第72話 海賊討伐されちゃうぞっ!
レティに電話してから、五日が経とうとしていた。
ペドローニャン星系を揺るがしかねない内乱計画を帝国軍へ知らせ、シルバーランス海賊団の位置まで教えた。
あとは帝国軍がどう動くか。
本来なら、緊張しながら返事を待っていてもおかしくない。
だが――。
「ん~~……」
赤毛猫海賊団のアジトにあるリビング。
カタリナはオーバーサイズのヨレヨレTシャツ一枚という格好で、ソファーに寝転がってテレビを眺めていた。
テーブルの上には菓子の空き袋と、昨日買ってきたドーナツの箱。
そして今、カタリナが手にしているのは、ミネが焼いた大きなシフォンケーキだった。
「買ってきたドーナツも悪くないけど、やっぱミネが作る《雲みたいな三層シフォン》が一番だなぁ……」
フォークを使うことすら面倒なのか、そのまま手でちぎる。
上層は空気をたっぷり含み、指でつまめば潰れてしまいそうなほど柔らかい。
口に入れれば、まさに雲のようにふわっとほどける。
その下には、しっとり濃厚なバニラクリームが薄く挟まっていた。
甘さを抑えたクリームが軽い生地に絡み、最後に焼き目のついた下層が残る。
こちらは上層とは違い、ホテルのデザートに出てきそうな、しっとり上品な仕上がり。
香ばしい焼き目まで一緒に食べることで、三つの食感を一度に楽しめる。
カタリナは大きめにちぎった一切れを、そのまま一気に頬張った。
「んぐっ……うんめぇ!」
幸せそうに足をパタパタさせる。
その様子を、少し離れたところからモカがじっと見ていた。
「……おねーちゃん」
「んー?」
「忘れてないよね?」
「何が?」
即答だった。
それを受けて、モカは黙る。
「…………」
カタリナもシフォンを頬張りながら、モカを見る。
「…………」
何かを思い出そうとするように目を泳がせた。
「えっと……あぁ……待ってね」
しばらく考える。
そして突然、目を見開いた。
「あぁ! あぁ!」
モカも期待して顔を上げる。
カタリナは得意げに親指を立てた。
「月九のドラマ《星屑ホテルのすれ違い》は、ちゃんと予約録画しといたよ?」
「違うわ!」
モカは即座に怒鳴った。
そして少し間を置く。
「……ありがとね」
「うん」
「じゃなくて!」
カタリナはきょとんとした。
「え? 何?」
「レティちゃんのこと!」
「あぁ!」
ようやく思い出した。
「忘れ……」
一瞬、言葉が止まる。
モカの目が細くなった。
「……てないよ!」
「今、絶対『忘れてた』って言いかけたよね?」
「言ってない言ってない」
カタリナはシフォンをもう一口食べながら、ソファーの上でごろりと寝返りを打った。
「でも、あいつ掛けてこないな?
どうなったんだろ?
帝国軍のお偉いさんに却下されたのかな?」
その時、キッチンから紅茶を持ってきたミネが足を止めた。
「カタリナ様」
「ん?」
「着拒、解除しました?」
「…………」
カタリナの口が止まった。
モカも止まった。
ミネだけが無表情でカタリナに紅茶を給仕する。
「…………してねぇ」
「そりゃ掛かってきませんよ」
「…………」
モカがゆっくりと両手で顔を覆った。
「おねーちゃん……」
「いや、待て待て!」
カタリナは慌てて起き上がった。
「私だけが悪いみたいに言うなよ!
レティだってミネの番号知ってるじゃん!」
ミネは紅茶をテーブルへ置きながら答えた。
「レティちゃんからすれば、カタリナ様に連絡すると言った以上、普通はカタリナ様へ掛けるのでは?」
「融通利かねぇなぁ、あいつ」
「着拒してる人が言わないでください。
それに私だって着拒してます」
カタリナは手の甲をミネへ向け、ビシッとツッコんだ後、ため息を吐いた。
「おい、ミネ!
