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アオハルデッドライン 13




 アオハルデッドライン






 13







 長いようで短い夏休みを終えると、二学期がやってくる。やれテストだ何だと勉強に追われてつかの間の平和を味わっていた時に、災害級の厄災が訪れた。

「葵〜、行ってまうでー?」

「わわっ、ちょっと待てって……!!」

 下校しようと玄関でかち合った葵と翔太の二人は途中まで一緒に帰ることになり、置いていかれそうになった葵が慌てたように外靴に足を突っ込んで翔太を追いかける。

「もぉ〜、最悪だよ俺ぇ、明日から補習なんだけど」

「そらそうやろ、テストの点数全部平均点以下やったやん」

「くっそぉ、全教科満点だったこいつ……!!」

「天才って呼んで」

 ふ、と煽るように笑う翔太に葵は悔しそうに歯噛みした。夏の終わりの匂い漂う夕暮れの街並みを、葵は弾むように歩きながら楽しそうに笑う。

「秋つったら文化祭だろ〜?俺超楽しみ!!」

「テストのことはもうええん?」

「言うなよそういうの!カジノ喫茶俺楽しみにしてんだぁ」

 葵たちのクラスは文化祭の催しがすでに決まっていて、カジノコンセプトの喫茶店の準備が少しずつ始まった所だ。ディーラー役に選ばれている遼介、拓真、帝、翔太の4人は連日実はカジノのルールについてを頭に叩き込んでいる。

「良い文化祭にしよーなっ!」

「はいはい」

 因みに葵はカジノのルール把握が難しい為、奥のキッチンから物を運ぶウェイター役である。ユウキに至っては女子たちの満場一致でディーラーでもウェイターでもなく何故かメイド服を着させられる羽目になっていた。

『……あれは、どうにか止めさせられないのか』

『無理だ往生際悪りぃな諦めろ』

 ユウキが女子たちによって女装させられるという事実に耐えきれていない遼介の肩を帝が叩いて諦めさせたのが記憶に新しい。ノリで結局男子全員にメイクをし始めたクラスの女子たちの手によって、モデルも真っ青なド派手メイクを施され不満げに腕を組んでいた帝を思い出して翔太はぷは、と笑ってしまう。

「しょーた、どしたの?」

「ふ"ふ、……っ、女子にメイクさせられとったみかちゃん思い出してしもたやん……」

「あはははは、あれな〜!!似合ってたよなぁ、目のとこ紫に塗られて悪役レスラーみてぇになってた」

「メイクが顔に負ける言うて女子が絶望しとったな」

 嫌がりそうなのに女子から頼まれた事もあって無下に出来なかった帝の不器用さに、葵も翔太も笑いが止まらない。

 ゲラゲラ笑っていた二人の肩を不意にがし、と後ろから掴まれて葵と翔太はブリキの人形のようにギギギとゆっくり後ろを振り返った。

「……誰が悪役レスラーだって?」

「み、みかちゃん……」

「帝ぉ……っ!」

 いつの間にか後ろにいて話を聞いていたらしい帝が、こめかみに青筋を浮かべて二人を見下ろしている。ボキボキと準備運動のように鳴らされている拳に、葵は一目散に逃げ出したが翔太は逃げ遅れた。

「あぁ?てめぇ、もう一回病院に戻りてぇみたいだな?」

「嫌やなぁ、冗談やん……じょーだん……」

 帝の手が翔太の襟首を掴み上げ、至近距離まで顔を近付けられた翔太は降参!とばかりに両手を上げる。

「ごめんて!!」

「ごめんで済んだら警察いらねぇんだよっ!!」

「ギャー!!」

 その時翔太の断末魔の悲鳴を聞きつつ内心でごめんと謝りながら立ち止まった葵の丁度目の前に、一台の車が止まった。きらびやかに夕日を反射する黒いボディ、止まる動作も滑らかなその車種はリムジン、高級車である。

