第1話 過激派の殺し方教えます Act.2 マリンドラゴン出撃 5
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担任の五島、NPO法人の四谷雛、サングラスの二村が日左連の幹部で、この湾内で売春組織を画策していることをくみ子の口から知った。
その短いが、素早い説明から、遼斗も若菜を救出しなければならない必要を強く感じた。
だがそれでも妊婦のくみ子をこの場に置き去りにしていくワケにはいかず、乗ってきたタクシーで助手席にいちばんたっぱとがたいのある伴賀が座り、後の三人は、西谷、くみ子、遼斗の順番で後部座席に座った。
くみ子を厨多家に残して、その足で若菜救出に向かう予定だったが、裁判所通りで、遼斗は母・郁子を見つけた。
「あなたがくみ子さんね」と郁子に声を変えられた瞬間、くみ子は泣き出した。
―こいつ、今夜はよく泣くなぁ。
郁子にすがりつくくみ子を見て遼斗はそう述懐した。
遼斗、たまに自分のことを棚に上げるクセがある。
「この子はうちに連れていく!だから、この子の願い、絶対に叶えてあげなよ!」
そう母親は云うが、この短い間にそんなに悠長な説明はできない。
ただ「若菜が自分を逃がして・代わりに酷い目に遭う」としか今のくみ子から聴かされていない。
伴賀は念のため、西谷をタクシーに同乗させ、厨多家まで送らせる配慮をしていた。
郁子と共に宇江貴美子捜索に歩いていた年配夫婦だけがとぼとぼと当初の予定に戻った。
そして湾を目指し、伴賀と遼斗も歩き出した。
身長差は25、年齢はちょうど20歳違う。
親子とだと近すぎるが、兄弟では不自然な、そんな年齢差だった。
湿度と暑さはうっとおしいが、西風は涼を二人に与えた。
「いったい、どこまで知っていたんですか」
遼斗は伴賀に尋ねる。
ここは、一分一秒でも早く若菜の元に向かいたい!と遼斗は思っていたが、タクシーは巧く通らない。
これから先に何があるか判らない。
だから走って体力をロスすることは避けたかった。
すると今やることは事件の全体像を把握することだと思った。
伴賀と二人、気まずいとかではなく、くみ子の酷い動揺からも教師やNPO職員が豹変したように謎の組織の構成員を名乗り始める、この異常事態を収拾するには、真相に近づいていると見られるこの男に話を聴くことがいちばんだと思った。
「昨夜さ、オレが出撃だ!とか吉祥の刀を奪ったりとかしたけど、ありゃあ、コントみたいなもんだ。出来レースだよ、自分で助け船出して、みんなが乗ってくれた。睡眠薬なんて塗られてない。でも、ああいうコントをやらないとダメな時もある」
そう、普段はへらへらして・陽気な伴賀の一瞬にして屹然としたあの殺気を遼斗も味わったのだ。
―あれだけの強い殺意を殺すための、か!?
