表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

アオハルデッドライン 10




アオハルデッドライン








 10












 山村拓真は最近とても気になっていることがある。

「ねぇねぇ最近さぁ、しょーたって帝くんと一緒にいるじゃん?あの二人めっちゃ良くない?」

「推せるよね〜!顔がいい男子はやっぱコンビがサイコー」

「わかるわかる!!」

 体育祭を終えて、平穏な日々が戻りつつある初夏。いつも通りの教室内は女子たちが最近一緒にいることが多い翔太と帝の事で賑わっていた。

 何せ迫力系美人顔の帝と、軽薄そうな見た目で秀才というギャップの塊なモテ男翔太のコンビは目立つ。身長も互いに180超えなので余計に目立つ。

「拓真、そんなに眉間に皺寄せてたら取れなくなっちゃうよ……?」

 心配そうに拓真の顔を覗き込んでくるユウキは、呑気に深く刻まれた眉間のシワをえいっ、と指で押してきた。

「……いや、ちょっと色々あって……」

 まさかの友人である二人が仲良くしていることにモヤッとしているだなんて事は言えず、拓真は誤魔化すように視線を逸らして机に頬杖をついた。

 ユウキは色々とは何だとは聞かずに、拓真の机の上に無造作に置かれていたパンフレットのようなものを覗き込んだ。

「海の家ボランティア募集……拓真、夏休みにボランティアするの?偉いねぇ」

「……えっ!?」

 たまたま机の上に出ていただけのパンフレットなのだが、ボランティアをするのかとユウキが問いかけた瞬間、昼食を購買で買い終えた葵が聞きつけて大きな声を上げた。

「海!?拓真お前海行くの〜!?良いなぁ!!」

「い、いや海に行くとは言ってな……」

「俺も行きてぇ〜!てか、皆で行かねぇ??」

 同じく葵と購買でパンを買って帰ってきた遼介は、驚いた顔をしつつ良いなと葵に賛同する。少し遅れて、自動販売機に飲み物を買いに行っていた帝と翔太も教室へと入って来て、拓真は無意識に心臓がドクンと波打った。

「帝ー!しょーたも、夏休み暇ぁ?」

 葵がぶんぶんと両手を振って二人に話しかければ、お茶のペットボトル片手に自席についた帝が少しげっそりした顔で恨みがましく葵を睨んだ。

「……暇なわけねぇだろ」

「せやで、海にプールに祭りやろ〜?後は花火大会に、旅行行くんもええなぁ……女の子とやけど」

「てめぇと一緒にすんじゃねぇよ」

 完全に女の子目当てなチャラい理由をまくし立てる翔太によって同類にされたのが気に食わなかった帝は、呆れた顔をしつつ机の上に弁当を広げた。

「そう言えば聞きたかったんだが、帝、時々持ってくる弁当は自分で作ってるのか……?」

「大和の幼稚園は火曜日と水曜日と金曜日が午前保育で給食が出ねぇから」

 遼介の疑問に帝は弁当を口にしながら答える。帝のシンプルな黒色の弁当箱の中には、メジャーな冷凍食品から手作りっぽい卵焼き、愛らしいキャラクターのかまぼこの切れ端、唐揚げが敷き詰められていた。

「ほんと帝ってギャップの塊だよなぁ……」

「ねぇ、もし良かったらなんだけど」

 そう前置きして、ユウキはとある事を帝へ提案した。

「うちの使用人さんたちがまた大和くんと太牙くんを預かりたいって……一応だけど家庭教師の先生もいるから、夏休みの宿題も見てあげられる、けど」

「……お前ん家に行ってからずーっと太牙が銀座のフルーツアイス食いたがっててこっちは大変なんだが……?」

 帝の口から出た苦労話に葵と翔太は同時にブッと吹き出して、遼介は同情の目を向ける。銀座の高級果物屋のアイスなど小学生が食べたら虜になる事は間違いなしだ。

「うーん……じゃあ、シェフに頼んで手作りの……」

「やめろシェフとか言うな……!!いいか、その辺のスーパーの駄菓子で十分なんだよ、お前うまい棒とか食った事ねぇだろ!!」

「……そんなに美味しい棒があるの?」

 こてん、と本気でわかってない顔で首を傾げたユウキに、葵と翔太は笑いが止まらず遂には腹を抱えている。帝がユウキの提案に渋っている理由に察しが付いた遼介が、助け舟を出すように口を開いた。