「ほぇ〜、リムジンって俺初めて見たぁ……」

「ちょっ、葵見てへんで助け……」

 助けろや、と言いかけた翔太の動きが止まった。滑らかな動きでリムジンの後部座席の窓が開いて中から現れたのは、目も奪われるような美人だった。

 儚い色白の肌は陶器のようで、長いまつげは人形かと思うほどびっしりその大きな目を縁取っている。す、と通った鼻筋に、美しい流線を描く唇、翔太に似た金色のボリュームある髪の毛はサイドで三つ編みになっていて、豪華な金箔をあしらった赤い着物を着ていた彼女は、葵を一瞥もせずにその奥にいる翔太へと話しかけた。

「……翔太くん、元気そうで何よりやわぁ」

「……花音……」

「「花音……??」」

 知り合いなのかと葵と帝が二人を交互に見ると、花音と呼ばれた和風美人は愛想笑いを浮かべて二人へ軽く会釈をする。翔太だけはこの場でニコリともせずに、睨みつけるように花音を見つめていた。

「何しに来たんや」

「あらぁ、婚約者を目の前にその言い草はないんやない?それとも、他に女でもおるんとちゃいますやろなぁ?」

「……こっ、こ、こここ婚約者!?」

 びっくりしすぎて最早大きな目が零れ落ちそうなほど目を見開いた葵の言葉に、翔太はやれやれと言わんばかりに後頭部を掻いた。

「いつの話しとんねん」

「照れてはるんやねぇ、翔太くん。でも、無断で堀越の家飛び出してしもて、えらい大騒ぎになったんよ?」

「お前の許可取った覚えはないわ」

 基本的に交友関係が広く女子人気が高い翔太にしては珍しい程の塩対応に葵と帝は思わず顔を見合わせる。

 花音はぷく、と愛らしく頬を膨らませると翔太の手に何か紙のようなものを握らせた。

「漸く見つけた思ったらこないなとこに居てはるんやもん、私もおんなじ高校、転校さしてもろたからね」

「はぁ!?」

「安生よろしゅうお願いします」

 呆気にとられる翔太を置いてけぼりにして、リムジンは颯爽と窓を閉めて走って行ってしまった。ち、と舌打ちをした翔太の肩に今度は葵と帝の手が乗る。

「今の美女何者だよ説明しろよぉ!!」

「逃さねぇぞてめぇ」

 あちゃぁ、と頭を抱え込みたくなったが、既に後の祭りである。翔太は葵と帝を誘って近所のファストフード店へと説明の為に寄らなければならなくなった。

「せやから、小ちゃい頃に決められた許嫁やねんて。それ以上もそれ以下もない、幼馴染みみたいなもんや」

 頼んだグランテサイズのコーラをストローで啜りながら不満気に説明を始める翔太の目の前で、葵は頼んだダブルチーズのハンバーガーを頬いっぱいに頬張った。

「許嫁かぁ、そっかお前ん家も坊っちゃんみてぇなもんだもんなぁ……あんな可愛いのに、翔太が婚約者かぁ……」

「おい、何か文句あるんか?」

「嫉妬で気ぃ狂いそう!お前女の子と仲いいし!!」

 呑気にキャッキャと笑う葵の隣で、帝は頼んだアイスコーヒーのブラックを胃に流し込んでいる。無言のまま翔太をジト目で見ている視線が痛い。

「……な、なんなん、みかちゃん……」

「いやぁ?将来決まった女いるくせに男にチューするような奴だったんだなぁって思ってるだけだが??」

「くっ……その事まだ根に持ってはったん?」

「そーだそーだ!しょーたは責任取らなきゃなんないぞ!」

 面白そうに葵が茶化すのを睨んで、翔太は何と誤魔化せば良いのか思案する。誂う目的でキスをしたのは言うまでもないが、今は帝に対して本気なのだ。まさかそんな事を言って軽蔑されてしまうのだけは避けたい。

「花音は」

「どうしたんだ珍しいな?三人揃って」

 翔太の話を遮るような声に、葵と帝は顔を上げる。ファストフード店のトレーを持って席の前に立っているのは、紛う事なき遼介の姿だった。後ろにはユウキと拓真がいる。どうやら三人も帰り道に寄り道をしていたらしい。

