サーモンやソーセージの手巻きクレープ4
「どうも雰囲気がやたら高貴な人っぽくてね。とりあえずボリスに個室を空けて貰ったからシーツを入れないと」
汲み置きの水を掬い手を洗ったアリシャが隣の部屋に駆け込んで、シーツを取り出してきた。
「皆に感謝しなきゃね。ウィンも本当にありがとう」
直ぐにシーツを掛けようと出ていこうとするアリシャをウィンは思わず引き止める。
「待って。もう一度言うけどたぶんかなり高貴な人なんだ。だから、粗相がないように。ああいう人は気難しいことが多いから」
こくんと頷くとアリシャは「気難しいのエドで慣れてるから平気」と笑いながら出て行ってしまった。ウィンは不安そうに後ろ姿を見送ると、足元でソワソワしているココをアリシャの部屋に入れてやった。
「ココは待ってる方がいい。間違って噛んだりでもしたら斬り殺されるかも」
アリシャはあまり理解していないようだったのがウィンを不安にさせた。あの二人組が何事もなく宿泊し、早めに退去してくれることを密かに祈っていた。
シーツを持って広間に出ていくと珍しいことにレオが居て、エドと話をしていた。アリシャは話に加わる暇がないので会釈をしてボリスが使っていた部屋に入っていった。
「アリシャ聞いたんだね?」
ボリスは使っていたシーツに服なんかを置き包むと肩に担ぐ。
「ええ、個室を二部屋ね。ボリスには後で何かお礼させて」
「お礼はいいけど『ボリスっていい人なのね』って覚えておいて」
藁を手で混ぜてから形を整えて平にし、その上に持参したシーツを掛けた。
「それはいつでも思っているから」
アリシャが言うと、ボリスはその調子とおどけて部屋を後にした。
シーツを手で伸ばしていると、またゾワゾワと体に寒気のようなものが走っていく。どんどん強くなっていくその感覚に顔を顰めた。
(今日は早く寝たほうがいいのかも)
宿屋の部屋らしくボリスが体裁を整えてくれたので三部屋とも簡単なものではあるがテーブルとイスが備わっている。アリシャはそれを壁側に寄せ、部屋を見渡すと隅に木の葉を見つけて拾い上げた。
(大丈夫。高貴な方だってこんな小さな村だもの、これで許してくれるわよ)
自分に言い聞かせると、アリシャは個室から出ていった。
アリシャは広間に出た瞬間、思わず息を飲んでいた。引き寄せられるようにその男を見ると、男も美しい顔に驚きを浮かべアリシャを見ていた。
「これは……」
男が呟いたのを耳にし、背を向けていたイザクが振り返った。
「ああ、宿屋の主です。アリシャ、また世話になる」
何かに引っ張られている。アリシャは表情を強張らせながらどうにか口を開いた。
「いらっしゃいませ。イザクさん。そちらの方も……」
動かぬ男に代わり、イザクが男のことを紹介する。
「こちらは私の主で鉄の売買などを手掛けているお方ザライム様だ」
イザクはザライムを見て、まだアリシャを凝視していることに気が付き「なにか?」と問う。
「……いや、宿屋の主人が女なのは珍しい」
「稀に見ますが、ここまで若いのは確かに」
料理部屋から出てきたウィンがまだ暖炉の近くに居たエドに「エド、部屋を案内するんだ」と気を利かせ声を掛けた。
なんで俺がと答えたエドにザライムが興味を示して、まじまじと眺めた。
「ほぅ、《《エド》》か」
エドの眉が嫌そうに跳ねた。
「どっかで会ったか?」
怪訝そうに問い返すエドにイザクが答える。
「すまない。私がなかなかの美少年が居たと話したものだから興味を持たれただけだ」
イザクの説明に当の本人ザライムが笑う。
「興味か……そうだな。確かにその通りであったというだけだ。さて、エドよ部屋の案内をしてくれ」
エドは不機嫌にアリシャを自分の方に引っ張り、アリシャが出てきた部屋の扉を一気に開けた。
「ここだ。俺は宿屋の人間じゃねぇ。何かをして欲しいなら違う奴に頼むといい」
かなり高飛車な態度にウィンが「エド!」と注意の意味を込め名を呼んだがエドはウィンを見ようともしなかった。
ザライムもさも可笑しそうに肩を上げただけで、怒りはしなかった。
「次回からはそうしよう。なかなか楽しい経験だな」
言いながらアリシャの腕を掴んでいるエドの手を見つめ「離してやったらどうだ」と落ち着いた低い声で言った。
アリシャの方は指摘されるまで腕を掴まれたままだということに気がついておらず、離された時になぜだか不安な気持ちになった。
ザライムはイザクを伴って個室に入っていき、広間を支配していた緊張した雰囲気もそれでゆっくり消えていった。
一部始終を見ていたレオがウィンに問う。
「彼らは二人で来たのか?」
その質問に不思議そうな表情でウィンが首を傾げた。
「二人しかいませんでしたよ。辺りには誰も」
フムとあごひげをしごきながらレオが物思いに耽るが、顔を上げてアリシャの方を向いた。
「アリシャ、夕飯の支度は大丈夫なのか?」
「あ! 行かなきゃ。じゃあ、皆さんまた後で」
動き出そうとピンと背筋を伸ばしたが、アリシャは隣にいるエドから離れたくなかった。
「エド」
「ん?」
声をかけた癖にアリシャには言うべき言葉が見当たらない。何かを伝えたいのに、その何かが形にならないのだ。
「ううん、なんでもないわ」
体はまだソワソワする。ソワソワというよりゾクゾクに近い。




