第2話 決戦!瀬戸内海国立公園 Act1 世情7
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シーピッポーを操縦していたのは遼斗。
故郷・八幡浜を去って、もう少しでふた月となる秋。
その期間であればピッポーシリーズの運転は覚えられた。
マリンドラゴン内の家事、家事と戦艦(?)に名付けられるのはおかしなものだが、まずはその家事とピッポーシリーズの操縦法とメンテナンスを仕込まれた。
『蹴るのが判る。性別、知りたい?』
『いや、いいよ、来週の楽しみにする』
これはくみ子との今朝のLINEのやり取り。
離れて前より、いや、今まで最高にくみ子が愛おしく思えるようになった。
出産予定日前後の一週間は休めることとなった。
伴賀には感謝してもし切れない遼斗であった。
その遼斗のお抱え運転手として今はシーピッポーとランドピッポーの専門ドライバーとなっている。
日左連残党のチェック(今のところいない)、伴賀の会社経営の補助、ドッグの点検、この三つが現在の、マリンドラゴンの業務だが、伴賀はマリンドラゴンから射出時に「これから、ようやく次の計画を実行に移せるんだ」と楽しそうに遼斗に話しかけた。
鬼が島と目される島の近くにあるマリンドラゴンを収容してあるドッグ島より、シーピッポーで伴賀と遼斗は倉敷を目指した。
大きな瀬戸大橋をくぐる時に遼斗は感慨深かった。
―秩父と八幡浜しか知らなかったけど、この世界は広いんだな。
本来であればくみ子と母親の傍にいるべきなのだが、遼斗は今、自分の活動と生活を満喫していた。
甲板に垂直に立つビルのような艦橋にその頂上に鷹だか鷲のようなヘッドを持つマリンドラゴンは目立つ。
役所には民間の、個人ユースの大型観光船と届けてあるが、その奇抜なフォルムと隠密行動が主目的のため、航行はもっぱら夜陰にまぎれる。
すると自然にシーピッポーや浅瀬だとランドピッポーの方が重宝する(とはいってもシーピッポーもランドピッポーもけっこう素っ頓狂なデザインなので遼斗は未だ恥ずかしい)。
遼斗が運転するシーピッポーは高梁川を北上する。
山陽本線の陸橋を越えたくらいで「止めて」と伴賀が云ったので、遼斗は右側河川敷に停泊した。
―海に川を使えば、日本国内は驚くくらい交通に適しているものだ。
もう何度か伴賀を乗せてシーピッポーを操っているので、遼斗はつくづくそう感じていた。
バタバタと、いや、本当にバタバタと音を立てているワケではないが、バタバタと走って来る女の子が一人。
「これがシーピッポーね!かっこいいじゃん!孝夫おじさま!あっ!かっこいいのはシーピッポーの方ね!」
関本亜樹子である。
今日は仮面ライダーWの指さしポーズがプリントされた白Tシャツにグレーのテーラードジャケットをはおっている。
「アキ!ひさしぶり!サイクロン!」
「ジョーカー!」
と云って、右拳をぶつけ合う。
―か、かわいい。くみ子、若菜、ご、ごめんなさい。
単純に伴賀への信頼度があるからだろうが、ずっと何が楽しいのか・愉快なのか笑っている。
アレ!?という表情をする亜樹子。
「ああ、彼は厨多遼斗。オレの部下、新米だけど、シーピッポーの操縦はもう艦内随一だ!」
「じゃあ、厨多さん、私を六口島まで連れていってくださいな!」
―ちくしょう、言い方がいちいちかわいいなぁ。
その六口島とは燈籠崎の先にある小さいが漁港や海水浴場もある島である。
移動中、大海原に出ると当然、巨大な瀬戸大橋が姿を見せる。
「おじさま、最近わたしはあの橋のたもとの近くで船に住んでいるおじいさんに刺身の定食をご馳走になったんだよ」
「!」
「あっ!今、何か驚いた!何!?」
「いや、なんでもない、ただ昔からの知り合いの可能性が高いと思っただけさ」
「どんな知り合い?」
「昔から〈家船〉と呼ばれる船上や海上で暮らす人々を研究している文化人類学者、いや、本人は民俗学者と呼んでくれ!ってよく云っていたひと、実地で体験するしかないと随分前に電話してきたんだ」