 今の話を一番聞かせてはいけないクソ真面目堅物モンスターな遼介の登場に、翔太は思わずげ、と口にした。

「りょーすけじゃん!ちょっと聞けよ、しょーたもがっ」

「ええって今はその話は!!」

 ペラペラ喋り出そうとする葵の口を向かい側から必死に塞いだが、隣の帝の口を塞ぐ事は叶わなかった。

「聞けよ遼介、こいつ婚約者というものがいながらいろんな女侍らせて挙げ句俺にちゅーしたんだぞ許せるか?」

「みかちゃんっ!」

「「……婚約者??」」

 

 







 結局ユウキや拓真、遼介にも花音の事を話さなくてはならなくなった翔太は実に気まずそうに壁に寄りかかりながら出来るだけ身体を小さくして婚約者の事を暴露した。

「……その年でもう結婚相手が決められてるのか……」

 可哀想だな何かと花音側に寄り添う発言をした拓真は、内心ちょっとだけホッとしたのだが顔には出さなかった。

「ゆ、ユウちゃんとこは?婚約者みたいなの決められてたりせぇへんの?」

「俺のとこはそういう人は居ないなぁ……何回かお呼ばれしたパーティで挨拶をしてくれたご令嬢は居たけど、皆それっきりというか……」

「ユウキの美貌見たら自信とかなくなっちゃうよな〜」

 上条家のご子息だと勇んで挨拶に言ってユウキが出てきたら、並大抵の女子はその神々しさに身を引くだろう。男で美人というのも中々に大変だ。

「翔太、確かに家同士の決め事とは言え女性とそういうお付き合いがあるのなら、帝とのことはどうするつもりなのかちゃんと話し合った方がいいんじゃないか?」

「おいそこでなんで俺が出てくんだよ」

「チューのことふっかけたんはみかちゃんやろ」

「二人が付き合っている事を俺たちは何とも思ってない、趣味嗜好をどうこういうつもりもない、だが、婚約者がいるのに帝に手を出していたんだとするなら_」

 遼介のなかでは翔太と帝が既に付き合っていることになっているのを知って拓真は飲んでいた爽健美茶を思い切り吹き出してしまい、目の前の葵の顔面にクリーンヒットした。

「ちょっ、拓真ぁ!?」

「ご、ご、ごめん!!」

 ティッシュティッシュ、と慌てる拓真の隣で、遼介は淡々と翔太を問い詰めている。

「帝とのことは遊びだったのなら、それはいけないと思う」

「……いつの間にかこいつの中で俺が弄ばれた感じになってんじゃねぇか、どうなってんだお前の幼馴染み」

 ボソ、とツッコミを入れた帝の隣で葵にハンカチを貸してやっていたユウキが苦笑いをこぼす。

「りょーちゃん、こういう恋愛系に疎いから……」

 遼介のクソ真面目発言にタジタジになりながらも翔太は何とか話の終着点はないかと口を開いた。

「あんなぁ、遼介、キスしたくらいで責任取るいうんはちょっと話が飛躍しすぎやで?」

「そんな事はない、事故でないなら責任は取るべきだ」

「……せやったらユウちゃんが誰かにちゅ~されて責任取る!って付き合うてしもてもええん?」

「……それは駄目だ」

 思わず脊髄反射で返答してしまった遼介に翔太はニヤリと笑って話を畳み掛ける。

「ほうら、そうやろ?遼介が言うてるのはそういう事やで?俺とみかちゃんの事には干渉せんでええの」

「だが帝と付き合いつつ婚約者とも仲良くするのは宜しくない、ちゃんとけじめはつけるべきだ」

「煙に巻こうとしたのにそこまだ掘り返すんや……?」

 当事者のはずなのに何処か他人事のようにアイスコーヒーを飲み終えた帝は、頬杖をつきながら窓の外に視線をやった。白い軽自動車が一台、店の外に止まっている。駐車場は裏側なので、どうやら路上駐車をしているようだ。

 ふと視線を移せば、店のカウンターの所に三十代くらいの男性が立っていて4歳か5歳くらいの女の子の手を引いて何か注文をしている。車の後部座席にはチャイルドシートがあって、そこには赤子がすやすやと眠っていた。

