第53話 アジトの準備が完了したぞ
ペドローニャン星系第5惑星ニャルガレーモ。
黒犬海賊団の宇宙港は、ここ数日で“異変”を見せていた。
赤毛猫海賊団の追加二千名が到着してからというもの、
港のあちこちで見慣れない光景が広がっている。
朝。
ロウが港の通路を歩くと、
見慣れた金属の匂いではなく、
ふわっと甘い香りが漂ってきた。
「……なんだこの匂い」
角を曲がると、
赤毛猫団員たちが脚立に乗って天井の照明を交換していた。
「明るさ調整完了しましたー!」
「次は壁の色変えますねー!」
「勝手に変えるな!!」
しかし彼の声は軽やかな女子力にかき消される。
他にも……。
床はワックスでピカピカ。
壁は淡い色に塗り替えられ、可愛いステッカー。
休憩スペースにはクッションと観葉植物が置かれて、
その机には花瓶とアロマ。
食堂はカフェ風に改装されてメニューもお洒落に一新。
工具置き場はラベリングされてしっかりと整理整頓。
そして、全体的になにかいい匂いがする……。
黒犬団員たちが囁く。
「隊長……なんか、落ち着かないっすね」
「……ここ、本当に俺たちの港だよな?」
「……女子寮に迷い込んだ気がする」
ロウがげんなりした顔で呟く。
「俺の港が……乗っ取られていく……」
港の外れ。
以前はただの空き地だった場所に、
黒犬団員のテントや仮設住宅が立ち並ぶ。
そこにも赤毛猫団員が手が入っていく。
「黒犬さーん、洗濯物あれば出してくださいねー」
昨日の洗濯物がしっかりとアイロンがけされて折りたたまれて
元の持ち主の元に返る。
柔軟剤の甘い香りと共に。
「共同キッチンはこちらでーす!」
黒犬団員が近づくと、
赤毛猫団員が笑顔で手を振る。
「お疲れさまです!スープいかがです?」
「……ほしい」
「あぁ、うまぁっ!」
・ ・ ・
さらに外縁、森が近く虫も多い三等地。
ミネが手配した重機を赤毛猫団員が操縦し、
手際よく整地、そしてプレハブ型団地を組み立てていく。
灰色の外壁。
直線的なデザイン。
妙に地味、いわゆるレトロ団地だ。
心配になってロウが様子を見に来る。
「……あれ、なんだ?」
近づくと、ミネが図面を片手に立っていた。
「ロウ様。ご視察ですか?」
「いや視察じゃねぇよ。
あの団地みたいな建物は何だ?
赤毛猫にしては地味だな」
「私達赤毛猫があんな場所のあんな建物……
いえ、あんな一等地の素敵な新築建築に
住むわけありません。
黒犬海賊団の皆様の住居です」
「おい……あんな場所のあんな建物って今言わなかったか?」
ロウの言葉を一切無視する――ロウももう慣れた。
「港とアジトをお借りしてしまいましたので、
一応、代わりの住処を建造しました」
「“一応”って言ったよな今」
「はい。最低限の設備は整えてあります」
「最低限すぎるだろ!!
何十年前のデザインだよこれ!!
せめてマンション風にしてくれよ。
お前らと俺らで格差ありすぎんだろ!」
「黒犬さんは……こういうのが落ち着くかと」
「落ち着かねぇよ!!」
そこへモカも現れる。
「ミネ、アジトの建築は順調?」
「はい、順調です」
「待て、終わってねーよ!順調でもねーよ!
俺のアジトはどこ行ったんだよ!」
モカが顔をしかめて渋い顔をする。
「なんだ、ロウも居たの?」
「嫌そうな顔しすぎだろ!」
すぐにモカの表情が最高の笑顔に変わる。
「そう?今日の私も最高に可愛いと思うよ」
「はぁ……」
盛大にロウがため息を吐くと、モカの元にカタリナから通話が入る。
『モカ―?』
『ん?何?おねーちゃん』
『強奪完了したー?』
「今、強奪完了って言ったか?」
「言ってないよ」
『おねーちゃん、今マズイ』
「まずいってなんだよ!」
「ロウ、何でもないよ、気にしないで。
ひゅ~ひゅひゅ~ひゅ~~」
下手くそな口笛で誤魔化す。
「ベタすぎてツッコミしようがねーよ」
ロウがトボトボと歩き出す。
「ここが繋ぎのアジトじゃなきゃ、俺、発狂してるぜ……」
ミネがちらりと見るが、気にせずにモカとカタリナの通話に割り込む。
『カタリナ様、まずは一旦のアジト構築は完了です。
これから追加で2千人来ます。
今後は港の拡張と、赤毛猫団員の居住区の増設に入ります』
ロウが勢いよく振り返った。
「いや、黒犬の居住区は?
俺達のスペースは?」
ミネが面倒くさそうに一応答える。
「森の傍の新築団地がありますし、港は共有スペースでよろしいのでは?」
「いや、森の団地は地味だし、港はなんか女子寮みたいで居心地悪いんだよ」
カタリナまで面倒くさそうに答える。
『ロウ、文句言わないの!
