サーモンやソーセージの手巻きクレープ2
話しながら店の裏手に周り、見えないところでガサゴソと荷を漁りつつ続けた。アリシャはレゼナな顔を見合わせ、レゼナが口を開いた。
「ここにジャンヌが来るってこと?」
「ああ、たまにね。男をとりたいんだと」
レゼナは顎を引いて顔を顰めた。
「体を売りたいってことでしょ?」
他に意味があるかいと言いながら両手いっぱいに生地を抱えて出てきた。
「ドナ村の男はアリシャの専売だから手が出せないって涙を浮かべてたよ」
絶句するアリシャの腕にレゼナが手を置き「誰も信じやしないわ」と慰めた。
「そうだよ。あんな嘘つき誰も信じちゃいないさ。だからあたしは北に一日行けばまぁまぁ大きな娼館があるし、そこなら男もいるからそこに行きなって言ってやったわ。カゴに入れちまっていいかい?」
レゼナは生地を何個か捲ってから頷いた。空になったカゴに生地を入れ、入り切らない分はアリシャのカゴにも入れた。
「そしたらそれは嫌だって言うんだよ。稼げるのに何でだって聞いたのさ」
そこで話を切って、まずはレオとアリシャの品物の金を払ってからレゼナに生地代を言い渡した。レゼナがポシェットから金を数えて出す間にリリーは首を横に振りながらため息をついた。
「ボリスを手に入れたいんだとさ。それ言うかねー、あんたルクと夫婦になったんだろって言ったら『あら、あれはルクがのぼせあがっているだけよ』なんていけしゃあしゃあと言うんだから怖い女だよ」
アリシャは色んな種類の感情が渦巻いて気分が悪くなりそうだった。盲目的に恋しているルクが気の毒だし、狙われているボリスが心配だし、アリシャ自身は酷い噂を拡められて恥ずかしくて悲しかった。
レゼナは数えた金をリリーに渡し「悪魔の使いなのかしらね」と呆れ返っていた。
「そりゃわからんが、なんにせよ早いとこ追い払っちまった方が村のためだよ」
リリーはそう断言すると、アリシャに顔を向けて珍しいギュッとハグをしてきた。
「聞かせたくないが、知らずに噂が広まって違うところから聞かされたら嫌だろと思ったんだ。悪かったね、そんなに青くなりなさんな」
リリーの温かいハグに応えて腕を回すと、リリーは最後に力を込めてから体を離した。
店を後にすると、レゼナはカゴが重いはずなのに、アリシャの手を取り繋いだ。
「子供が小さい時は手を繋ぐ機会もあるけどね。今はないから繋がせて。私のかわいいアリシャ」
レゼナはアリシャを慰めようとしてくれていた。伝わってくる優しさに涙が零れそうだった。きっと、母が生きていればこんな風にしてくれたのだろうと思うとグッと鼻の奥が刺激されて泣かないように歯を食いしばらないとならなかった。
(泣きたくない。こんなことで泣きたくない)
空を見上げると分厚い灰色の雲が北からジワジワと押し寄せてきていた。
宿屋に一旦戻ると、アヴリルが宿屋に居てココと遊んでくれていた。カウンターが出来たので店を開く準備に来ていた。レオが卸してくれる薬を並べ、暇を見てレゼナとアヴリルが作ったファーの襟巻きなどが下げられていた。
「ジャムを持ってこなきゃ」
「そんなの明日で構わないわよ。それよりボリスが水車小屋で待っているって」
朝、食事を取りに来た時にボリスがマスを取りに来いと話していたのをすっかり忘れていた。
「大変! 忘れていたわ。どうしよう、凄く待たせてる」
アヴリルは手を振って気にすることはないと言う。
「水車小屋の修理をしながら待つって。ボリスの一番良いところは気が長いところなのよ」
アヴリルはそう言うと中身が空になったカゴをアリシャから取って、閉まっておくから行くようにと言ってくれた。礼を言うと、アリシャは急いで水車小屋へと向かう。
駆け出すと自分から出ていく息が白い。今日は本当に冷え込んでいる。
水車小屋まで駆けてくると外にはボリスが居らず、水車小屋小屋の中を覗いてみた。そこには止まった水車があり、その横でボリスが小屋の板を補修していた。
「ああ、ごめんなさい。お待たせしちゃって」
アリシャが言うとボリスは板を打ち付けながら横顔を向けたまま微笑んだ。
「リリーのところに行ったとアヴリルに聞いたからね、覚悟してたさ」
ボリスほど寛容な人はいるだろうか。器用だし、性格も見た目も悪くない。これなら結婚相手には困らないどころか行列が出来そうだ。
「いつも本当に優しいのね」
ボリスの目尻が下がって「相手によるけど」と言うと最後の木釘を打ち込んでアリシャの方へと顔を向けた。
「誰にでも優しい気がするわ」
「そう? それがヤキモチなら嬉しいけど。ま、これは聞かなかったことにしてくれ。ノーカウントで」
これもアリシャが口説くのはやめてくれと言ったから気にしてくれているのだ。
「ボリス、もし……ボリスも困ったことがあったら私も話してほしい。その、友達として」
ジャンヌに困ったことをされていないか心配だった。ボリスの為なら出来ることはしたいと思ったのだ。
「友達として……か。なかなかに鈍い刃で刺してくる」
アリシャがしゅんとすると、ボリスはアリシャの肩を叩き「嘘だよ」と、扉を押し開けアリシャが通るのを待つ。
「マスもよく捕れるし、ウナギも罠に入ってる。今年の冬は毎日寝そべってても食うには困らなそうだ」
ボリスはしっかり話を変えて冗談を口にする。アリシャもボリスの優しさに応えなければと気持ちを切り替えおどけてみせた。
「寝そべって食べていたら太って村の豚より美味しそうになっちゃうわ」




