其の六 無二三、学びの日々
6話目です。よろしくお願いします。
一
明治元年(1868年)十二月。
駿府の沼津に徳川家の兵学校が設立された。
主な教師陣はオランダ留学していた幕臣などで、其の付属として小学校も併設される。
この小学校を卒業すると兵学校へ進める、と云う仕組みである。
謹慎が解けた結城無二三はこの小学校に入る。
小学校、と云っても現在の小学校とは違い、数学や英語を初め語学が学べる処で、また砲術の知識がある無二三は、兵学校の砲術の補佐などもしていた。
無二三はこうして学びの日々を送るのだが、特に彼の興味を引いたのは牧畜であった。
丁度この頃、オランダから赤松大三郎(則良、1841年~1920年)が帰国し、この兵学校の教師に為ったばかりだったので、彼の元に時間を作っては無二三は訪れる。
オランダを初め、ヨーロッパの牧畜に関して、赤松の話を聞きこんでは、速記をして、後に其れを清書する程のめり込んだ。
元々、彼は医師を目指していた。
人間と動物。
目的は違えど、命を扱う学問、と云う処では重なる。
無二三の牧畜への関心は、そんな少年期の志への回帰でもあった。
江原素六(1842年~1922年)。
この兵学校の設立に関わった幕臣なのだが、彼も赤松の牧畜の話に興味を持ち、無二三と共に学ぶ。
こうして江原との知己を得た無二三だが、これが後に彼や彼の家族に少なからぬ影響を与える。
そんな学問に打ち込む無二三に、上層部からある命が下る。
実は無二三と同じく新撰組のある元隊士が、沼津から脱走し、江戸、つまり東京へと逃亡した。
然も、この元隊士。とある人物の刀を持ち逃げしていた。
「この逃亡した男を始末せよ。但し、表沙汰にしては色々と面倒なので、内々に行え」
こうして無二三は東京へと向かう。
明治二年頃のことである。
二
東京に到着した無二三は即座に其の新撰組元隊士の居場所が分かったが、何とこの元隊士は新政府の庇護下にあった。
寧ろこの時点では、本来幕府関係者は勝手に駿府から出てはいけないので、無二三の方が違法を犯している。
遂に金の無くなった無二三は、唯一幕府関係者として、東京で駿府の徳川家との連絡役をしていた、勝海舟の元に助けを求める。
甲陽鎮撫隊の結成時には、銃や大砲の用意等を初め、色々と世話をしてくれた人物だ。
「まぁ、取り合えず飯でも食っとけ」
海舟は飯だけでなく、酒すら出してくれた。
「金もないんだろう」
そう海舟は言うと無二三に多額の金を渡し、助言を与える。
「好いかい。内々に行えってぇ言うのは、表向きにはっきりとそいつを始末する必要はねぇんだよ。この意味を良く考えるんだな」
海舟の屋敷を辞した無二三も流石に「ははん、なるほど」、と頷く。
件の元隊士が居る、新政府のとある屯所に無二三は正面から面会を求めた。
一歩間違えれば無二三は捕まり斬首である。
事情を正直に全て新政府関係者に話し、海舟から貰った金をこの元隊士に渡し、其の代わりに刀を返して貰った。
沼津に戻った無二三は刀を差し出しこう報告する。
「当人は既に死んでいたので、奪われた刀を取り戻して参りました」
三
兵学校に入ると本格的に畜産学を無二三は学ぶ。
翌明治三年。
今度は勝海舟が沼津へ自ら連絡役として遣って来た。
要件を果たし、兵学校の様子を見学していた海舟は無二三を見つける。
「よう、お前さんは何時ぞやの新撰組の奴じゃあねぇか」
「勝先生、あの時は大変お世話に為りました」
「お前さん……。えぇ~と、結城無二三と謂ったな。ほぅ、畜産を学んでいるのかい。学び終わったら俺の処に来てみな」
明治五年に海舟は明治政府の海軍大輔に就く。
大輔とは「次官」のことで、つまり海軍次官なのだが、大臣に当たる海軍卿が欠員だったため、実質海舟が海軍大臣だ。
この年には西郷隆盛から直々に請われ、大久保一翁が東京府知事に為っている。
そんな旧幕臣たちが、明治政府下で要職に就いて行く中、兵学校で畜産を学び終えた旧幕臣の無二三は、再び東京に行き、海舟の元を尋ねる。
「実はだな、伊豆大島で牛を飼うってぇ話が以前から在ったんだが、誰に遣らせるか、と迷っててな。其処で結城。お前さんに任せようと思うんだが、どうでぇ、遣ってみる気はねぇか?」
明治政府は近代化と富国強兵を目指している。
其の一つとして、ヨーロッパ式の牧畜を奨励していた。
無二三も二つ返事で承諾する。
「勝先生、是非とも遣ってみたいです! 必ずや成功させます!」
こうして無二三は東京で種牛を数頭用意して貰い、伊豆半島の伊東まで牛たち共に移動し、伊豆大島への渡航の準備を始める。
そして、いざ大島への出航前に、無二三は故郷の甲斐(明治四年から山梨県と為っている)で、「大小切騒動」が勃発したとの報を聞く。
「何ッ! 信玄公による『永世変えるべからず』との法だぞ! 徳川の世でも其れを尊重して来たのに、新政府の賊徒共め、俺が首領と為れば、会津や箱館で生き残った勇士たちも駆けつけてくれる筈。この天下を引っ繰り返してやる!」
無二三は大島に行かず、牛たちを置いたまま、単身故郷山梨へと向かう。
結城無二三。
彼の心の中には未だ新政府に対する敵愾心が燻っていて、其れがこの故郷の「大小切騒動」で暴発するので在った。
其の六 無二三、学びの日々 了
続きます。