 眠った赤子を起こさないように、長女だけを連れてファストフードを買いに店内へ入ったのだろう。あの軽自動車の持ち主は三十代くらいの男性だと推定した。

 だが何か強烈な違和感がある。何かがおかしい、と思ったその時だった。

「……ん?」

 刹那、突如としてボンッと大きな爆発音がして店内が騒然とする。帝が視線を窓に移すと、先ほどの白い軽自動車のボンネットから黒い煙が立ち上っていた。

「え、嘘……!?何あれ!?」

「ちょっ、え?燃えてない?あの車……!!」

 その光景を見るや否や、帝は一目散に走り出す。遼介たちも後を追いかけるようにして店外へと出た。煌々と燃え盛る白い軽自動車に怯むことなく帝は後部座席のドアに手をかける。だが車は完全にロックされていた。

「ッ、鍵かかってやがる……!!」

 見る見るうちに炎の海と化すその光景に呆気にとられているカウンターに立っている男性の元まで走っていては間に合わない。翔太は店の外に置かれていた園芸用のスコップを持つと、フロントガラスの左上の隅っこを狙って思い切り振り下ろす。メリ、とヒビが入った瞬間に遼介がフロントガラスを蹴り砕き、帝が救出に後部座席へ潜り込んだ。

「ユウキ!消防署へ通報してくれ!!」

「わかった!」

 ユウキが通報している間に葵と拓真は店の中へ入り、店員からありったけの消火器を受け取るとノズルを炎へ向けて思い切っりレバーを引いた。

 噴出された消火剤が炎を弱めている所に、帝がチャイルドシートの赤子を無事に救出して燃え盛る軽自動車の後部座席から転がり出てくる。

「みかちゃん……!!」

「子ども頼んだ……っ!まだいる、中に」

「え?」

 帝から赤子を受け取った翔太はその言葉に訝しげに首を傾げる。チャイルドシートは一つだけという点に、帝は違和感を覚えていたのだ。通常5歳児もチャイルドシートを使用しているはず、ならば軽自動車の中にあるべきチャイルドシートは二つだが、乗っていたのは赤子のチャイルドシートだけだった。つまりあの男が連れている5歳くらいの女児はチャイルドシートを使用していなかったということになる。

「遼介!手伝え、中にまだ人がいる!!」

「どういうことだ!?」

「頭から血ぃ流した女だよ、……その子の母親だ多分」

 は、として振り返るより先に遼介は低い声で拓真に指示をした。状況から察するに、あのカウンターの所にいる男性は父親ではない可能性がある。

「拓真、店の中の男性を引き留めろ……できるだけ長く!」

「りょ、了解……!」

 遼介はそれだけ言い残して帝と共に燃え盛る車の中へと足を踏み入れた。砕け散ったフロントガラスを慎重に踏んで中に入れば、帝の言うとおり小柄な女性が後部座席の下に寝かせられていた。頭部からは出血しており、意識がない。

「っ、死んでるのか……?」

「まだ辛うじて息はある」

 微かにだが女性の胸が上下しているのを見て遼介は決意を固めた。救出をするためには彼女を抱えて前側から出ねばならない、赤子とは違って小柄とはいえ大人だ。二人で抱き抱えるべきだと判断して、遼介は頭側を、帝が足側を持って車から脱出しようと話した。

「帝、時間がないなるべく速やかにやろう」

「任せとけ」

「行くぞ」

 そうして遼介と帝が女性を抱えた、瞬間だった。女性の背中からシュルシュルと音を立てて植物のツタのようなものが全身に広がっていく。

「な、んだ……っ!?」

「遼介っ!」

 段々と薄気味悪く広がったツタの先に実った何かの膨らみのようなものに嫌な予感がした帝が女性から手を離し、遼介の前に立ちはだかったその刹那パァン、と破裂した実の中から出てきた鋭利なものが帝の肩口に刺さる。