「あのー、船で暮らす、は判るんですが、海上で暮らすってなんですか?」
想像して像が結べなかった遼斗が質問。
「世界をめぐる旅番組の東南アジア編とかで、海や川を一階にして二階を住居にしているひとたちいるじゃん、そういうひとたちだな。昔は日本にもいた。昔の白黒の日本映画観るとたまに入り込んでいる」
「今はいないんですよね」と遼斗。
「オレが子どもの頃は、いた。今は知る限りいない、のかなぁ」
そんな話をしている最中、六口島に着くと全長30メートルはある小型タンカーが停泊している。
「これが、関本海運のタンカーだね」
上陸して、タラップを上がり、三人はそのタンカーの上にいる。
「おじさまにはメールや電話で説明したけど、厨多さんいるから、また説明し直すと、これで瀬戸内海国立公園の瀬戸内国際芸術祭に出店する!二郎系ラーメンをこのタンカーで売りながら、移動し、アーティストや観覧者、住んでいるひとたちに食べてもらう!」
「電話やメールでも言ったけど、どこかの島や湾の会場で売るのはダメなの?小型とはいえタンカー、学生の野外活動の域を超えている」
「うん、そうなんだけど、珍妙な展示や奇妙な出し物をその時に、いつもと違う場所で売るのだけではなくて、回遊して売る船がある、というのが大事なんだよ。次回汁なし担々麵や釜玉そば、ラーメンじゃなくてもタンカーの上で回転寿司やビュッフェでもいい、フェスや物産展ではない、そのものずばりのモノが出かけていくというスタイルに意味があると思っているんだよ」
「瀬戸内の秋は静かだけど、台風だってもしかしたら来るだろうし、何か間違いがあれば大惨事だ。フェスならば雨天中止以外はデメリットがない」
「だから、台風で荒れている以外の島や土地で売ればいい。瀬戸内海は広いんだから。昔は台風や嵐で一国の海軍が全滅したけど、今はネットによる情報化時代、雨雲レーダーだって比べ物にならないくらい精密になっているよ」
亜樹子がそう云うと伴賀は少し考える。
「オレになにをしろ、と?」
「おじさまには護衛を頼みたいんだよ。私は母の故郷のこの瀬戸内海で、父の事業の海運業を使って、この内海を古代や中世のようにまた日本の中心に据えたいんだ。だから、大学も公共政策学教育部都市開発学科に入った。実際、一回生の時に過去の瀬戸内海の海路の歴史と効用、そして今年の頭からこのラーメンタンカープロジェクトを計画して、軌道に乗せて、マスコミやネットでも評判になりつつある。けどね、やっぱりおじさまが言うように、海難事故だけはやたら怖い。父さんは私が幼児の時に亡くなったけど、6歳の娘にまで洞爺丸事件やタイタニック号事件について話した。だからさ、ちょうどいい機会に考えてよ、おじさまのマリンドラゴンの雄姿をわたしは見たいんだ。本番直前の急で悪いんだけど」
「いや、いいんだ、このコがマリンドラゴンを知っていて当然なんだ」遼斗がマリンドラゴンという単語が亜樹子の口からついて出た時に驚いたので伴賀は話す。
「関本亜樹子はオレの親友・関本美藤の娘さんで、マリンドラゴン完成前に亡くなった。確かにいい機会だ」
その後は、当日のスケジュールの確認とタンカー上でのラーメン作りのオペレーションに参加した。
芸大と東大の臨時コックたちである希雄や零子、何人かは伴賀も既知である関本海運のクルーと一緒になってラーメンも食べた。
「あ!美味い!初めて食べた!youtubeで何度かSUSURU食べてるトコ見たけど、こんなに美味いのか!確かに瀬戸内海初出店したくなる!」
遼斗は今回の仕事を楽しみに帰った。
そのシーピッポー内で伴賀は云う。
「あのコの母親の実家である呉製鉄がマリンドラゴンを造ったんだ。明治維新後の富国強兵政策で政府の肝いりで作られた造船会社。オレの重工業メーカー・ツィマットエンジニアリングとの共同製作と言われているが、しょせん新興のメーカーさ、それは呉製鉄のエンジニアや学者に習いながら行われたよ。関本の忘れ形見でもある。だからどこかで、あのコが本来の持ち主であるかもという心があるんだな」