あれでもミネや団員たちが“黒犬向けに頑張って作った”んだから!』
「頑張った方向が違うんだよ」
サクラモカまで面倒くさそうに答える。
「まぁまぁ。
とりあえずアジト構築完了だね」
そして、遂にはロウまで面倒くさそうに呟いた。
「“とりあえず”で俺のアジトが消えたんだが」
・ ・ ・
ロウとサクラモカ、ミネが再び宇宙港に戻ってくる。
ミネがドヤ顔しながらはっきりと宣言した。
「では、最後の工程に入ります」
ロウはもはや諦めの境地で呟く。
「最後?まだあんのかよ」
ミネが制御室まで移動すると扉を開く。
中には、港全体を管理する巨大なメインコンピュータが鎮座していた。
制御室内のホログラフ装置に向けて、ミネが話しかけた。
「リルちゃん、どうぞ」
陽電子AIリルちゃんのホログラフがふわっと現れる。
「はーい!リルちゃんでーす!」
「おい待て。
まさか――」
「はい。メッタメタ号と港のメインコンピュータを接続しました」
ロウが叫ぶ。
「やめろぉぉぉ!!」
しかしリルちゃんはにこにこしながらホログラフ上でプラグを接続していく。
リルちゃんなりの演出のようだ。
港のアクセス権限:赤毛猫海賊団へ移行
ドッグ管理権限:赤毛猫海賊団へ移行
宿舎管理権限:赤毛猫海賊団へ移行
黒犬海賊団の権限:最低限に縮小
「縮小されてるぅぅぅ!!」
「はい、これで港はもっと便利になります!
黒犬さんの地味団地もリルちゃんがちゃんと管理してあげるね!」
「地味団地って言うな!!」
リルちゃんが首をかしげる。
「ねぇミネ。
ドックに停泊してる黒犬さんの船、
全部コンピュータ古いよ?」
「でしょうね。
黒犬さんは整備に予算を回していないようですし」
「おい、なんで俺の整備事情まで把握してんだよ」
リルちゃんがにっこり笑う。
「じゃあ、全部つなぐね!」
「つなぐな!!」
だが遅い。
制御室のモニターに、
黒犬艦船の識別コードが次々と表示される。
《黒犬巡洋艦01:接続》
《黒犬巡洋艦02:接続》
《黒犬駆逐艦05:接続》
《黒犬コルベット12:接続》
・
・
・
「勝手に接続してるぅぅぅ!!」
「はい、最適化開始〜♪」
リルちゃんが指をひらりと動かすと、
黒犬艦船の内部パラメータが高速で書き換えられていく。
エンジン効率:+12.4%
シールド再展開速度:+8.9%
対空兵器追尾精度:+15.2%
主砲命中演算:+5.7%
敵味方識別速度:+11.3%
ロウが複雑な表情で叫んだ。
「上がってるぅぅぅ!!
いや、ありがてーよ!?
ありがてーけど!!
色々怖いわ!!」
「リルちゃんは陽電子AIですから。
この程度は朝飯前です」
ミネがドヤ顔で呟く。
「“この程度”って言うな!!
軍の技術者でも数週間かかる作業だぞ!!」
リルちゃんもドヤ顔で呟く。
「はい、黒犬さんの艦隊、
全艦性能5〜15%アップしました!
えっへん!」
「えっへんじゃねぇ!!
勝手に軍艦のOS書き換えるな!!
いや助かるけど!!
わけわかんねーよ!!」
カタリナもドヤ顔で呟く。
「ロウ、良かったじゃん。
強くなったよ?」
「お前らの“良かった”は信用できねぇ!!」
あとがき
ふぅ、ようやく一段落ね。赤毛猫海賊団副団長のサクラモカよ。
第53話、みんなは楽しんでくれたかしら?
正直、ロウのあの魂が抜けたような顔、録画して永久保存しておきたいくらいだったわ。
自分のアジトだと思って帰ってきたら、そこら中からいい匂いがして、壁には可愛いステッカーが貼られてるんだもの。海賊港というより、もはや「巨大な女子寮」よね。
それにしても、ミネの「黒犬さん向け」新築団地……あのセンスには笑えるわ。
あの地味さは逆に芸術的ですらあるわね。
漫画の世界でしか見た事なかったわ。
でも、黒犬の団員たちが私たちの炊き出しスープに胃袋を掴まれてるのを見ると、案外この「胃袋と女子力による支配」は正解だったのかもしれないわ。
一番驚いたのは、やっぱりリルちゃんの暴走……じゃなくて、「最適化」ね。
勝手に艦隊のOSを書き換えて性能を底上げしちゃうなんて、ロウが震えるのも無理ないわ。
でも、戦場ではその数パーセントの差が生き残れるかどうかの分かれ道になるのよ。
性能が上がって文句を言うなんて、ロウも贅沢な悩みよね。
おねーちゃんは相変わらず「強奪完了」なんて物騒なことを言ってたけど、私たちはあくまで「スタイリッシュな義賊」なんだから!平和的に(?)港の権限を移譲してもらっただけよ。
リルちゃんが管理するようになったから、これからはドッグの使い勝手も格段に良くなるはず。
さて、これでようやく拠点も整ったし、本格的な活動の準備は万端ね。
次は一体どんな騒動が起きるのか……。
とりあえず、ロウが自分の部屋のピンクのカーテンに慣れてくれることを祈るわ!