「っ帝!!!」

「る、っせぇ、こんなん大したことねぇよ!脱出するぞ!」

 煙で充満する車内では帝がどんな怪我を負ったのかわからず、言われるがままに遼介はツタが巻き付いたままの女性を帝と共に車内から救出した。

 すぐさま二人の元へ駆けつけた葵とユウキの二人が、帝を見て絶句する。破裂した何かが直撃したと思われる左肩のあたりから、ボタボタと血が垂れ流れているのだ。

「みかちゃん……っ!」

「帝お前っ……!」

 ガラス片が刺さったのかと駆け寄る二人を制して、帝はすぐさま車から離れるように叫んだ。

「ガソリンに引火する、っ、離れろ……!!」

 だが次の瞬間には車から漏れ出したガソリンに引火した炎が、爆発音と共に高く舞い上がり衝撃波で葵、ユウキ、遼介、帝の4人は吹っ飛んだ。咄嗟に女性を帝に託してユウキの頭を庇うようにして倒れ込んだ遼介、自分の判断で頭を抱えてしゃがみ込んだ葵、そして意識のない女性を庇った帝が地面に伏せる様を見てしまった拓真と翔太は、引き止めていた男の事などなりふり構わず店の外へ飛び出す。

「っ、……遼介!!ユウキ!!葵……っ帝……!!」

「嘘やろ何やこれ……っ……爆発したんか!?」

 平和な昼下がりの日常はあっという間に地獄絵図と化した。店前にまで充満する煙のなかで、翔太は血を流して倒れている帝を発見して息を呑む。

「_っ、みかちゃん……!!!!」

 ぐったりしている帝をその場から抱き起こして、翔太は震える手でゆっくりとその長い髪を掻き分けた。傷口を止血しようとして見つけてしまった"それ"に、翔太は目を見開く。

「翔太……っ、遼介もユウキも葵も無事だ……!!翔太、帝は……!?」

「……あかん」

「え……?」

 遼介たちを助け起こした拓真は、翔太の言葉に信じがたいことを聞いたかのように頬を引き攣らせる。

「っ、呪詛や」

「じゅ、呪詛?」

「種を……植え付けられとる……っ!!」

 翔太はその傷口に見覚えがあった。帝の肩口に突き刺さっていたのは植物の種のようなもので、そこからまるで根を張るように帝の首筋を伝い顎付近まで伸びている。

「オン マカラギャ バゾロ……」

 何とかその呪詛を食い止めようと呪文を唱え始めた翔太の手を、意識を失っていたはずの帝がぱし、と止めた。

「みかちゃん……」

「ば、かやろ……また、病院に戻り、てぇのかよ」

 薄っすらと開いた瞳が気怠そうに翔太を見上げ、誂うように無理に片頬を吊り上げた。

「せやけどこのままやったら……!!」

 気合でなんとかなる、と翔太の術を拒んだ帝が起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。ガクン、と崩れ落ちた身体を咄嗟に拓真が支えた。

「帝……っ……!」

「はぁっ……は、っ……や、べぇなこりゃ……」

「動かないほうがいい、今救急車も来るから……!!」

「身体、っ……熱ちぃ、……」

 は、は、と短く息を吸うが呼吸が出来ている気がしない、大量に出血しているはずなのに身体は冷えるどころか燃えるように熱く、帝は息を乱しながら拓真に寄りかかる。

「翔太、呪詛だと今言ったな?俺の黒水晶で何とかならないのか……!?」

「ならん……これだけは、今までで最低最悪の呪詛や」

 帝を助けられないかと遼介が自らの手で浄化する事を提案したが翔太は俯いたまま首を横に振った。

「おい翔太……帝、どうしちゃったんだよ!?」

「翔太……教えてくれ、これは何だ?」

「"種"や。まんまそのとおり植物の形をした呪詛……弾き飛ばされた種に寄生されて、養分になるんよ」

 翔太の言葉にユウキは堪らず己の口を両手で覆い隠し、葵はぽかんと口を開けたまま固まった。

「助かる、のか」

 震える声の主は拓真だった。真っ赤に充血した目が、翔太を捉えて離さない。

「助かるんだよな……そうだよな翔太……っ!!」

 悲痛な拓真の声に翔太は応えられない。並大抵の呪いには必ず人の手が加わっている、鬼にしかり人魚にしかり元は人間の願いや思いがねじ曲がってしまったものだ。だが植物には意思がない、翔太の呪術が効かないのである。

