第61話 潜入作戦の準備をするぞっ!
作戦決定から九日が過ぎた。
ミネの手配により、必要な部品が集められた。
メッタメタ号の整備区画の空気は、珍しく張り詰めていた。
定期点検を装って行う潜入作戦――「代わりに私達が点検してあげましょう作戦」。
……ベタすぎるけど、赤毛猫はこういう所は手抜きする。
この作戦に向けて複数の班が編成され、各班の技術者たちが整然と並んでいる。
その前に立つミネは、いつもの冷静な表情でホログラムを起動した。
青白い光が整備区画を照らし、ナノ・ドライパルスの構造図が宙に浮かび上がる。
「では、今回の潜入作戦で使用する《ナノ・ドライパルス改造版》について説明します」
ミネの声は落ち着いていて、少し講義のようにも思えた。
ナノ・ドライパルスは元々、衣類乾燥用の民生品だ。
だがミネの説明は、その素朴な用途からは想像もつかない高度な理論へと進んでいく。
「ナノ・ドライパルスは、極性分子の結合角度に合わせて振動させ、分子間結合を一時的に緩めて蒸散させる技術です。
水分子は極性が強く、結合角度が安定しているため、最も効率的に作用します」
技術班の者たちが真剣に頷く。
民生品として知られている範囲の説明だが、ミネの口調は専門家そのものだった。
ミネはホログラムを切り替え、イオン推進炉の冷却系統図を表示した。
「しかし、公爵の艦隊に搭載されているイオン推進炉の冷却材にも極性分子が含まれています。
冷却材は熱交換効率を高めるため、水分子と液体金属を複合化した《極性複合冷却液》です。
この冷却液の極性部分に周波数を合わせれば、水分子と同様に蒸散させることができます」
整備区画がざわめいた。
技術者たちの表情が一斉に変わる。
驚きと興奮が入り混じった、まさに“ワクワクする科学”を前にした顔だ。
一人の技術者が息を呑みながら言った。
「……つまり、冷却材の“水分子部分”だけを蒸散させると?」
ミネは淡々と頷いた。
「はい。極性成分が失われるため、冷却材は本来の熱交換性能を失います。
イオン推進炉は安全装置によって自動停止します」
横でホログラムのリルちゃんが嬉しそうに跳ねた。
「冷却材は極性分子が熱を運ぶ仕組みだからね〜。
極性分子が飛んじゃえば、炉は安全停止するしかないよ〜!」
技術者たちは、隣にいる者達と資料を見つめあい議論している。
その反応は「理解した」というより「納得してしまった」と言える。
後ろで見ていたロウは、頭を抱えながらぼそりと呟いた。
「お前ら……なんでそんな高度な理論を“衣類乾燥機”から作れるんだよ……」
ミネは気にする様子もなく、次の図面を表示した。
「カタリナ様には既にお伝えした内容ですが……。
ナノ・ドライパルスの振動周波数を、冷却材の極性分子の結合角度に合わせて再調整します。
さらに、艦船の冷却タンクは大型なので、局所フィールド拡張装置を追加します。
これにより、冷却タンク全体を安全に蒸散させることが可能になります」
「ん?初耳だけど?」
何度聞いても理解できないカタリナを置いて、ミネは説明を続けた。
技術者たちは真剣に聞き入っていた。
衣類乾燥用の民生品が、艦隊の足を奪う装置へ変わろうとしている。
ミネが机の上に分解済みのナノ・ドライパルスを並べると、技術者たちはすぐに工具を手に取った。
「では、改造を始めます。各班は私とリルさんの指示に従ってください」
リルちゃんがホログラムで工具を表示し、軽やかに説明を添える。
「まずは冷却材の極性分子に合わせて共振周波数を再調整するよ〜!」
技術者たちが一斉に手を動かし始める。
ミネの指示は正確で、リルちゃんの補助は高速。
作業は驚くほど滑らかだった。
各班が迷いなく工程を進め、工具の音だけが整備区画に響く。
「次に、フィールド拡張装置を追加します。
これはナノ振動フィールドを冷却タンク全体に広げるための装置です。
通常のナノ・ドライパルスは半径数メートルしかフィールドを展開できませんが――」
ミネは指先で装置の中心部を拡大した。
「この装置には《位相共鳴コア》が組み込まれています。
極性分子が持つ固有振動数に合わせて“位相を増幅”し、フィールドをタンク内部の形状に沿って“自己展開”させる仕組みです」
技術者たちが息を呑む。
ミネは淡々と続けた。
「冷却タンク内部の極性分子は、熱交換のため常に微弱な揺らぎを持っています。
この揺らぎを《共鳴の起点》として利用し、ナノ振動フィールドをタンク全体へと“自己増殖的に拡張”させます。
つまり、装置をタンクの横に置くだけで、フィールドがタンク内部の分子構造を“なぞるように”広がるのです」
ロウがぽつりと呟いた。
「……なんでそんなヤバい技術を衣類乾燥機に応用してんだよ……」
ミネは気にせず説明を続ける。
「位相共鳴コアは、元々は《大型艦のシールド調整用》に使われていた技術です。
それを小型化し、ナノ振動フィールドに転用しました。
これにより、冷却タンク全体の極性分子を一度に蒸散させることが可能になります」
「安全停止が確実に行われる?」
「はい、その通りです」
ロウはその様子を見ながら、深いため息をついた。
「……お前ら、もうホント、なんでもありだな、おい……」
・ ・ ・
数時間後。
整備区画には、改造されたナノ・ドライパルスが整然と並んでいた。
その光景は、まるで新型兵器の展示会のようだった。
ミネは静かに言った。
「これで改造は完了です。
後は敵艦の機関室に取り付けるだけです」
技術者たちが息を呑む。
「取り付けるだけ……って、潜入ですよね?」
「はい。潜入です」
リルちゃんが嬉しそうに跳ねる。
「取り付けたら、遠隔操作で起動できるよ〜!