「帝は、ユウキの家のサービスにただ乗りする気がして嫌なんじゃないか?」

「なるほど……いいこと考えた、じゃあみかちゃんは弟くんたちを預かる代わりに俺に駄菓子を教えてよ、それならただ乗りじゃないでしょ?」

「……はぁ……わかった、不本意だがそれで手ぇ打ってやる」

 家庭のことで夏休みに遊べない帝を引っ張り出す為のユウキの作戦は見事粘り勝ちだったと言える。葵は拓真の机の上にあったパンフレットを、翔太と帝に見せた。

「拓真が海の家でボランティアやるっつーからさ、俺らも一緒にやろーぜ?」

「いや、だからやるとは言ってない……!!」

「え!?行かねぇの海!?」

「……行きます」

 海に行かないのかとショックを受ける葵に根負けする形で拓真は人生で初めて、友達との夏休みの予定を入れてしまった。海なんて小さい頃に両親に連れられて行って、顔に海の水が掛かって号泣した思い出しかない。

 水着を買わなくてはな、と思った瞬間、拓真の脳内にぶわりと帝の水着姿が思い浮かんでしまって思わず無意識に振り返って帝を視界に入れてしまった。

「……あ?」

(な、っ……何を想像してるんだ俺……!!)

 慌てたようにぶんぶんと脳内の想像を掻き消して、拓真は自分の頭がおかしくなったのかとブツブツ言いながら帝に背を向ける。

(違う、っ、きっと初めて出来た友達だから)

(舞い上がってるだけだ)

(それだけだ)

 とにかく自分のこのモヤモヤした気持ちは、持ってはいけないものだと深呼吸を繰り返す拓真の肩に帝は手をかけておい、と声をかけた。

「今ぜってぇ見たろ、シカトすんな」

「……い、いやその、……みっ」

「み?」

「……水着を……買わなきゃな、って……」

 悔し紛れにわけの分からない事を言ってしまった拓真に便乗するように、葵が俺も〜!と言い出した。何か様子が可笑しい拓真を少し後ろからじっと見ていた翔太は、何かに気が付いたのかしたり顔で会話に入ってくる。

「みかちゃん、水着はどんなん持ってんのん?参考までに聞かせて欲しいんやけどぉ」

「はぁ?……どんなんって、ふつーのだろ」

 ごく普通の海パンだろうと告げる帝に畳み掛けるように翔太はニヤニヤと笑いながらその肩に無遠慮に腕を置いた。

「ビキニ?」

「てめぇ俺を何だと思ってんだ!!」

「……ビキニって何だ?」

 そんな海パンがあるのか?と呑気に宣った遼介の、やましいことは一つも知りません!と言いたげな顔を葵と翔太、帝の三人は信じられないものを見る目で見つめる。

「えぇ……?遼介ビキニパンツ知らんの?」

「そんなパンツがあるのか?」

「待って遼介、……嘘っしょ??」

「水泳とかで見たことくらいあるやろ、あのピッタ〜ってしたブーメランみたいなパンツのことやで?ち……あでっ!!」

 完全に放送禁止用語を言いそうになった翔太の後頭部を帝が容赦なくペシッと叩く。ち?とこれまた首を傾げた遼介を他所に、葵と帝と翔太は額を突き合わせた。

「嘘やろ……童貞なん?」

「ありえねぇだろ……」

「童貞とそれは関係なくねぇ!?」

 えぇえ?と声に出しつつ三人は向かい側と前にいる遼介、ユウキ、拓真の三人を見つめてからコソコソと話始める。

「まぁあり得へん話とはちゃうか……童貞ぽいし」

「童貞関係ねぇだろそれは」

「りょーすけ、意外なとこ世間知らずだよなぁ」

 と、完全に陽キャ三人が盛り上がり始めたのを横目にこれ幸いと拓真は背中を向けた。内心助かったと思いながらも、やはり以前より少し開いてしまったように感じる帝との距離に、心はざわついている。

