ほうれん草とマスのミルフィーユ4
エドはエクトルを睨み付け答えない。
「知の司レオナルドには怪力の従者ドクトール。そして行方知れずになっていた王子エドワード。駒は揃っておるではないか」
レオはその事に言及することなくエクトルに「何をされにこのような辺鄙なところにまいったのでしょうか。村の外に兵まで待機させ」と問う。
「ふ、バレておったか。理由か、理由だな。なぜか国を離れ小さな村で隠れ暮らす回復のエドワードと話をするためだ」
「話してどうするというのでしょう」
「手を結ぶつもりであった。不思議には思っていたのだ。回復の力を持つエドワードは一向に表に出てこないばかりか、知の司と共に行方知れず。それなのに、ストルカには回復の力を使うものが居るとの噂が出ている。親子以外に力が二分割することがあるのかと驚いたが……」
レオから今一度エドへと視線を投げて「エドワードには力がなかったのだな」と、エドの様子を窺っていた。エドは口を噤んだまま何も言わなかった。それでエクトルは次にアリシャを見た。エクトルが口を開きかけた時、レオが先手を打った。
「交渉などせぬ。アリシャを政に巻き込むのはよしていただこう。それにだ。我らには差し迫った自然の脅威との戦いが待ち受けている。そなたらはこの地から早々に引き揚げねば嵐に巻き込まれるぞ」
そこでイザクが「追い払う口実では?」と不躾な問いを投げた。
「いや、雲を見たか? 今夜にも雪が降るであろう。一ヶ月もしないうちに村は雪により閉ざされるはずだ。もう野営はムリだ。今夜も兵たちを呼び寄せた方が良いぞ」
イザクは傍らに座るエクトルに「兵を呼びましょう。隠しておく必要もなくなりましたし」と進言した。
「兵と言っても総勢十人。ただ馬が同じ数だけおる。家畜小屋を見たが入らないぞ」
確かにエクトルの指摘どおり、冬を越すために家畜の数はぎりぎりまで抑えたが、空いたスペースはエクトルとイザクの馬で埋まってしまっていた。ここに十頭の馬を繋ぐのはどう足掻いて無理だった。
「うちを家畜小屋にすればよい。ワシらは宿屋に移ればいい」
ジャンが申し出たのは単なる親切心からではない。宿屋から一番近いのがジャンが使う家なので理にかなっているのだ。
「その代わり家の金をそちらさんに負担してもらおう。来春から住む家の建築費とそれまでの宿代」
エクトルはその費用を問うこともせずに「悪いな、ご老人。助かる」と、申し出を受け入れていた。
アリシャはこの短時間に聞かされた情報の数々に押しつぶされてしまいそうだった。特にエドのことは驚愕だが、謎も多いままだ。
多くの事をうやむやにしたまま、エクトル達は村に宿をとることとなり、準備に移ることになった。
「先に話しておくが宿に泊まると言うことはきちんと宿代を払ってもらわねばならない」
レオの指摘にイザクが「もちろん支払いはする。前払いしよう」と、金貨を一枚取り出した。アリシャは生まれて始めて本物の金貨を見た。金貨は収穫前の麦によく似た色をしている。
「家を提供してもらう為の金、食事代──食料は足りるだろうか?」
レオは受け取った金貨を指でなぞり「そこは問題ない。ただ、金は受け取ったが労力は提供してもらわねばならん」と、返した。
「労力か?」
「ジャンの家から荷物を運び込んだり、食料庫から樽を運んだり」
「それなら手を貸そう」
聞いていたアリシャが「あの」とおずおずと会話に入る。
「皆さんには湯浴みをして欲しいのです。野営していたなら汚れていらっしゃるでしょうし、『冬咳』は清潔にしていればかかりにくいと聞いてますから」
イザクはアリシャの申し入れに険しかった表情を和らげた。
「それは皆、喜ぶ。水車小屋で交互に入るように伝えておこう」
「お腹に子がいる女性もおりますので助かります。それと──」
アリシャは先ずはレオを見上げ、その後黙って聞いていたエクトルに視線を向けた。エクトルの方もそんなアリシャに気が付いて「なんだ。申せ」と、促した。
「魔法は使わないでください。火事が、火事が怖いのです」
言葉が上擦ったアリシャの肩をレオが抱き、続ける。
「アリシャは生まれ育った村を何者かに襲われ失っている。その時、村に火を放たれたらしいのだ。それでなくても火は危険だ。不満があった時は隠し持った剣を使うといい」
エクトルはイザクに視線を投げてから「構わない。余程の事がない限り考慮しよう。アリシャの為に」と、言いアリシャの手を取った。
「お前の望みなら受け入れる」
戸惑うアリシャの手に唇を押し当てると、それを解放する。レオは黙ったまま表情を変えなかったが、イザクははっきりと顔をしかめていた。
「では私は兵を呼びに向かいます。エクトル様もご同行を」
「なぜ行かねばならないのだ」
「エクトル様の兵だからですよ、さあ」
イザクに半分叱られエクトルは腰を上げた。
「知の司、聞きたいことが山ほどある。また後ほど話そう」
二人は長い黒髪を靡かせて外へと出て行った。レオはため息をついて、抱いていたアリシャの肩から手を離した。
「アリシャよ。お前も色々知りたいことは多かろう。時間を作り話をしようではないか。幸い……今年の冬はたっぷり時間がとれそうだからな」
「はい」
レオの言う通り、知りたいことだらけだ。今すぐに聞いてしまいたいくらいだが、レオにそう言われたのでは待つしかなさそうだった。