……ふぅ、仕方ないなぁ」
カタリナはソファーの隙間に手を突っ込み、埋もれていた端末を引っ張り出した。
画面を操作する。
「えーっと、レティ、レティ……いた」
着信拒否設定を解除。
そのまま通話ボタンを押した。
プルルルル――。
カタリナは残ったシフォンを頬張りながら、端末をスピーカーモードに切り替えた。
「さて。帝国軍のお返事を聞いてみますかねぇ」
プルルルル――。
二回目の呼び出し音が、リビングに響いた。
ガチャッ。
三回目の呼び出し音が鳴る前に通信が繋がった。
端末の上にホログラムが展開され、頬を膨らませたレティの姿が現れる。
開口一番、怒鳴り声が飛んできた。
『コォラぁ! カタリナぁ!
何回電話かけさせるんじゃい!』
カタリナはシフォンを頬張ったまま、軽く手を挙げた。
「ごめぇん。もぐもぐ」
『食べながら謝るな!
……なんだそれ、美味そうだな!!』
レティの視線が、カタリナの手元へ吸い寄せられる。
カタリナは残ったシフォンを見て、そのままもう一口かじった。
「うん、美味いよ」
『ってか、それどころじゃないだろ!』
レティは自分で話を戻すと、表情を引き締めた。
『軍の決定を伝える。
本当はお前らなんかに伝えて良い情報じゃないが、女帝陛下の危機だ。
全力で手伝うと誓え』
「うん、誓うよ。もぐもぐ」
『くぅ……』
レティの眉間に深い皺が寄った。
『もう馬鹿のお前には過度な期待はしない!
無礼なのは許す!
とりあえず全力で悪を討つぞ!』
カタリナはシフォンを飲み込み、拳を上げた。
「おう!」
『よし!』
そこでレティは一度息を整えた。
先ほどまでのプンスカした表情が消える。
『結論から言う。
軍は公爵に対して兵を動かせない』
カタリナの隣で、モカが眉をひそめた。
レティは続ける。
『エルノ公爵は帝国の重鎮の一人だ。
お前らから送られてきた情報だけでは証拠として不十分だし、その状況で公然と帝国軍を動かせば、それこそ大問題になる』
「はぁ……」
モカが肩を落とした。
「融通利かないよね、軍隊って」
『最後まで聞け!』
「はいはい」
『公爵に対しては動けない。
だが、女帝陛下の危機を知っておきながら、帝国軍が何もしないわけにもいかない』
レティの口元がニヤリと上がった。
『だから――お前達、海賊討伐に軍を出す』
カタリナが目を見開いた。
「やめてよ。
親友なんだから、攻撃してくんな!」
『お前なんて友達ですらないわ!』
「またまたぁ」
『うるさい!』
レティは咳払いして、話を戻した。
『まぁ、建前上は赤毛猫海賊団とシルバーランス海賊団の討伐だ。
今回は赤毛猫は見逃してやる』
「わーい」
『喜ぶな!
そもそも、お前らも討伐対象なんだからな!』
「でも見逃してくれるんでしょ?」
『話を進めさせろ!』
レティが机を叩いた。
『今回の討伐艦隊には、対賊艦隊を三個艦隊派遣する。
そして――私が指揮する』
「おぉー!」
カタリナがパチパチと拍手した。
「すごいすごい!
三個艦隊の指揮って、中将クラスじゃん!」
『えへへ』
レティの頬が緩んだ。
だが、すぐに我に返る。
『おい! 茶化すな!』
「自分で喜んだじゃん」
『うるさい!』
レティは再び軍人らしい表情を作った。
『確かに地方海賊相手に三個艦隊は大げさだ。
公爵家の私設艦隊とも十分に渡り合える戦力になる。
つまり、軍上層部も本気ってことだ』
モカの表情が変わった。