(友達って、何だったっけな)

(長いこといなかったせいで、正解がわからない)







 自分でも折り合いのつけられない心の靄を抱えたまま、その日はあっという間にやってきてしまった。海の家のボランティアは、館下浦区の中でも一番大きなビーチである館下浦ビーチで行われており繁忙期は観光客がやってくる為に夏休み数日間泊まり込むと何とアルバイトとしてバイト代が出る、という比較的人気なボランティアだった。

「初めまして!私、海の家の主の鍛治浦美琴です。夏休みの間宜しくね〜!」

 と、明るい雰囲気で笑う女性は鍛治浦美琴、海の家で夏の間だけ働いているという20歳の大学生だった。焼けた健康的な小麦色の肌に高い位置で結ばれたポニーテール、派手な蛍光色の水着の上に白いTシャツを着ているせいで何もかも透けて見えているのに反応したのは葵と翔太だけだった。

「……ヤバい……無茶苦茶可愛い……っ」

「ありゃ彼氏おるやろ、諦めときぃ?」

 と、女性に対して実に健康的な反応をする二人に対して、他の四人は別段気にしている様子がない。海の家に来たと言うのに完全にデニムと白いTシャツ姿の遼介に至ってはお前何しに来たんだと翔太にからかわれていた。

「住み込み希望だったよね6人とも!居住スペースは向こうの、ちょっとボロいけど民宿があるからそこ案内するね」

 何せ数日間に渡ってお世話になるので大きな荷物を抱えた六人は、美琴に案内されるまま民宿だという海岸際にある木造の家へと案内された。

 海の家からは徒歩5分程で辿り着く民宿の名前は"潮騒"、木造2階建てのごく一般的な宿屋で外には営業中の赤いのぼりが立っている。じわじわと茹だるような暑さに、拓真は一人心の中で宿屋にクーラーがあるかどうかを心配していた。

「居住スペースは2階!君たちは団体だから奥の大部屋で皆で使ってね!下の食堂はいつでも使っていいよ、うちのおばあちゃんがやってるの。あと、トイレとお風呂は別で、トイレは外ね!お風呂はちょっと行った先に銭湯あるから」

「すみません、洗濯とかはどうしたらいいですか?」

 綺麗好きな事もあって聞かずにはいられなかった拓真の言葉に、美琴はあはは、と明快に笑い飛ばす。

「最近の高校生は綺麗好きだね!コインランドリーが裏側にあるよ!民宿のバイトだって言えばタダで使えるからね」

「ありがとうございます」

 じゃあ荷物置いてきて!と言われて六人は民宿へとお邪魔すると、古びた木造の階段を登って2階の大部屋へと足を踏み入れた。俺一番真ん中!!と騒ぐ葵と、端っこがいいと主張する翔太、何処でも大丈夫かな、と笑うユウキの中で帝は黙ったまま入り口に一番近い場所に荷物を降ろす。

「帝は入り口に近いとこでいいのか?」

「寝れりゃあ何処でもいい」

「そうか、帝は何処でも寝れるタイプか」

 羨ましいなと笑う遼介に、帝はそーかぁ?と訝しげに眉頭を寄せた。それぞれに寝るところが決まって、荷物を置くと同じ階段を使って下へ降りた。踏みしめるたびギシギシと鳴るのが少し怖いが、中々に風情のある民宿である。

