川エビたっぷりのとろけるキッシュ6
わからないとリアナは率直に答えた。ただ、もっと山岳地帯だったことを教えてくれた。
「おじいちゃんは村から離れて一人で住んでいたの。そっちの方が仕事がしやすいからって。それで、村に領主様が来て皆を連れて行ったとき、おじいちゃんだけは見つからなかったの。あと私も。藁の中に隠れていたから……」
足でグリグリと床石を掘りながら話すリアナは落ち着かないようだった。きっとリアナは怖かったはずだ。皆が連行された理由はわからないが、隠れたのだから穏やかではない。
「おじいさんはなぜ怪我を?」
話を変える為に怪我の理由を問うと、リアナは唇を噛み締めた。
「私のせいなの。クタクタでもう歩けないって我儘を言っておじいちゃんを困らせたら、おじいちゃんがじゃあまだ森の中だけど休めるところを探そうって言って……」
リアナはそこでギュッとバックパックにすがる。
「狼が潜んでいて私を庇ったおじいちゃんが怪我をしちゃって……それで、あの……おじいちゃんの槍でなんとか追い払ったけど」
「わかったわ。辛いことを思い出させて悪かったわね……。そうだわ、ちょっとここに居て──いや、一緒に隣の料理部屋に行きましょう」
アリシャが立ち上がるとしっかりとついてこようとするココは日に日に頼もしい存在になっていた。顔付きも真ん丸から鼻が少しずつ伸びてきて狐のようになりつつあった。
二人と一匹で料理部屋に入っていくと、まずは汲み置きの水で丁寧に手を洗った。それから作ってある菓子を取り出して、リアナに二つあげる。リアナはたぶん無意識に目を輝かせて頭を下げた。
「美味しそう……」
二人で並んで菓子を食べているとドクが顔を出して湯を沸かすように言ったので、アリシャは直様大鍋に水をかける。それを横で見ていたリアナがテーブルにあったエビに目を留めていた。
「いっぱいあるでしょ? 今夜使うの」
「このまま食べるの?」
「いいえ、違うわ。あ、そうだった! 食料庫にチーズなんかを取りに行くところだったんだわ」
そこでリアナがバツの悪そうな顔をし、モジモジと謝った。アリシャはリアナの肩に手を置いて静かに撫でた。
「私達がここにいてもなんの手伝いも出来ないし、そろそろ料理をしなきゃならないの。手伝ってくれる?」
アリシャの申し出に頷こうとしていたリアナだったが料理部屋に入ってきたレゼナの歓声に動きを止めた。
「あらあらあら。また可愛らしい子が。ボリスがわざわざ来てくれて何が起こったのか聞いたの。でもこんな可愛い子までいるなんて聞いてなかったわ。私はレゼナ、可愛いお嬢さんはなんて言うの?」
レゼナの勢いに圧倒されながらもリアナは名乗り、二人は握手を交わしていた。それから、レゼナは少し体を引かせてリアナを上から下まで観察する。
「着替えが必要ね。その前に身体を清めたいわね」
アリシャもその二つは必要だと感じていた。お世辞にも綺麗とは言い難いリアナ。土から這い出たモグラより薄汚れている。
「下着はもっていて?」
レゼナの問いに恥ずかしそうにリアナは首を横に振る。
「じゃあ、それなら私のを一組あげるわ。レゼナさんが多めに手に入れてくれたのよ」
「アリシャ、そうしてくれる? またリリーから手に入れて来るから。服はこうしてくれないかしら。私のお古があるからそれをアリシャに着てもらって、アリシャの服をとりあえずリアナが着ましょう。明日、お天気なら洗えるしそれまでの応急処置よ」
レゼナが言い終えたタイミングでまた痛みに耐えかねた悲鳴に近いうめき声が三人の元に響いてきた。
「たぶん傷口を縫い合わせているわね。痛いけど治すには必要なことなの。ここにいても気が滅入るわ、とりあえず家で水浴びをしましょう。アリシャは下着を持ってきて」
いつもながらテキパキと指示をだす。アリシャの時は抵抗したリアナも、さぁと背を押されてここに居たいとは言い難かったのか従った。
一人になったアリシャは下着を取りに塔に戻った。今日はとにかく朝から目まぐるしく色々起こるからなんだか塔に戻った時はホッとしていた。
膝をついて長持ちから下着を取り出すと、一緒になって長持ちを覗いていたココに話しかける。
「ボリスにからかわれたのが数年前みたいに感じるわね」
ココは話しかけられると愛想良く真っ黒な尻尾を振って応えてくれた。
「ココも大活躍だったわね」
食料庫でリアナを見つけた時も、エドにキスされそうになった時も……。
思い出しただけでボッと顔から火をふいた。エドは挑むようにアリシャの瞳を見つめていたのに、次第に睫毛が下がってアリシャの唇に視線が落とされていった。エドの薄い唇が問うように僅かに開いてアリシャはそれに魅了されていた。
(あのままエドの唇が重ねられていたら……私は嫌だったのかな? でもエドに触れられるのは嫌ではないし──)
急にココがアリシャの手を舐めたので「わっ! びっくりするじゃない」と、声を上げた。ついでになんだかエドとのことを妄想していたことに恥ずかしくなって、居ても立っても居られず勢いよく立ち上がった。
「私は別にエドのことなんて意識してないわよ? ねぇ? そうでしょ、ココ」
名を呼ばれると尻尾の振りが大きくなる。そんなココがアリシャは愛おしい。
「行きましょう。今日はまだ終わらないもの。食事、食事を作らなきゃね」
下着を持ってドクの家にいるはずのリアナに届けに行く。先程までエドの顔がチラついたが、本格的に夕飯作りの段取りを考えだしたらやっとエドの顔が浮かばなくなって落ち着きを取り戻していった。




