チキンソテー、レモンソース添え5
肉にうっすら焼き目が付いたら器にとって、鍋の余分な脂を捨ててからレモンソースを作る。ジンジャー、グローブ、レモンの実と皮と果汁を煮込み、レモンの皮がクタッとしたところで肉を入れて再び煮込む。出来上がった物を器に盛ると最後にハチミツを編み目のように垂らして出来上がりだ。
煮込んでいる最中に焼いたパンも洋ナシのコンポートもテーブルに運んでから客の部屋をノックした。
「すいません、食事の支度が出来ました」
「遅いわ。お腹ペコペコ」
「すいません」
一応謝りはしたがそれほど遅くもないのでアリシャは気にしないことにした。
近くに居たボリスとエドも料理が並び始めた頃から片付けをしていたので、丁度手を洗いに行くところだった。
「ジョンヌは返事をしたのかい?」
ボリスに言われて初めて客の名前を知った。二人にはドア越しの声は届かなかったようだ。
「ええ、お腹が空いたと言っていたわ」
答えたアリシャの髪をボリスが指で掬い上げて、そのままクルンともてあそぶ。
「アリシャの料理は旨いから驚くよ。美しい料理人なんてそうそう居ないからね」
アリシャはチラリとエドを見た。エドは冷たい目でボリスの指先を見ていた。
「そう言ってもらえるのはありがたいけど、髪はいじらないで?」
言いながら体を引かせたアリシャにボリスはニコッと微笑んでみせた。
「頬に指を這わせるのを我慢した結果なんだけどな。次は頬に──」
そこでジャンヌの部屋の扉が開いて、ボリスの意識が逸れたのでアリシャは内心ホッとした。
「やぁ、ジャンヌ。我が愛しの料理人、アリシャの料理をどうぞ堪能して」
「お二人は一緒に食べないの?」
「ああ、いや。食べるけど、先に手を洗ってくるよ」
そう告げて仏頂面のエドを連れて宿屋の外へと出ていった。ジャンヌは二人を見送ると席に着いて「早くとって頂戴!」とアリシャに命令した。
「うちはセルフサービスですからご自由にお取りください」
「まぁ、田舎ってこれだから嫌なのよね。どうせ暇でしょ? 取りなさい」
セルフサービスだと言っているのにアリシャにやらせようとする態度に腹が立った。それに胸元がさっきより大きく開いているのもなんだか嫌だった。
渋々、器に肉を取り渡すと「やだわ、レモン? 好きじゃないのに」文句しか言わない。
「あなた、さっき話していたボリス? だったわね。彼はいくつなの?」
「二十五歳だったはずですけど」
「もう一人の美しい顔の男は?」
「十六です──」
ナイフを取り出したジャンヌは「ならボリスね」と、一人呟いて肉をさして口に運んだ。
「ボリスは何をしているの? 仕事よ、仕事」
年齢は答えてしまったが、なんだかこれ以上勝手に話すのも気が引けて、それは本人に聞いてほしいと答えた。
「は? なんでよ。教えなさい」
不機嫌にナイフの柄をテーブルに叩き付けた。そんなに怒ることではないのでこの反応には驚いたが、それでもアリシャは意見を曲げなかった。
「本人に聞くべきです。なぜ私から聞き出さなきゃならないのですか?」
「隠すことではないでしょ! 給仕はしないわ、口答えはするわ、とんでもない田舎者ね」
「私はあなたに仕えているわけじゃないわ」
こんな態度、これまでどの人にも取られたことはなかった。ほんの時々、金持ち風の偉そうな人も来たがここまで酷くない。
「この村は金回りも良くて親切な人が多いと聞いたのに、とんだデマ情報。それとも《《アリシャ》》って人以外と付け加えるのを忘れたのかしら」
あからさまな批難にわずかに怯んだのを見透かされたのか、ここでジャンヌが満足そうに顎を上げた。
「あなたね、見たところチヤホヤされてきたんでしょうけどまるで垢抜けないし、体だって全く魅力がないわ。なにその男みたいな平らな体。女が少ない村だから優しくしてもらえるって自覚したほうがいいわよ?」
確かにジャンヌに比べたら胸なんて半分以下しか育っていない。気にしていることを言われて傷口に塩を塗られたみたいに痛かった。
「あら、泣くの? 嫌だわ、本当のことを言ったなのに」
俯いたのはつい自分の胸元を見てしまっただけで、泣くつもりはまるでなかった。もちろん泣いてもいない。顔を上げて口を開きかけたところにボリスたちが戻ってきた。
「話し声が聞こえたけど、早速仲良くなったのか?」
腰掛けながらボリスがいい、エドも座って器を手にした。
「それが……違うのよ。ちょっとあなたのことを聞きたいと言ったら怒られちゃって」
ジャンヌは悲しそうに声を震わせる。そんな姿にアリシャは唖然とせざるを得ない。今さっきまでの人間とはまるで別人だ。
「私……怒ってはいないけど、それは本人に聞くべきだと言ったの」
ボリスはジャンヌに何が知りたいのか問い、ジャンヌはただの好奇心だったからもういいと力なく答えた。
エドが自分の近くにあるパンを一つ取ってボリスに渡すと、ボリスはそれを受け取りながら言う。
「聞きたいことがあるならいつでも聞いてくれて。さぁ、旨い食事を食おうじゃないか」
アリシャの食事は旨いだろと聞くボリスにジャンヌはそうねと同意してみせた。さっきは文句しか言わなかったのにえらい違いだ。
悪者扱いされて、ボリスやエドまでもジャンヌとの会話を楽しんでいる雰囲気に寂しさを覚え料理部屋に戻っていった。
この時になってアヴリルの気持ちが本当の意味でやっと理解できた気がする。アリシャも洋ナシをヤケ食いしたい気分だった。




