川エビたっぷりのとろけるキッシュ2
大量のエビは干しエビくらいなもので、これほど生きの良いのを一度に見たことがないから楽しかった。捕まえても捕まえても飛び出てくるエビたちに楽しさを通り越して忌々しさを感じ始めた頃、ボリスは葦を抱えて戻ってきた。
「ほら、そこに一匹飛んでるやつが居るよ」
「わかってるわ。捕っても捕っても出てきてしまうんだもの」
藁を桶に乗せたボリスも飛び出たエビを拾って桶に戻していく。
「水車も直したいけど時間がないからなぁ」
レゼナの話していた内容を思い出して、アリシャは思い切って提案してみることにした。
「もし、心に決めた人が居るなら……その人とここに住むのはどうかしら?」
レオもボリスの大工仕事の腕を高く評価しているし、それがいいと考えたのだ。村に人が増えることも大歓迎だった。
ボリスは横目でチラリとアリシャを見た。光を受けるとその若草色の瞳はエメラルドのようだ。
「カマをかけてる?」
「へ?」
「俺に女が居るかどうか探ってるだろ、それ」
思わずエビを包んでいた手を広げていまい、手の中からエビが跳ねて地面に落下した。
「違います、違います。ほんと、違います。違いますよ? 信じてないでしょう! 違うってば」
アリシャの落としたエビを捕まえたボリスが口元に笑みを残したまま「そうなんだ」と暴れるエビを戻した。
「ま、そんな人が現れたら最高だけどな。この村みたいに平和であれば所帯を持つのも悪くないだろうし」
動揺すると顔が赤くなる質であることはアリシャも最近自覚しているが、こうも年がら年中なっているとそのうち変なあだ名をつけられそうだ。アリシャは掌でパタパタと顔に風を送り、頬を冷まそうとした。
「それよりさ、エビって茹だると赤くなるだろ?」
「そうね」
「アリシャも熱されると暗闇でも赤く──」
最後まで言わさずアリシャはボリスを力いっぱい押してやった。ボリスは髪を揺らしながら「悪い悪い、赤いのって可愛いからからかいたくなるんだって」と押されたことは怒らずにただひたすらに可笑しそうだ。
「でもさ、あからさまに経験ありませんってのもって、押すな押すな。エビが落ちる」
本当は一緒に運ぶつもりだったが、アリシャはプイッと背を向けて走り出した。
「おい、一人で運ばせる気か?」
大声で呼びかけられても止まらない。
「知らないわ! ボリスなんて」
振り向きざまに駆け出して、大きい石に足を取られてよろめくと「転ぶなよ? 抱き上げられて運ばれなきゃならないぞー」と、ボリスの楽しそうな声。
「意地でも転ばないわ!」
ボリスに抱かれて運ばれるなんて考えただけで困りものだ。エビより赤く茹だるに決まっている。あの若草色の瞳はレゼナが言っていたように罪深い色なのだから。
ボリスを置いて宿屋につくと、エドが板を運んできていた。アリシャの部屋を作る為に板を大広間に移動させている。先日やっと出来上がった大きなテーブルは板のせいで端に寄せられていた。
「アリシャ、どうした? 顔が赤いぞ?」
「どうしてもないわ! もぉ、ボリスって一体何者なのよ」
担いていた長い板を置くと、その手で甘えに寄ってきたココを撫でてやっている。
「親は棟梁だって話だけど? でもボリスは弓の名手なんだぜ。俺はボリスから狩りの仕方を教わっ──」
「そんなこと聞いてないの!」
「あ? じゃあ何が知りたいんだよ」
真面目に返されるとぐうの音も出ない。別にボリスの事を知りたかったわけでもないのだから。
「ああ、なるほどな。わかった。ボリスは無自覚の女ったらしだ。お前如きがかなう相手じゃないな」
遊ばれたんだろ? と、言われるとなんだかムカついた。
「違うわよ!」
「まぁ、本気になるだけ損って奴だ。気をつけろよな」
なんだか知ったかぶりで言い放つから、ますますイラッとさせられた。
「ちなみにウィンも隣の村の女たちにモテモテだ。優しいのがいいんだとよー。気がしれないね」
ここでアリシャはピンときた。言い返す好機をとらえたのだ。
「そういうこと。エドは二人に嫉妬してるのね」
「は?」
「モテないから」
おもむろに立ち上がったエドがどんどん距離を縮めるから、アリシャはじわりじわりと後ずさる。
「な、なに?」
アリシャの背中は石壁に行き止まりだと押し返された。それでも近付いてくるエドを見上げていたら、エドの腕がすっと伸びてきてアリシャの顔の横を通り過ぎて壁についた。
エドの顔が近い。茶色の瞳にアリシャの姿を見たのも束の間、足元で唸り声がした。小さなココが初めて唸り声をあげたのだ。しかも懐いていたエドに敵意をあらわにしている。
「ああ……ココ、大丈夫よ」
アリシャがココを抱き上げても尚、ココはエドに向けて歯を剥いた。
「勇敢だな、ココ」
エドはアリシャから離れて肩を上げた。
「俺が口説くのは犬を飼ってない女にするよ。噛みつかれたら困る」
「あ……」
背を向けようとしたエドにアリシャは思わず声を掛けていた。
「ごめんなさい」
「何が?」
「ココが唸り声をあげたから」
エドは右の眉毛を器用に上げて、アリシャに返す。
「謝るとこじゃない。俺はココが間に入って来なければ……」
そこまで言うと、なぜか「アホくさ」と言い捨てて、宿屋から出ていってしまった。
アリシャの腕の中で落ち着きを取り戻したココを撫でて暫らくぼんやりとしていた。
「ココ、あなたはエドが好きだったじゃない……吠えちゃダメなのよ。だって、エドは私の──」
ココを撫でる手が止まる。
(エドは私の……なに? 友達?)
自問自答しながらバクバクと騒いでいる心臓を鎮めようと大きく息を吸った。
(エドは……エドは私にキスしようとした)
友達だと思っていたからなのか、突拍子もない行動だったからなのか、ボリスに触れられたりするよりずっと心臓が止まるかと思った。




