川エビたっぷりのとろけるキッシュ7
ドクの家でレゼナの古着に着替えた後、アリシャは一人先に料理部屋に戻り夕飯作りに取り掛かった。
茹でた川エビの身をとろりとしたバターに落としアスパラと一緒に炒めていく。すり下ろしたガーリックをほんの一欠片分と塩コショウで味を整えていく。そこに卵、ミルクとチーズを加えて、よくかき混ぜる。パイ生地の皿に流し入れていく。上から見てもエビの赤とアスパラガスの緑が散りばめられていて美味しそうだ。最後にブラックペッパーを再びかけて味を整えた。エビのキッシュを三つ作り、炉で焼いていく。
お次に作り置きの菓子を棒で砕き、これまた作っておいたパイ生地の更に入れ、残り物のジャムを掬い入れて混ぜていく。それを平らにならしたらシナモンの粉を振り掛けた。ジャムの水気を含んだ菓子がしっとりとしていつもの食感とは違うものへと変化する。こちらは温まる程度に炉にかけた。
皆が来るまで時間がありそうだったので、エビの殻をカリカリに揚げて、粉状になるまで細かくすり潰していく。
「今日も良い匂いだな」
ボリスは料理部屋に入ってくるなり、アリシャの作業に興味を持ち、自分にもやらせてくれて言った。手も疲れていたのでアリシャは殻を潰す作業を喜んで譲った。
「二階にも寄ってきたよ」
ゴリゴリと石の器、棒状になった石の道具で殻を潰す。
「私は行けてなくて……状態はいかがでしたか?」
「熱が出て来ているけど、傷は縫えたし大丈夫だろうって。暫らく消毒をしなきゃならないし、傷が割けないように動けないらしいけど」
合間にこれは何に使うんだい? と殻を摘んで口に入れた。
「味のアクセントに」
「このままでも美味いけど、アリシャにかかると魔法みたいになるからな」
ありがとうと褒め言葉を受け入れると、どううしましてとボリス。
「しかし、今夜は新しいベッドが間に合わないし俺はどこに寝ようか」
「あ、そうですね。確かに寝床が……」
傷を負った老人はボリスのベッドを占領していて、しかも動けない。
「だろ? で、そこで考えたんだけど、君の所に行ってもいいかい?」
青天の霹靂で言葉を失った。直球過ぎる誘いと言うべきか、はたまたただ寝床が欲しいだけなのか。
「そりゃダメだ。ボリスは家に来たらいい」
二人同時に振り返ると、部屋の入り口にエドが腕を組んで寄り掛かっていた。ムスッと不機嫌そうだ。
「俺とお前が同じベッドに寝るのか? 狭いだろ、絶対」
エドは若いとはいえ、ボリスと体格的には差がない。ボリスの方が筋肉量はありそうだが、身長もほぼ一緒だった。確かに二人が同じベッドにに寝ると横向きでやっとということになりそうだ。
「ベッドがあればマシだろ? 狩り中は野宿で土の上なんだから」
エドは不機嫌だが、ボリスは不機嫌になる要素がないのか楽しんでいるようにも見えた。とはいえ、ここまま会話が進み不穏な空気になったら困るのでアリシャはオロオロと口を挟む。
「そうしたら、私は看病しながら二階で夜を過ごしますから……ボリスには私のベッドを使ってもらって──」
「君はベッドで寝るべきだよ、アリシャ」
ボリスが折れてくれないから、エドが「だからボリスが家にくるべきなんだ」と主張を繰り返す。
「あー、今日も幸せな匂い! あら? ボリスも居たのね」
レゼナが入り口に居るエドに「二階に行ってお食事にしましょうと伝えて」と頼むとリアナも二階に行きたいと言った。
「そうね。様子を見てきたらいいわ。アリシャ、お粥を作れる? 病人にはお粥がいいと思うの」
「直ぐに作ります」
「よろしくね。じゃあボリスは料理を広間に運んで頂戴。私、お腹ペコペコよ」
レゼナは空気を一変させた。ベッドの問題は後回しになったけれど、さっきの三人だとどうにも堂々巡りになりそうだったのでアリシャは助かったと思った。きっとこの勢いでベッド問題もレゼナが解決してくれるだろうと期待しながら粥の準備に取り掛かった。
二階でレゼナが怪我人に付き添うと言うので、残った全員がテーブルについて祈りを捧げた。
テーブルが出来て料理をその上に並べることで、皆が好きなように取り分けて食べられるようになった。これによりアリシャも食事中に立ったり座ったりすることがなくなっていた。
「これからのことを相談するのは先になりますかねー」
ドクは今日もりんご酒を飲んでいる。酔っ払うほど飲まないのに顔は直ぐに赤らむらしい。今日も既に頬が赤い。
「戻るところがないなら、ここに住んでもらっても構わんが……そこは本人の意思を尊重すべきであろう」
レオの言葉に皆の視線が自然とリアナに向かった。リアナは苺のサクサクパイをジッと食い入るように見つめていた。
「食べていいのよ?」
アリシャが声をかけると「お金ないから」と、手を出せないでいる。
「お祖父さんが元気になったら労働で払ってもらうから大丈夫だ。そういう意味でも暫くは居てもらわんとな」
レオの言葉に重なるように階段が軋んだ。階段に一番近く、しかも階段に背を向けていたウィンが半身を返した。それから慌てて立ち上がり階段へと駆け寄る。
「下りてきて大丈夫なんですか?」
片腕をレゼナに支えられ、もう片方をウィンに支えられた老人が姿を表す。顔や手は拭いたのだろう、綺麗になっていた。それでも白髪は縮れ疲れが滲んでいる。
「どうしても礼を……」
リアナが勢いよく立ち上がると老人の元へと走り寄って抱き付いた。
「おじいちゃん!」
抱きつかれた振動で顔を歪めたものの、老人のシワシワの手はリアナに回され落ち着かせるように背を叩いていた。




