキが楽しそうに遼介へ聞く。

「これどうやって飲むの?」

「あぁ、これはビー玉を押すんだ」

「……俺も飲んでみたい」

「うん、じゃあ皆で飲もう」

 結局人数分のラムネを買って、出店から少し離れた場所ではそれを開封した。行灯の並ぶきらびやかな商店街の片隅で、シュワシュワと弾けるラムネが眩い程美味しかった事をきっとこの先も、忘れる事はないだろう。

 カラカラと小気味よい音を鳴らすラムネに口をつける帝を感傷に浸りながら眺めていた翔太は、その睫毛を伏せた。

(初めは、アホなやつやと思った)

(先輩の呼び出し律儀についてって、遼介に庇われてぽかんとしとって)

 口も悪くて、誤解を受けやすいやつだとそう思った。目をつけられないようにするならいくらでもやり方があるだろうに、不器用なバカだと。

 だが帝を知るうちに、その誠実さと筋を通す性格の裏で沢山のものを一人で抱えている事に気が付いた。同じだと思った。家に振り回され傷ついて、誰にも期待することをやめた自分とよく似ている、と。

 なのに、帝は傷付いても尚信じることをやめなかった。秘密を抱えて隠す遼介やユウキを、信じ続ける道を選んだ。嘘や誤魔化しが嫌いな、帝らしい選択肢だと思った。その選択肢を翔太は守ってやりたいと思っている。

(調子狂わされて)

(何もかも全部、燃やし尽くされとるみたいや)

 翔太の中で諦めてきたいくつもの何かを、見捨てるしかなかった選択肢を、拾い上げたくなるほどの熱。

 ぼうっと眺めていると不意に視界に茶色い髪が揺れて、隣に帝が来たのだとわかる。

「……痛むのか?」

「ん?何がぁ?」

「傷、痛むのかよ」

 ちょっとぶっきらぼうに、それでも少しの心配を滲ませた声色に堪らなくなる。手で触れてこの場から連れ出せたら、二人だけしかいない世界で、生きられたら。

 無意味な事を考えた、と翔太は静かに首を横に振って水色のガラス容器の中のラムネをごくりと飲み干した。

「痛い言うたら、肩でも貸してくれはるん?」

「てめぇはほんと皮肉しか言えねぇのな」

「みかちゃんに言われたないわ」

「……貸してやってもいい」

 翔太の方を全く見ていない帝は、敢えて会話していない風を装って騒いでいる遼介たちには気付かれないようにしてくれているのだ。不器用すぎる気遣いに翔太の顔が綻んで、コツンとその肩に額を押し当てるように寄りかかる。

「……またホモやって言われてもええの?」

「言わせとけ、もう手遅れだろ」

「それどっちの意味ぃ?」

 翔太の問いかけには答えずに、帝は飲み干した後のラムネの空き瓶を揺らしてカラカラと鳴らす。やけに静かな二人を遠巻きに見つめていたユウキの目の前に、古風なひょっとこの面がにゅっと出て来て驚けば、近くの露店でお面を買ったらしい遼介が笑いながらお面を外した。

「りょーちゃん、いつの間にそれ買ったの?」

「お祭りの定番といえばお面だろ?」

 そう言うと遼介はもう一個お揃いで買ったらしい白地にピンクで模様の描かれた狐面をユウキの頭に被せてやる。

「……これで少しは狐面が、ユウキを守ってくれるといいな」

「どういう意味?」

「綺麗すぎて神様に連れて行かれたら大変だ」

 あまりに天然で口説いてくる遼介に、ユウキは珍しくほんのり頬を桃色に染めて唇を尖らせた。もうそろそろ花火始まるらしいと言いに来た葵は、露店で買ったらしいホッカホカのたこ焼きをふぅふぅと冷ましている。

「あ!たこ焼きだぁ」

「ユウキも食う?これあっちぃぞ〜?」

 ほい!と葵が爪楊枝の先に刺したたこ焼きからほくほくと立ちのぼる湯気を、ユウキはふぅーっと吹いて一口齧った。

「アチッ」

「あぁ、ユウちゃんそない焦ったらあかんで」

 いつの間にか翔太がユウキのそばに来ていて、ふと振り返れば近くの露店で買ったらしいトルネードポテトなるものを持った拓真が帝に話しかけていた。

「食べてみる?」

「……フライドポテトと何が違ぇんだ?」

「何か違うかも知れないだろ?」

 はい、と拓真が差し出したトルネードポテトに、帝は少し解れてきたサイドの髪の毛を耳にかけながら食いついた。受け取るかと思ったのにいきなり食いつかれた事に拓真は驚いて、耳を真っ赤に染める。

「……しょっぺぇ」

「ぽ、ポテト食べた感想それ!?」

「美味い」

 もぐもぐ咀嚼しながら帝がそう言うと拓真は心底嬉しそうに笑いながら自分もポテトを食べようとしてはた、と止まる。このまま齧りつけば、間違いなくあれである。

 そう、拓真が今の今まで一度も体験したことがない、"関節キス"になってしまう。ボッと火がついたように顔を真っ赤にして固まってしまった拓真を遠目に見て、不思議そうに葵が首を傾げた。

「どったのあれ?」

「頑張っとんねん、邪魔せんといたり」

 俺にもたこ焼きくれや、と翔太は葵の手から爪楊枝を奪うとたこ焼きを自分の口のなかに放り込んだ。

 その瞬間、ヒューという音と共に漆黒の夜空に満開の花が咲く。弾けるような爆発音が腹の底に響くような気がして、全員が空を見上げた。

「お、始まった!」

 次から次へと打ち上げられては夜空を彩る火花が、刹那の時を意味しているようだった。散っていくオレンジ色の残り火すら美しい。

 "また来年も来ような"とは、誰も言い出せなかった。それを言ってしまえば、来年は来れなくなりそうな気がして。

 願えば、引き裂かれてしまうような気がして。






(……神様)

(いるならどうかこの時を)

(永遠に閉じ込めておきたい)







 願ったのは誰の声か

 誰も知らない。





 





 to be Continued







 

 

 

  

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  








 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

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