「あの頃、今のきみより四つは若かった、14歳頃か、気になっていた女の子は友人の姉さんだった」
蜜柑と海産物、それに観光で成り立っているような島でね。
「孝夫くん!おはよう!」
ほんとう、あの世代の女ってのは、いつかいっぺんする。
それまで、オレと友達とその姉さんで、家が近所だから、よく浜辺で遊んでた幼少の時代もあったんだ。
それなのに、ある日、見違えた。
「汐路、おまえの姉さん、変わったな、雰囲気」
「伴賀の気のせいじゃ」
汐路家はお父さんは漁業組合を運営する立場で、お母さんは専業主婦だったから、隙を見計らってよく広島市内に出た。
「孝夫くん、あれの映画、観に行くんだけど、どう?」
あれとは『バトルロワイアル』のことだ。
汐路家からは新潮文庫や岩波文庫で漱石やら芥川を借りて読んでいたが、姉さんが率先して「これ、読めば、驚くよ」と貸してくれた。
高校生同士が殺し合うバイオレンスな小説という触れ込みだと後に知ったが、それよりも一人一人の短い人生が、プツッと切れるような内容に哀切を感じたもんだ。
「そう!なんかさ、一般の小説に書かれる定番の悲しさでなくて、私たちが共感できる哀しさね」
そんなふうに云っていたのを覚えてくれていたのだろう。
お母さんが買い物中に二人で、映画を観た。
役者も監督もいい映画だったけど、ただでさえ意識していた時に、人生初、女の子がと映画観た相手が姉さんだから、そっちの方が重大な出来事だった。
映画や小説、音楽で話し合うからとオレは重宝された。
それがきっかけで広島市内の映画館によく行った。
『千と千尋の神隠し』もその頃観たんじゃないかな。
「あー!うっぜぇー!帰りたくなーい!」
映画館の帰り、運転してくれるお母さんが待つショッピングモールを目指して歩いていく道。
「体育会系の子たちとちょっと不良っぽい子、それにおたくっぽい子、なんか、女の子も高校近くなるとだいたいタイプが判れる、どれにも入れなくて、浮いててね」
それは独り言のようだった。
「最近、お母さんとよくケンカしていたから、今日も孝夫くんが来てくれてよかった」
実際、この日以降、この母娘の広島市内行脚に参加することはなかった。
「姉さんさ、広島の、いや、できれば、大阪や東京の高校に行きたがっているんだ」
オレたちの島には安下庄か久賀の高等学校に進学するのが定番のようになっていた。
あれだけ、都会の文化が好きならば、さもありなん、それくらいにオレはその時に思っていた。
だが、汐路と通学する時に顔を出していた姉さんがその挨拶すらしなくなった。
それどころか、朝から母親と言いあう声だけが聴こえた。
「伴賀、早く行こうよ」
その年の暮れ、姉さんは家出をした。
以外にも二人、やはり女子中学生、しかも三年生が消えた。
三人とも中学は違ったが、塾は同じで、しかも歌村という講師の授業を取り、よくその講師と話していた、という証言もあったのだが、特に証拠もないので、警察はそこまでしか動かなかった。
その歌村の経歴は全てデタラメで、彼じしんも退職していた。
一人で都会の高校を目指した。
じゃあ、入学金や生活費は?
なんともならないから直ぐに帰ってくるだろう。
オレは一年後、久賀の高校に進学した。
姉さんは帰って来なかった。
二年生になった。
姉さんは帰って来なかった。
三年生になった。
姉さんが帰ってきた!
そう、確かに汐路から聴いた。
だが、数日たち、数週間、数か月経っても会えなかった。
そのうちにどこか商店街の本屋ででも出くわすだろうと当時のオレは思っていた。
でも春を過ぎ、夏になり、秋を超えても姉さんには会えなかった。
ああ、確かに〈お見舞い〉と称し、訪ねていくことは可能だったろう。
でも友人の汐路からは、いつもと変わらぬ言動の裏に「聴いてくれるよなよ」オーラが立ち込めていることに気づいた。
だから姉さんについて話すことはなかった。
そして冬になった。
予備校の帰り道、見知った自動車をガソリンスタンドで見かけた。
汐路家のクルマだ。
オレはその自動車の後部座席のドアをノックし、反応がなかったから、開けた。
そこには醜い女がいた。
肌や目の落ち込みから四十路に見えた。
太ってはいなかった。でもガリガリに痩せていて、40、いや、今考えると30㎏いくかいかないか、そのくらい体重だった。
その目は怯えていた。
そして言語ではないものを叫んだ。
直ぐに彼女の両親が走ってくる。
母親は姉さん〈だった〉ものを抱きしめる。
父親は「孝夫くん、直ぐにいなくなってくれないか!?」とオレに告げる。
オレはその通りにした。
夜、汐路がうちに訪ねてきてくれた。
「孝夫には説明しておくよ。瀬戸内海の漁船の行く先々で姉は大勢の男たちから乱暴を受けた。ある日、仲間と逃げることにした。組織も一年以上働かせ、もう商売道具として利用価値ないから、そう仕向けたようだ。姉が見つかったのは東京の大久保公園というとこだったらしい」
今ではトー横キッズの小遣い稼ぎで有名なトコ、遼斗くんもTVやネットニュースで知っているだろう。
あのゼロ年代当時は外人娼婦の立ちんぼしかいないあの公園にいたんだ。




