川エビたっぷりのとろけるキッシュ3
ボリスが川エビを運んできてくれたので、礼を言ってエビの処理に没頭した。
真水で洗ってから大鍋に湯を沸かし、一気に投入して赤みが出てくるまで茹でる。茹で上がった物を取り出して冷たい水に入れると、一匹一匹身と殻を分けていく。これは大変根気がいる作業で、途中で何度も身ごとエビを落としてしまったが拾う気力もわかないくらい、エビに飽き飽きしていた。そんなエビをココは喜んで頂戴する。美味しそうに頭ごとバリバリと噛み砕く音はかなりワイルドだった。
(そうだわ、取り除いた殻や頭をパリッと揚げましょう。それを砕いてとっておけば何かに使えるわね)
豚が残りを処分してくれるのは理解していても食材はとことん使い切りたいのだ。アリシャは小さな時に一度だけ長く辛い冬を過ごしたことがあった。その年は長雨が続き、食糧不足が深刻だった。領主が食料庫を開放し、蓄えていた麦を民に与えても、ひもじさは冬の間中ついてまわった。
「ココは幸せね。毎日のように野ウサギが罠にかかるから、贅沢できて」
「アリシャ」
声で直ぐにウィンだと気が付き振り向いた。浮かない顔で麦わら帽子を胸に抱えている。
「どうかした? ウィン」
ウィンは髪を人差し指で掻きながら言う。
「蜂蜜の壺が足らないんだ。最近こっちに運んだりしたかい?」
「いいえ、はじめの頃に一つ持ってきたのがまだここに」
ドクが設えてくれた棚から小振りの壺を下ろした。蓋を開けて中身を確認したが確かに蜂蜜だ。それ以外の壺も次々にチェックしたが、記憶通りの物しかない。多いものも少なくなっているものもなかった。
「レオさんかしら?」
「いやぁ、レオさんから頼まれて運ぶのが僕の仕事になっているからね。なんだろう? 最近、えん麦も減っている気がするんだよな」
えん麦には心当たりがあった。未だに菓子は定期的に作っており、二日前にも作っていた。
「えん麦は私が使ってるわ」
ウィンは首を傾げて「それは大体計算してるんだけど、それでも思っているより少ないんだ」と、言った。
アリシャは眉根を寄せた。思い当たるのは……。
「ネズミかしら……」
ウィンがニコッと笑みを浮かべて言う。
「アリシャはまだ見たことがない? 食料庫には優秀なハンターがいるんだよ」
「猫ね! 猫がいるのね?」
「そう、母さんは『キティ』なんて呼ぶけど、ココの三倍くらいあるなかなかの貫禄なんだ。雰囲気は『猫様』って感じだよ」
三倍は言い過ぎだとは思うが、あの豪華な食料庫を狙うネズミはわんさかいそうだ。そうなると、それを捕らえる猫も相当裕福な日々を送れるだろう。
「まだ会ってないわ。普段から居るの?」
「基本夜かなー。昼間はのんびり散策してるっぽい」
犬が大好きなアリシャだが、もちろん猫も嫌いではない。ただ、猫には好かれないのだ。
「会うのが楽しみだわ。どんな模様かしら」
「黒と白のブチだね。そこいらの狐よりずっと貫禄があるよ」
あまりにそこばかり強調されるのでなんだかイメージ的には猪サイズまで膨れ上がったが、流石にそれはないだろう。何にしても会うのが楽しみだ。
「食材の件、聞かせてくれてありがとう。それと話せて良かったよ。なにか困り事はないかい?」
ウィンは決まってアリシャに困っていることがないか聞いてくれる。誰かさんと兄弟なのが信じられないくらいだ。
「特にはないわ。いつも気遣ってくれて本当にありがとう」
じゃあね。と、去っていったウィンに手を振ると作業に戻った。
ウィンが来てくれたお陰で気持ちがリフレッシュされて、最後までエビを剥くことが出来た。誰も見ていないし褒めてくれないのは残念だが、とにかく気の遠くなる作業をやり遂げたことは誇らしかった。
「よし、ココ! 殻はとりあえず取っておいて先に食料庫に行きましょう。キティが居たら教えてね。ご挨拶しましょう」
今夜はキッシュを作る予定だった。その為には卵、牛乳、チーズを取ってこなければならない。月夜の晩に編み上げた大きなカゴの取っ手を掴むとココに行くわよと声をかける。
宿屋の扉は完全に出来上がっていて、ここ最近はアリシャの部屋を作る準備に取り掛かってくれている。今日は皆、森に行って木材の準備をしているようだ。時々、遠くで木が倒れる音がしていた。
ウィンとレゼナは洋梨の木を剪定すると話していたし、村はいつもより閑散としていた。
家畜小屋の豚たちは鼻を鳴らして騒いでいるし、ガチョウもなにやらお喋りをしているので、人間が居なくても静まりかえっているわけではない。
長閑な喧騒に包まれていた。
軽やかな足取りで食料庫に入っていって、そこに人が居たことにアリシャは飛び上がる程驚いた。アリシャより小さな人が塩漬け肉の樽を覗き込んでいたのだ。
「ウゥー……」
ココがまたしても低く唸りだす。背中の毛が逆立っていて臨戦態勢だ。
樽を覗き込んでいた人物が慌てて体を入口の方に向けた。食料庫は薄暗い。それでもその人がまだあどけない顔をした女の子なのがわかる。焦った顔には絶望が浮かぶ。泥棒を働くと酷い制裁を受けるのが常なのだ。
「もしかして……蜂蜜を持っていったのはあなたなの?」
アリシャの声は震えていた。この女の子が怖いのではない。この子が制裁を受けなければならないかもしれないことに青ざめた。
「どうしよう……もし盗んだのなら返して頂戴。あなたが罰せられるのを見たくないわ」
自分より小さな子だ。どうにかして、なかったことに出来ないかと考えていた。たとえ蜂蜜やえん麦を盗んだのがこの子ではなくても、食料庫に忍び込んでいたのは事実だ。これは非常にまずい事態だった。
見逃してあげたいが、食料庫の物はアリシャのではない。アリシャの一存で女の子を許すのは村の人達への裏切り行為になってしまう。
「ね? 盗ったものがあるなら全部戻して。私は……あなたを見逃してあげられないのよ。お願いだから」