「それじゃ、皆に頼みたいことを割り振るね!この中で料理出来る子いる〜!?」

 美琴の軽快な声に全員の視線が帝へ向いた。そうなる事は何となく察していたのか、帝は持ってきていた黒い髪ゴムで長い髪の毛を後ろに縛る。

「そんな大層な料理は作ったことねぇけど、経験はあります」

「そっか意外だけど君なのね、オッケーじゃあ滝山くんは厨房!それから……佐々木くんと堀越くんは君たち接客、めちゃくちゃ陽キャっぽいから」

「よっしゃー!任せてよ!!」

「ええけど判断基準見た目なん……?」

 そ、れ、でぇ、と残りの拓真、遼介、ユウキを振り返った美琴はマジマジとその顔を覗き込みながら、手にしていたボールペンで役割表と思われる紙に書き込み出した。

「ユウキくんは接客、遼介くんと拓真くんは厨房かな〜」

「精一杯やらせてもらいます宜しくお願いします!!」

「りょーちゃん、堅苦しすぎて美琴さんがびっくりしてるよ……?」

 ビシッと両手を体の横に付けて真っ直ぐ九十度のお辞儀をする遼介に唖然とする美琴へ、ユウキが柔らかく助け舟を出した。接客だと言われたユウキは桜色の海パンの上にTシャツを着て更に上には水色地の葉っぱ模様が描かれたパーカーを羽織っている。派手な露出はないが、軟派な奴から守らなければ遼介に殺されると葵と翔太は結託した。

「何か君たち、謎の連帯感があるねぇ……男子っぽくて良し!そんじゃ昼のピークが来る前に色々説明するから、厨房チームこっち来て!!」

 美琴に呼ばれた三人は厨房に入ると、エプロンとバンダナを手渡される。海の家 デニーサンライズの人気メニューは勿論鉄板焼きそばと串に刺さったバーベキュー、具だくさん冷やしラーメンの3つであり、それぞれにちゃんと作り方や盛り方の説明が書いた紙が丁寧に置かれていた。

「写真も付いてるから基本はそれ見て作って皿に盛ってね、接客の子達が食券ここに置いてくれるから、それ見て何が注文入った確認して」

「はい」

「滝山くんは包丁握れそうだね、食材切るのも含めてお願いしよっかな」

「りょーかいッス」

 紺色のエプロンを腰に巻いて、後ろに一つに結んだ髪の毛を覆い隠すようにバンダナをつけると帝はまな板と包丁の置いてある方へと移動する。

 拓真と遼介は、バーベキューの串作りと、麺の茹で作業、そして盛り付けを担当することになった。

「拓真、バーベキューってやったことあるか?」

 鉄の串の前で順番通りに食材を刺す作業を言い渡された遼介が、作業工程の書かれた紙とにらめっこしながら言った。

「……それ俺に聞くのか……?」

「俺も初めて見たんだ、凄いなこの鉄の串」

 下から刺すのか?とてんで理解していない二人に不安が募って帝は思わず材料を切り始めていた手を止めた。

「ちょっと待てお前らバーベキューやった事ねぇのか!?」

「ない!うちは女性陣が多くてな、そういう外のイベント事には全然知識がないんだすまない」

「……俺も、そもそも海に来るのだって小学生ぶりで……!」

 と、悪戦苦闘している遼介と拓真に帝はマジかよ……と言いながらも、ちょっと遠くから遠隔で食材の刺し方をレクチャーしてやった。下手したら食材どころか自分の指を刺しかねない。美琴は苦笑いしつつも、宜しくね〜!と言って接客の方へと行ってしまった。

 拓真は真剣な眼差しで鉄の串に食材を刺しながら、ちら、と帝を盗み見た。慣れた手つきで器用に野菜を切る帝の垂れ目を縁取るまつ毛が意外に長い事だとか、熱くて捲ったシャツから覗く腕が筋肉質な事だとかに目が離せない。

