うなぎの団子入りクリームシチュー1
暖かかった秋が急にそっぽを向いたような寒い日がやってきた。そろそろ穏やかだった秋が終わろうとしている。
アリシャはカゴを携えて壊れた水車小屋へと向かっていた。緩やかな坂道を下っていくと、村の方へと上がってくるアヴリルと会った。
「アリシャ、どこに行くの?」
「ボリスに水車小屋までうなぎを取りに来いって言われているの。アヴリルは鍛冶屋の帰り?」
水車小屋の隣には鍛冶屋が作られていて、ウィンがジャンにいちから鍛冶のやり方を習っているところなのだ。まだ暫く農業と兼務しないとならないので今のところは朝の家畜の世話が終わった後のみになっている。お昼ごろには農業に戻らないとならない。
「ちょっとだけ見させてもらっているからね。一応洗濯をするって名目で一緒にいくんだけど」
アリシャよりずっと歳上のアヴリルが少女の如く目を輝かせウィンの話をするのは微笑ましいことだ。アリシャにも喜びが移って自然と笑顔になっていく。
「幸せそうで嬉しいわ」
アリシャの言葉にアヴリルは肩を上げてみせた。
「そうでもないのよ。あの忌々しいジャンヌのせいでね」
これもまたアヴリルの気持ちが痛いほどわかり、アリシャも渋面を作った。
ジャンヌの態度はあからさまだ。男には媚び、女は蔑む。しかも男達の前では明るく屈託のないお嬢様だが、女たちにはとにかく威圧的な独裁者のようなのだ。
「あの人、私に洗濯をさせようとしたのよ! 『あらアヴリル、私の洗濯もやっておいて頂戴』」
アヴリルはジャンヌの言い方をそっくりに真似る。嫌味な顔は僅かに口が右に歪む。そこまで似せていた。
「お腹が大きくなっているし屈むのがキツいからと始めはやんわり断ったらこうよ。『あら、好き好んで男と抱き合った結果でしょ? それで仕事が出来ないとか甘えてるわ』ですって! 私は洗濯屋じゃないわ!」
ジャンヌの問題は態度が大きいだけではなかった。自分は一切働こうとしないのに周りにせっせと仕事を押し付けてくるのだ。
「あの人働かないのかしら……実は貰った宿代は既に使い切っていて、今は《《ツケ》》で泊まっているの」
働かなくてもそれ相応の金を払うならいいが、そもそも払ってもらわなきゃならないものすら支払われていない現状。
「ええ、帳簿をつけているのは私だもの知ってる。それもっとキツく言わなきゃダメよ、アリシャ。村の人ももちろん互いにツケ払いしあっているけど、皆働いてちゃんと返していってるじゃない? あの人は働いてないのだからどこからお金を出すのよ」
基本、宿屋の広間に入り浸りのジャンヌにその話をするとしたら広間しかない。この前は意を決して話したら、まるで支払う気がないみたいにアリシャが責め立てたと泣かれたのだ。エドもボリスも居る前で。
そんなことをされたらアリシャの方が泣きたくなる。正当な要求をしたのにあんまりだった。
「ねぇ、ここだけの話よ」
アヴリルはアリシャに体をピタリと寄せてヒソヒソと話しだした。
「ウィンがね、話してくれたのよ。その、ジャンヌに誘われたことを」
「誘われた……」
「そう、もちろん肉体関係よ。ウィンはちゃんと断ってくれたらしいけど『奥さんが身籠っていたらできないでしょ? 時々遊びにいらっしゃい』って。個室だから大丈夫とか言ってたらしいわ。とんだあばずれよ!」
妻帯者を誘うことなど言語道断だが、妻帯者すら誘うならもしかするとエドのことも誘っているかもしれない。アリシャの産毛がゾワゾワ立ち上がっていく。
「あ、見てボリスが手招きしてるわ。行ってちょうだい。この話はまた今度しましょう」
互いに仕事をサボっての立ち話だったのでそそくさと別れた。ただ、アリシャの頭の中は今しがた聞いたことで頭がいっぱいだった。
(どうしよう……あんな体で迫られたら揺らぐんじゃないかしら。男の人の前ではひどい態度はとらないし)
そう思うとエドとジャンヌが抱き合っている姿しか頭の中に浮かばなくなってなんだか気分が悪くなっていく。
宿代の話は出来てもエドに近寄らないでとは言えない。アヴリル達のような夫婦でもなければ、アリシャ達は恋人同士というほど確かなものなのか自信もなかった。
「立ち話に花を咲かせてましたね、お嬢さん」
ボリスに笑われ、ごめんなさいと返した。待たせているのについ話に夢中になってしまった。
「アリシャには弱いから許そう。それより、ここに網を張れば鱒が捕れそうだって言ったら喜んで貰えるかな?」
「本当に? それは喜ぶわ」
ボリスが若草色の瞳でウィンクして「じゃあ、お礼はキスで頼むよ」とふざけてみせて。アリシャはソワソワして「あの、そういうのはあまり言わないで欲しいの」と言ってみた。
「そういうの?」
「ええ、好意を持ってくれているのはありがたいけど……」
「エドが気になるからってことか」
ボリスは屈み込んで蓋付きのカゴを水から引き上げた。中でバタバタと騒いでいるのはウナギだろう。
「諦めるつもりはないけど、困らせるのは本意じゃないからな。愛情表現は控えておこう。でもアリシャ」
「はい」
「口には出さなくても俺は本気だからそのつもりで。エドは若すぎるし、アリシャには俺のほうが合っていると思うよ。そのことを心に留めておいて」
ボリスの人間性は大好きだ。いつでも明るくて楽しくて、そんな人を悲しませるのは嬉しくない。
「それは前にも聞いたしちゃんと覚えているから」
「困ったことがあれば頼って欲しい。エドとうまくいかなくなったら一番に思い出してくれよ」