「……っ……ぅ……あ……っ……」

 拓真の腕の中でビクン、と帝の身体が跳ねた。埋め込まれた種の周囲が不気味にとくんと波打ち、帝は齎される激痛にのた打ち回る。

「っみかちゃん……!!」

 駆け寄ろうとしたユウキを遼介が片手で止めた。まだ呪詛の全貌がわかっていないのに不用意に近付くのは危険だと判断したのだ。

「……ある」

「え?」

「一個だけ、対抗手段がある……!!」

 思い出した、と翔太は不意に顔を上げて遼介たちを振り返った。間違いなく最低最悪の呪詛を、呪詛返し出来る人間を一人翔太は知っている。




 

「一条花音や」







 京都に古くから存在する一条という苗字は、その高い階級を意味していると言われている。赤子と小さな女の子、それから母親らしき女性を救急隊に託すと翔太たちは出会った時に渡された紙に書かれた住所までやってきた。

 恐らく京都から引っ越す際に誰かの別荘地を丸ごと買い取ったのだろう。絢爛豪華な日本家屋のインターホンを押せば、一人の女の子が姿を現す。

「……翔太さん」

 艶やかな黒髪をサイドで綺麗に編み込み、切り揃えられた前髪からは零れ落ちんばかりの大きな目が覗く、慎ましい唇は桜色で、花音とは色違いの美しい青い着物を纏った女の子は翔太を見るなり驚いたように目を見開いた。

「詩音ちゃん、悪いんやけど花音おる?」

「お姉様やったらお部屋におります……その方は?」

「緊急事態なんよ、取り次いでもらえる?」

 翔太と遼介の二人に両サイドから抱えられるようにしてぐったりと頭を垂れている帝を見た詩音と呼ばれた女の子は、直ぐに表情を変えると上がってくださいと6人を招き入れた。

「奥の座敷に布団敷きますんで、そこに……」

「すまん、ありがとう」

「お邪魔します」

 律儀に詩音に頭を下げた遼介と共に、翔太は通された奥の座敷へ進むと詩音によって敷かれた布団の上に帝を寝かせる。人数分の座布団をテキパキと詩音が用意しているところへ、別の部屋から件の花音側に登場した。

「どないしたん、こんな時間に……」

「お姉様」

 会った時とは違う紫色の着物に身を包んだ花音は、状況を見るやいなや驚いた様子で帝の頭側に膝を折った。苦しそうに呻きながら熱に浮かされ喘ぐ帝の額に手をやってから、髪の毛を掻き分け傷口を確認する。

「……種……」

「どうやら呪詛を埋め込まれたみたいで、俺の術も黒水晶も効かん……お前なら、何とか出来るやろ……?」

 花音は翔太の言葉にはぁ、とため息を吐くと心配そうに自分の方を見つめている遼介たちを見回した。

「詩音、桶にお神酒とタオル用意しぃ。そっちの力強そうな人、何人か手伝ってくれはる?」

「俺、でいいのか?」

 花音に指を差された遼介が聞けば翔太が無言で頷いた。花音の指示で小さな木桶にお神酒と呼ばれる神様に捧げられた酒のを持ってきた詩音が白い襷を花音に手渡せば、花音はその襷を唇に咥えてあっという間に着物に掛け結んだ。

「手足を暴れんように拘束してください」

「わかった」

 言われた通りに遼介は帝の両手を押さえつける。足の方は葵と拓真が片方ずつ押さえる事にした。花音はタオルにたっぷりとお神酒を染み込ませ絞ると、帝の肩口にある傷口をそのタオルで拭う。