「拓真」

「へ?」

「思いっきり串にパイナップルが刺さってるがそれ、大丈夫か……?」

「まっ、……間違えた……!!!」

 と、まるでコントのようなやり取りを繰り広げている厨房組に出してホールに出ている接客組はというと、初めてのバイトが楽しくてしょうがないらしい生粋のお坊ちゃまユウキをハラハラしながら翔太と葵が見守っていた。

「ちょっとすんませーん!」

 昼の繁忙期にやってきた客が手を挙げて呼ぶので、メモと鉛筆片手にユウキがやってくる。

「はい、ご注文ですか?」

「冷やしラーメン2つとぉ、あと冷やしパイン3つ、それから焼きそば一つと、コーラ3つね!」

「ご注文繰り返します、冷やしラーメン2つ、冷やしパイン3つ、焼きそばが一つとコーラが3つですね!」

「そうそうそう、ねぇ君、高校生?」

 程よく焼けた肌を晒して海パン一丁で海の家にやってきた三人組の男たちは、ユウキを上から下まで舐めるように見つめると連絡先教えてよ、後で一緒に遊ぼうよ、と声を掛けてくる。ユウキが丁重に断るよりも先にさっ、とその視界に翔太と葵の二人が立ちはだかった。

「えらいすんませんねぇお客さん、店員のナンパはカスハラなんで控えてもろてえぇですかぁ?」

「そーだそーだ!ユウキは忙しいんだからなッ!」

 鋭い目つきで客を見下す関西弁の翔太と、やかましくまくし立てる葵のおかげで興が冷めるのか、ユウキをナンパしようと目論む不埒な輩は次々に成敗されていく。

 最早注文を取っているというよりもユウキに近付くアホ共を蹴散らす事に命をかけている二人に、美琴は首を傾げつつもまぁいっか、と一人で納得した。

 目まぐるしい程忙しい昼食時を終えると徐々に客足は落ち着いてきて、夕方近くなると店が終わる。今日の分の働きは十分なので、日が沈むまで遊んでおいでよと美琴から提案された六人は夕焼けに染まる鮮やかな茜色の空の下、海の方へ向かって歩いていく。

「ひゃっほー!海だー!!」

 一目散に波打ち際に走っていった葵が、心底楽しそうにはしゃいで少し温めの海に入っていく。ていっと足で蹴った海のしぶきが拓真の足に掛かった。

 小さい頃に波打ち際で転んだ記憶が蘇って少し躊躇する拓真の背中を、無遠慮に帝がドンッと押す。2、3歩よろけてバランスが取れずにそのままコケた拓真は、頭から海水を被って恨めしく帝を睨み上げた。

「み、帝……やったな……?」

「ビーサン履いて海ん中入る気で来たんだろーが。入んなきゃ勿体ねぇぞ」

 に、と意地悪く笑う帝の腕を掴んで、拓真が思い切り引けば翔太が帝の足をわざと引っ掛けて転ばせ、帝は見事ずぶ濡れになる。海水で濡れた髪をかき上げた帝は、てめぇこのっ!と翔太の手を掴んで海の中に引き摺り込んだ。

「みかちゃん……やってくれるやないか」

「てめぇも濡れろ」

 一回濡れてしまえばもうどうでもよくなって、結局ずぶ濡れになりながらキャッキャとはしゃぐ四人を遠目に見ていた遼介の手を、ユウキが掴んだ。

「ん?」

「りょーちゃんも行こうよ」

「……あぁ、でも俺デニムに白シャツなんだが……」

「大丈夫大丈夫!」

 ほら!とユウキに笑いながら手を引かれればその誘惑には逆らえない。海の中に入ってきた遼介を捕まえた翔太と葵が心底楽しそうに沈めてずぶ濡れにした。

「青春だねぇ……」

 その六人の様子を、美琴が海の家から眩しそうに目を細めて見守っていた。海が真っ暗になるまで遊び尽くした六人は更衣室で着替えるとそのまま民宿の近くにあるという銭湯へ向かう。