スイッチ一つで“極性分子蒸散モード”が始まるよ〜!」
カタリナが拳を突き上げた。
「よし!五日後が定期点検の予約日だよ!
さぁ、潜入だぁぁぁ!!」
こそこそと逃げ出そうとしたロウの袖をカタリナが掴んだ。
逃げ損ねたロウは、その場で顔を覆った。
「……俺も行くのかよ……」
ミネは整備区画全体を見渡し、静かに締めた。
「潜入作戦の準備は整いました。
続いて、当日の潜入手順を説明します。
皆さん、よろしくお願いします」
ロウが腕を組み、深いため息をつく。
「……で?
本当に“業者に化けて点検する”って言うのか?」
カタリナは当然のように頷いた。
「うん。だって定期点検の予約、もう業者の方はキャンセルしたし。
私たちがやるしかない」
ロウは頭を抱えた。
「勝手にキャンセルすんなよ……!犯罪だぞ、それ!」
カタリナが不思議そうな顔をした。
「なんで?そいつら働かなくても点検代金を公爵から受け取れるんだよ?
WIN-WINじゃん」
ロウは反論する気も失せた。
「業者はどこだ?どこの会社が来る予定だったんだ?」
ミネがホログラムを操作し、企業ロゴを表示した。
青い盾に鋼鉄の翼――この星系では誰もが知る大手軍事造船会社の紋章だ。
「《アストラル・フォージ重工》です。
ペドローニャン星系最大手の軍事造船企業。
帝国軍の正規艦隊から、公爵家の私設艦隊まで整備を請け負っています」
ロウは眉間を押さえた。
「よりによって……星系最大手じゃねぇか。
セキュリティも厳重だぞ。
身分証の認証も量子タグ式だし、作業服も特殊素材だ」
ミネは淡々と頷いた。
「はい。だからこそ、偽装の精度が重要です。
作業服と身分証を“本物と同等”に作ります」
カタリナが目を輝かせた。
「作業服作るの!?
あの濃紺のジャンプスーツ、かっこいいよね!」
モカが肩をすくめる。
「おねーちゃん、そこじゃないよ……」
ミネはホログラムを切り替え、作業服の素材構造を表示した。
「アストラル・フォージ重工の作業服は、
《耐熱複合繊維》と《静電防止ナノ布》の二種類で構成されています。
同じ素材をこちらで製造します」
技術班がざわつく。
「……同じ素材って、そんな簡単に作れるんですか?」
ミネは淡々と答えた。
「できます。
素材の分子構造は既に解析済みです。
リルさんが“企業サーバの素材データ”を入手してくれました」
リルちゃんがホログラムでくるくる回る。
「アストラル・フォージの素材データはね〜、
暗号化が甘いの。
量子揺らぎの誤差が大きいから、解析しやすかったよ〜!」
ロウは顔を覆った。
「……お前ら、企業秘密を軽々と突破すんなよ……」
ミネは次に、身分証のホログラムを表示した。
「身分証は《量子認証タグ》を複製します。
偽造ではなく“複製”です。
量子認証は複製が困難ですが、揺らぎパターンを再現すれば通ります」
技術班が息を呑む。
「量子認証の複製なんて……軍でも難しいのに……」
リルちゃんが胸を張る。
「揺らぎパターンは全部解析したよ〜!
“誤差許容範囲”が広いから、再現は簡単だったよ〜!」
ロウは天を仰いだ。
「……アストラル・フォージ重工、セキュリティ甘すぎだろ……。
いや、リルちゃんが化け物なのか……」
ミネは淡々と続ける。
「作業服は三日で完成します。
身分証は四日で完成します。
潜入班は五班に分けます。
五日後――定期点検の予約日に合わせて潜入します」
カタリナが拳を突き上げた。
「よし!五日後、潜入だよ!
堂々と点検して、堂々と冷却材を蒸散させて、
堂々と拿捕だぁぁぁ!!」
整備区画に、期待と緊張が満ちていく。
五日後、赤毛猫海賊団は公爵家の軍港へ、正規の整備業者として堂々と乗り込む。