「ぅあ"っ……ぐ、……っ……!」

「舌噛んだらあかんよ」

 そう言うともう一枚のタオルを縦に畳んだ物を、花音は帝の唇を指でこじ開けて噛ませた。そして、桶と同じ盆の上に乗せられていた剃刀のようなものを手にする。

「……詩音、祈祷始め」

「はい」

 花音の言葉に妹の詩音は、その場で印を結びながら何かお経のようなものを唱え始めた。剃刀を手にした花音は、その刃先を帝の肩口に滑らせる。

「んん"ぅ〜っ……!!!!!」

 ぐ、と傷口に深く食いこむ刃の衝撃と痛みに帝が暴れ始めるのを、遼介は必死に抑え込んだ。布団を蹴るように暴れる両足に葵と拓真がしがみつく。

 翔太はその光景を見つめながら、詩音と同じ経を唱え始める。見る見るうちに布団には血が広がって、帝の額には脂汗が浮かんでいた。

「っ、帝……頑張れ……」

 祈るような拓真の声に葵はハッとして顔を上げて、噛み締めていた唇を解く。

「頑張れ……!!帝、っ、ぜってー助かるから……!!」

「帝、帰って来い……家族が、俺たちが待ってる……!!」

 遼介は凄惨な傷口からひとつも目をそらさずに力強くそう語りかけた。並大抵の人間ならば意識を飛ばしかねない猛烈な痛みなのに、帝は意識を失うことなくその声掛けに短くコクリと頷く。

「みかちゃん……っ……」

 ユウキは堪らず遼介の押さえている帝の手を、柔らかく握りしめた。その瞬間少しだけ痛みが和らいで、帝の抵抗が減る。花音は剃刀の刃で抉るように何かを取り出すと、それをお神酒の注がれた桶に入れた。

「……ふぅ、とりあえずはこれで、命は無事です」

 花音はそういいながら剃刀を置いて、帝の肩口をタオルで押さえ止血する。命は無事、という言葉を聞いた瞬間拓真はその場にへたり込んでボロボロと涙をこぼした。

「っ、助かったんだ……良かった、良かった……帝……!」

「なぁ、この傷口ってどーなんの?」

「呪詛やからね、いずれ綺麗に塞がります」

 葵の疑問に花音はそう淡々と答えて、襷を着物から外すと今度はお神酒のなかの種へと片手を翳して何か呪文を唱え始める。止血は詩音が代わりに行い、帝は意識がぷつんと途切れたようにその場で気を失った。

「この種について、翔太くんはどのくらい知ってはるん?」

「エグい呪詛やからな、説明出来る範囲しか伝えてへんよ」

「……ほんなら私の口から説明しましょうか」

 その方が皆さんも納得しはりますやろ、と言われて遼介たちは顔を見合わせる。人に無差別に種を植え付けて養分にする、という事しか聞いていなかった遼介たちの方へ座り直すと花音はその長いまつげを伏せた。

「この種は、正しく意志のない呪詛や。動くものに無差別に反応してツタを伸ばし飛ばした種を人間に植え付け、養分にして育ちます。養分にされた人間は……"繁殖"を始める」

「は……んしょく……??」

「そうやないと種をばら撒けへんからね。動物も植物も皆同じやろ、種の保存の為に繁殖する。植物やと受粉なんやけどこれは人に寄生する植物やから、繁殖しようとするんよ」

「ちょっと待ってくれ」

 花音の説明を横から遼介が遮る。嫌な予感が腹の底に渦巻いているようだった。

「帝は、助かったんじゃないのか」

「これやから一般人は頭がお花畑なんよ、物理的に種を取っても"毒"は体内に残らはる、完全に除去するんはうちらかて無理や……"繁殖"止めるんやったら、呪詛を生み出した人間に返さなあきません」

「それが呪詛返し、や」

 つまり帝の体内から種を取り出したとしてもそれを持ち主に返さなければ、毒が残ったままという事だ。種から生み出される繁殖の為の毒とは何か、答えに辿り着いたのはごくりと息を呑んだ葵一人だった。