 御年85歳のおばあちゃんが番台に立っている昔ながらの銭湯は、この周辺に住んでいる人達が愛用しているようだ。働き遊び尽くしてクタクタの体を、熱いお湯に浸かって癒やしていた時だった。

「よぅ、兄ちゃん達、海の家のバイトかい?」

「えぇ、そうです」

 気さくに話しかけてきたのは、常連と思わしきお爺さんだった。ツルツルの頭に蒸しタオルをひょいと乗せて、ひょうきんな態度で話しかけてきたので遼介も礼儀正しく答える。

「あそこ、すげぇ人気だろう?」

「……そうですね、かなり忙しかったです」

 館下浦ビーチには他にも海の家が数軒並んでいるが、美琴の美貌のおかげかデニーサンライズは随分と繁盛しているようだった。何か秘策があるんですか?と呑気に話しかけた遼介に、お爺さんはゲラゲラと笑う。

「そりゃお前さんあれだよ、セイレーンの雫ってやつを皆狙ってきてんのさ」

「……セイレーンの雫……?」

「こんくらいの天然石でね、願いが叶うっつー逸話があるんだよ。それが数年前に発見されたのが、あのデニーサンライズの側だったもんだから皆、それ探しに来てんのさ」

 お爺さんが指し示すこのくらい、とは直径5センチ程の大きさで、天然石だとするならば相当な価値があるのだろう事は石には詳しくない遼介にもわかった。

 へぇ、と隣で話を聞いていた翔太が興味深そうに話の中に入ってくる。

「海の天然石言うたらアクアマリンとか、真珠が有名やけどそれはそういうんとはちゃうの?」

「セイレーンの雫はとんでもねぇ色しててなぁ、真珠でもアクアマリンでもないっちゅー話だよ」

「とんでもない色って、どんな色なんですか?」

 鉱物として単純に興味が湧いたらしい拓真が話しかけると、お爺さんは周りを少しだけ見回してから声を潜めた。





「血みてぇな赤だって話だ。その赤が、海水に混じって茜色の空になったってのが、セイレーンの逸話だよ」

 



 不穏な話を聞いたあとで、六人は銭湯を出ると民宿へと向かった。血のような赤い鉱物とはそれは本当に天然石なのだろうかと拓真は思わず考え込んでしまって、その後も何処か夢心地のまま眠りにつく事になった。

 深夜、眠りが浅かったのが災いしたのか慣れぬ場所で目が冴えてしまった拓真は、隣の葵を起こさないようにこっそりと布団を抜け出して部屋を出ようとして気がつく。

(帝……?)

 部屋の入り口側に寝ていたはずの帝がいない。トイレだろうかと思いながら部屋を出て、暗闇の中階段を慎重に降り玄関へ向かった拓真は息を呑んだ。

「あぁ、ちゃんと帰って来っからいい子にしてろ」

 民宿の外で何処かに電話をしているらしいがその口調と言葉から、帝が留守の間にユウキの家に預けられている弟たちと電話をしているのだと悟った拓真は立ち止まる。

「……じゃあな、迷惑かけんじゃねぇぞ」

 ふ、と笑ったような声と共に通話が切れたのを見計らうように、拓真は帝に声をかけた。

「起きてたのかよ」

「ちょっと寝られなくて」

「……散歩でもすっか?」

 帝が自分を、弟たちを見るのと同じような目で見ているのを拓真は知っていた。世話焼き体質な帝にとって、一人っ子でマイペースな拓真は何処か放っておけないのだ。

 散歩へ行くかという誘いに乗って、拓真はビーチサンダルに足を突っ込んで帝の隣を歩き出す。静かな波の音しかしない海岸沿いは、まるで自分たちしかいないかのような錯覚を拓真へ齎した。

