ほうれん草とマスのミルフィーユ3
その頃、広間にはレオに声を掛けられた村人達が集まっていた。皆、席につき何が始まるのか顔を見合わせている。
「仕事があるだろうが今日は今後のことを話しておかねばならないと思って集まってもらった」
話を始めたレオは立ち上がり、面々を眺めそっとため息をついた。
「ナジ、重要な話だ。あとでルクとジャンヌにも話しておいてくれ」
ルク達がこの場に居ない。きっとナジを呼びに行かせたユーリはルクとジャンヌにもきちんと伝えたのだろうが、来なかったということだろう。
ナジは申し訳無さそうに頷き、ユーリを見てから視線を落とした。
「さて、皆を呼んだのは他でもない。今年の冬は寒波が押し寄せるであろうということだ。秋の異常な温かさ、そして最近の気温の急落。例年になく越冬が厳しくなると思われる。そこで、早いうちから準備をしてもらいたい」
ボリスが手を挙げながら質問する。
「俺はここで冬を越したことがない。普段の冬は雪がどれくらい降るのかも知らないので教えてほしい」
もっともだ、とレオが答え、皆の方へと向き直った。
「普通なら降っても私の膝辺りまでだ。雪は断続的に降るが、それでも道はとけるので膝をこえない。だが、今年は倍かそれ以上降るのではないかと考えている」
レオの膝から下の倍となるとリアナは腰辺りまで埋もれてしまう。アリシャはそんな雪を見たことがない。アリシャの育った村は降っても翌日には溶けてしまうので積もるほどのことはほとんどなかった。
「そこで、初めから宿屋に集結し、冬を越そうと考えている。アリシャさえ良ければな」
急に話を振られたが、アリシャは瞬きをしてから直ぐに同意し頷いた。
「集結……皆でここに住まうのですか?」
アヴリルが宿屋を見渡しながらレオに聞いた。宿屋は広いが村人全員となるとどうやって寝泊まりするつもりなのか、謎だということだ。
「そうだ。女たち──」
言いかけた時に、扉が開けられ水車小屋から戻ってきたザライムとイザクが広間に入ってきた。皆がイスにつき、話し合いをしているので興味が引かれたらしくザライムが「なんの話し合いをしているのか。我らも聞きたいが良いか?」と立っていたレオに申し出た。
「問題はないが、愉快な話ではないぞ。ただ、越冬するためにどうすべきか話しているだけだ」
「そうか。この辺りのことに疎い我らも是非聞いて参考にしたい」
イザクはザライムの答えに僅かに顔を歪めたが、口を出すこともなくザライムにイスを用意した。イザク自身は座ることなくザライムの横に立った。
「お二人も早めの出発をお勧めする。今年の冬は異常な寒さになるだろうからな。足止めされることになる」
イザクが横からザライムを見てからレオに「なぜわかるのですか」と質問した。
長年の積み重ねだとレオが答えたところで再び宿屋の扉が開いた。
入ってきたルクが尋常ではないことに誰もが気が付き、場が凍りついた。
手には石斧をぶら下げ掻き乱された髪はルクの心を反映しているのかボロボロだった。何より涙の跡が残る頬が印象的で、アリシャは眉の間にシワを寄せて口を引き結んだ。
「どうして嫌がるジャンヌに手を出し、殺そうとしたんだ!」
ザライムに詰め寄ろうとしたとき、イザクが間に立ちはだかる。
「何の話かわからんが、落ち着くのが良かろう若者よ」
ザライムに代わり答えたイザクの声は落ち着いていた。だが、全身からルクを追い出そうとする気迫が漲る。
「しらばっくれるな! ジャンヌを襲った挙げ句、拒否されたから火をつけたと聞いたぞ」
笑いだしたザライムに皆の視線が集中する。
「いやはや、可笑しな女だと先程も感じたが……この私が襲ったと言うのか。勝手にお仕掛けてきたというのに……口封じに火を放ったと言うなら、本当に殺してやれば良かった」
ルクの腕がブルブルと震えだした。最近こそ仕事に出てきていないルクだが、それまではずっと木こりとしてやってきた。重い斧を振り上げるなど容易いので、震えは怒りからきているのは誰の目にも明らかだ。
「やめなさい! ルクっ」
思わず立ち上がって声を張ったナジに、男たちの体も突き動かされルクを制止しようとルクに駆け寄ろうとしていた。
ザライムが顔を向け、指先をルクに差し伸べると指先から炎が湧き、それをルクに放つ。炎は解き放たれた瞬間からまるで矢のように直線的にルクへと突き進んでいった。
炎の矢が進んでいる先はルクの体の中心、心臓を目指していた。しかし炎はルクの手前で何かに激突し、砕け消えていく。
ザライムは目を見開いて背後から流れてきた力の源を凝視した。
「防御……アリシャが主であったのか」
青ざめた顔でアリシャは息を切らしていた。
呆気にとられている村人の中で一番早く動き出したのはルクだった。
「化け物たちめ!」
手にしていた斧を皆に向けて投げると、外へと駆け出した。
「ルク! 待ちなさい!」
後を追うナジにボリスが「ナジさん」と、止めようと一緒に外へと出ていってしまった。
顎髭を捻ってから、レオがアリシャの肩に触れ「よくやった」と褒めた。それから、ザライムに視線を投げた。
「攻撃の力。ザライム改めて、スルシュア王国の王子エクトルということだな」
ザライムと名乗っていたエクトルはフッと息を吐いた。目の横に笑みを浮かべて言う。
「そういうそなたは知の司と呼ばれたレオナルドだな。そして──」
エクトルの視線はエドに向かった。
「ストルカ国、第一王子エドワード。回復の主だと思い込んでいたぞ。まさか防御の主の方が居るとはな」