「な、なぁ、もしかしてそれってさ、帝が……子作りしようとする、ってこと?」

「残念やけど、そういうことやねぇ……呪詛返しの相手を見つけな、この人は無差別に人を襲わはるかも知れへんのや」

「じゃあこの家にいては危険なんじゃないか?」

「何言うてはりますの、襲われるのは男やで」

 ピシャリと遼介の問いかけに答えた花音の言葉に、全員が固まった。てっきり帝は男なので繁殖の相手となるならば女の子だろうと判断したのだが、どうやらそうはいかないらしい。翔太は花音の言葉の後を継いで、言い難かった事を遼介たちへ話し始める。

「種は例外なく全部メスや、寄生されとったのも母親……女やったやろ。普通は、女の子が寄生される呪詛やねん」

「帝が女の子になるってことか……!?」

「葵流石にそれは違うんじゃないかな……」

 頭の中がクエスチョンマークだらけの葵にユウキが柔らかくツッコミを入れる。漸く花音の話の意味を理解したらしい拓真が遅れてボンッと爆発するように全身を真っ赤に染めた。遼介だけは真面目な顔で、翔太の方を見ている。

「……つまり、帝が繁殖行為をしようとする前に、俺たちはこの呪いの元を突き止めなきゃならない、ということか?」

「まぁ、そうなるなぁ」

「なるほど、理解した」

 本当に理解したのかは疑問だが、恐らく戦力は分散されるだろうと遼介の指示を仰いでいると彼の口からはとんでもない言葉が飛び出た。

「翔太はここに残れ」

「……はぁ?」

「帝が繁殖行為に及ぼうとした時に力尽くで止める人間が必要だ、拓真や葵、ユウキでは力及ばないだろう。俺かお前のどちらかが残るのが筋だ……翔太、帝の恋人なんだろ?」

 しれっとした顔でこの場の数人の地雷を踏みつけた遼介に、ユウキは頭を抱えた。鈍感もここまでくると最早殺傷力の高い武器のようなものだ。

「……こい、びと、……?」

「い、いや、ちゃうねんこれは遼介が勘違いしとってやな……」

「どういう事ですのん!?」

 細い眉毛を吊り上げて翔太に詰め寄る花音に、詩音がまぁまぁと割って入る。葵はいち早く俺知らねーと視線をそらして他人のふりをした。

「ま、待ってくれ遼介……っ……」

「拓真……?」

 礼儀正しく正座をしていた膝の上の手をぎゅっと固く握りしめて、拓真は意を決したように顔を上げる。

「俺も、残っていいか」

 これは嫉妬ではない、と拓真は自分に言い聞かせた。きっと遼介たちと行っても自分は帝が気掛かりで集中出来ないと判断したのだ。

「りょーちゃん、拓真もここに残してあげて」

「……ユウキ」

「しょーちゃんが無茶しようとした時、止める役が必要でしょ?」

 帝が心配で居ても立ってもいられない拓真の心情をユウキは痛いほど理解している。もしも拓真の立場が自分だったのなら、帝ではなく遼介が種を埋め込まれていたら、きっと断られても側にいたいと思っただろう。

「わかった」

 ユウキの願いを聞き入れた遼介は、直ぐにでも捜索を始めようと葵とユウキと共に花音の家を出ていく事となった。玄関先でじゃあなと遼介たちを見送った翔太に、花音はす、とその目を細める。

「種を取り除くだけならまだしも呪詛返しまで頼まれるんやったら、それ相応の対価が必要やねぇ?」

「……わかっとる」

 拓真と詩音の二人がいないことを確認した花音は、何も言わぬ翔太の背中に縋るように抱きついた。

「帰ってきて翔太くん……っ、翔太くんのその代償を肩代わり出来るんは私だけなんやで……!!」

「花音……」

「せやったら……!!」

 翔太はわかっていた。自身の婚約者である一条花音に呪詛返しを頼むと言うことは、彼女の最も望むものを差し出さなければならないことを。それが、"己自身である"という事も。分かっていてそれでも、帝を救うにはそれ以外の選択肢がなかった。



(潮時やな、俺も)











「花音、あんたの好きにしてええよ……俺を、"堀越翔太"を一条の家に根こそぎプレゼントしたる」








 




 to be Continued

  

 

 

  


  

 

 

 

  

 

 

 

  

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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