「帝は、弟たちの面倒をいつから見てるんだ?」

 何となく知りたくなって拓真は、コンクリートの小石を蹴り上げながら呟くように問いかけた。

 夜風に揺れる長い髪の毛を耳にかけ、帝の低い声が静寂の中でじわりと響く。

「中学ん時、下の大和が2歳の時に父親と母親が離婚して子ども全員母親が引き取るってなってから」

「……離婚した、のか親御さん」

「まぁ元々大人しくて尻に敷かれてる親父だったからな、母さんの強気でバリバリに働いてるとこ、許せなかったんだろ。俺が中2の時離婚届突きつけて出てった」

 だがあの手慣れた様子からして、恐らく離婚する前から帝は下の弟たちの面倒を積極的に見ていたのだろう。中学生の多感な時期にそんなことがあったというのに、その苦労をひけらかそうとはしない帝の、心の内を知りたいといつしかそんな風に思うようになっていた。

「ピアスは?……それ、いつ開けたんだ?」

「ピアス?あぁ、これか?」

 帝は自分の耳についているシンプルなシルバーのピアスに触れた。翔太のように両耳に合わせて5つという派手な数ではないが、そのピアスは帝の真っ直ぐで無骨な性格を主張しているように見える。

「中1の時、その……付き合ってた彼女に開けられた」

「……つ、つ、付き合ってた、彼女……!?」

「んだよ、そんなドン引きするようなエピソードじゃねぇだろ。開けたいっつーから開けさせたんだよ、1年で別れちまったけど勿体ねぇから付けてんの、文句あっか?」

 自分から根掘り葉掘り聞いたにも関わらず、拓真は帝の元カノという衝撃的なエピソードに動揺を隠せない。きっと帝の事だ、彼女の事を大事に大事にしたに違いない。それでもきっと彼女は、彼の家族には勝てないことを悟ったのだ。

 別れの理由すら容易に想像できて、拓真は下唇を噛み締めた。不意に沈黙した拓真の顔を帝は不思議そうに覗き込む。

「何だよ、もしかしてお前もピアス開けてぇの?」

「……ちっ、違うよ!!いや、その、……気になったから聞いたんだ、開けたいわけではなくっ、……!!」

「そ?開けてぇなら俺が開けてやろーか?」

 悪そうな色気を伴った顔でそんなことを聞いてくるので、拓真は可哀想なほど狼狽えた。初めてのピアスの穴を開けるだなんてそんな特別なことをされたら、拓真の心臓はきっと保たない。

「……でも」

「あ?」

「ピアスの穴、……開けられるなら、み……帝がいい」

 その言葉を口にするのに拓真は何倍もの勇気を振り絞った。気持ち悪がられるだろうかと顔を見るのが怖くて、下を向いてしまう拓真に帝はわざと軽い口調で切り出した。

「ばーか、んな頼み方しなくったっていつでも開けてやる」

「……帝……」

「似合うんじゃね?色は……紫とか?」

 お前らしい、寒い日の夕暮れみたいな色だと言われて拓真は胸がぎゅっと高鳴るのを感じた。もう自分のなかのこの感情を誤魔化すことは出来ない。嘘をつくことも出来ない。





















 (好きだ)


















 


 滝山帝という、不器用でいて器用で、家族を誰よりも大切に思って、友だちや家族の為なら己の犠牲も厭わず危険に突っ込んでいける、そんな男が好きだ。

 友だちじゃない。この気持ちは、きっと。そんな優しい感情で片付けられるものではないと、拓真は知ってしまった。楽園で禁断の果実を手にして恋という感情を知ったアダムのように。

「……うん」

 だからこの約束は、帝を自分に縛り付けるある種の楔であることを拓真は認識していた。それでもいいから、これからも帝の側にいたいと切に願ってしまった。

 夏の夜空に広がる無数の星たちが、瞬いては消えていく切ないほどの静寂の中で二人は無言のまま歩いた。この時間がいつまでも続けばいいのにと、そう思いながら。







 

 

 

 

  

 to be Continued

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 

 



 

 

 

 

 

 

 

 








 

 


 


 

  

 

 

 

 



  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