サーモンやソーセージの手巻きクレープ1
暖炉が完成し、やっと広間にカウンターが出来上がった。オーク材で作ったカウンター下には棚もつけられていた。
アリシャはレゼナと連れ立ってリリーの店に向かっていた。
今朝はなんだかとても落ち着きがなくて宿屋に居たくない気分だった。レゼナに今日店に行こうと言われて正直喜んでいた。これまでのお礼と挨拶、それにこれからも取引してもらうためだ。
「アリシャは何を持ってきたの?」
カゴを見下ろしてレゼナがアリシャの持ってきた中身を知りたがった。
「ベリーのタルトとリンゴジャムです。とても好評だったから」
カゴに掛けた布巾を捲るとレゼナが大きく息を吸い込んで、甘い香りを体内に取り込みうっとりとした。
「はぁ、寿命が延びたわ」
じゃあ私もと同じように息を吸って見せられるのはアリシャがレゼナにすっかり心を開いている証だった。この人なら絶対にふざけても怒らないし微笑んでくれるという信頼感があった。
「若返っちゃうわね」
そう言ってからレゼナはアリシャのカゴの布巾を戻してくれた。
「長生きしなきゃならないものね。来年にはウィンに子供が生まれるし……それにエドとアリシャの子を守る使命がいずれね」
アリシャの驚きを予測していたレゼナはニッコリ微笑んで一つ首を縦に振った。
「エドがドクと私に言ったの。『いずれアリシャを妻に迎えたい』って」
驚きと喜びが同時に溢れて、やはり言葉が出てこない。
「エドは若いけど……アリシャの場合は特別だから」
そこまで言うとレゼナはアリシャの前方に出て、カゴを掴んで取り上げた。そのカゴを置くと、何とアリシャの手を片方取り深々と腰を落とした。これは目上の人間にやるかなり畏まった挨拶でアリシャは何がなんだかわからず慌てた。
「頭を上げてください! ど、どうしたんですか」
「防御の主、アリシャ様。私達は全力であなたにお仕えいたします。どのような時も共に歩む覚悟でございます」
このような態度は初めてなので本気でどうしたらいいのかとオロオロすると、やっとレゼナが顔を上げた。
「もちろん、普段はアリシャの母としてサポートするわ。甘えて頂戴ね」
レゼナはアリシャに微笑んでから川の水面に目をやった。
「エドがアリシャを選ぶのは運命だと思っているの。だから、若いという理由で反対するのはバカバカしいとドクと決めたのよ。流石にね、家くらいは用意してからとも思うけどアリシャには宿屋があるものね。結婚は春くらいにどうかしら?」
レゼナは薄く涙を浮かべ川の流れを見つめている。
「あの子がアリシャを守りたいって私達に頭を下げたの。こんなことって一度もなかったから」
レゼナは指で涙を拭って頬を叩くと「やぁね、歳を取ると涙脆くて」なんて笑ってみせた。
地面に置いたアリシャのカゴを持ち上げるとそれを手渡し、レゼナはレゼナで自分のカゴを持った。そちらはレオから預かった薬が入っている。
「でもアリシャで本当に良かったわ。ジャンヌと結婚したいなんて言われたら大変だったもの」
川からの風が冷たかったのか、それとも違う理由なのか、レゼナは体を震わせた。
「ナジの顔を見た? すっかりやつれてしまって気の毒で気の毒で」
最近のナジの顔は見ていられないほどやつれていてアリシャも同情していた。あんなにそっくりだったから子供たちは『ナジナジ』『ナジナジナジ』と呼ばれていたのに、今じゃかけ離れてしまっている。頬がコケたナジは時々村の最長老ジャンよりも老けて見えた。
「まさかあんなに真面目だったルクが仕事をサボるようになるなんて、驚きです」
ルクはジャンヌの言いなりになり、一緒に居たいと言われたらその日はもう一切働かないという生活を送っている。何度注意しても聞かない息子にナジはほとほと困り果てていた。
「そうね。今はナジが金銭的に支えているけど、これは良くないわね。やはり子供は可愛いから見捨てられないみたいで苦しんでて辛いわ」
レオが見兼ねてナジに家から追い出して自立させるのも親の役目だと諭したらしいが、ナジはルクを突き放すことが出来なかったらしい。
二人で肩をすくめ寒さに耐えながら歩いてリリーの店までやってきた。リリーは店の前で焚き火をして暖をとっていた。
「いらっしゃい」
「寒くなるの億劫になっちゃって、お久しぶりリリー」
リリーにカゴを渡しながらまずはレゼナが挨拶をする。
「急に寒くなっちまって、嫌んなるねぇ。さあアリシャもこっち」
レゼナのカゴを台に置くと、すかさずアリシャのカゴも受け取った。
「こんにちは。リリーさん、今日は最後のご挨拶というか、荷物をたくさん卸すのは最後というか」
リリーはカゴからは荷を出しながら「そろそろだと思ってたよ。しゃーないさ」と、さっぱり許容し半身振り返る。
「祝い事の菓子とか、注文は受け付けてくれるだろ?」
「もちろんです」
「うん。時々卸してくれたらありがたいし、欲しくなったらそっちの店に仕入れに行くよ。レオともそういう話でまとまっているし」
話している間、レゼナは店に並ぶファー、革、麻布などを手に取って眺めていた。
「レゼナ、何か入り用かい?」
リリーは手も口も止まることを知らないが、千里眼のようにレゼナの動きまでしっかり見ていたらしい。
「ここにある布地はこれで全部かしら? 冬は時間がとれるからたくさん縫い物をしたいのよ。ほら、うちのお嫁さんもやれるし」
「裏にまだあるよ。取ってくる。アリシャはやらないのかい?」
話を振られそうな気はしたが、やはり来たかとモジモジと答える。
「私はお針はちょっと……」
リリーはアハハと笑いだしてアリシャの肩を叩いた。
「綺麗な顔だけでも凄いのに料理も出来んだ、針仕事まで出来たらあたしらが困っちゃうよ。多少出来ないものがあるくらいが程よいんだ」
顔を褒められると、嬉しいやら恥ずかしいやらでどうしていいのかわからず下を向いた。
「そりゃジャンヌだったかい? あの子も妬くよね」




